第2話 通りすがりの

「――お前たちが、ここ最近噂の『殺さず強盗』たちだな」

「なんだアンタ」


 振り返ったアリオスは、通りがかった旅人のような男を眺めた。

 旅人、とはいっても、どうやら貧乏人ではなさそうだった。

 男が身にまとう外套がいとうはしっかりと藍色に染められており、何よりその顔には、育ちの良さがしっかりと滲み出ていた。

 短い金髪に、青い瞳の美青年。昼の陽射しを弾く白い肌は、長身の体格と合わせて健康的で精悍せいかんな印象を放っている。

 そんな男は、どこか呆れたように穏やかに微笑みながらこう言った。


「確かに、襲った相手を殺さなければ殺人罪に問われることはないし、衛兵からも危険視されることはない。考えたな。だが少々やり過ぎだ。

 ここ半年で10回以上の路上強盗に馬車強盗、にも関わらず被害者は誰も死んでいない。……ここまでくると、逆に目立ってるぞ。俺の耳にも噂が聞こえるぐらいに」

「あんた、衛兵か?」


 アリオスは問いながら、違うなと思った。

 街の衛兵なら、一人でこんな郊外の道を通るはずがない。

 予想通り。男は首を横に振った。


「ただの通りすがりの正義漢だ。というわけでお前たち、すぐに今盗んだものをそこの人に返して、大人しく投降して、一緒に街の衛兵の詰め所まで来てもらおうか」

「……なあ、アンタ、それ本気で言ってんのか?」

「ああ。もちろんだ」


 爽やかに、男は言った。

 即座に憤ったのは、子分の二人だった。


「何言ってんだ、この見知らぬイケメン野郎が!」

「はい、そうですかって、大人しく従うわけねえだろ!」


 子分たちが戦利品の袋を足元に落として、剣を抜く。

 これで仕事は終わり、さあ街に帰って酒を飲もうとしていた矢先の出来事だ。親分として、彼らの気持ちは分かる。

 だからアリオスは止めなかった。やりすぎるようだったら、その時に止めればいい。


「お前ら、やっちまえ」


 その言葉を合図に、二人の子分は叫びながら金髪の男に襲いかかった。

 直後、鈍い音が連続して――二人は地面に崩れ落ちた。

 瞬殺だった。

 金髪の男の手には、いつの間にか鈍く輝くロングソードが握られていた。

 アリオスの目には見えていた。抜きざまで一人を、そしてV字に切り返した二撃目でもう一人を。両方とも刃ではなく剣の腹で打ち据えていた。

 倒れた二人は内臓に打ち込まれた衝撃で苦痛にうめいているが、死んではいない。

 そんな一部始終を目撃して、アリオスは悟った。

 あ、やばい。手練れだ、こいつ。

 アリオスが背筋を冷やしたその瞬間、動きの邪魔に感じたのか、藍色の外套を脱いだ男の白い上着の胸元に、刺繍ししゅうされた紋章が見えた。

 剣とその背後の六芒星。それは、確か……アリオスが酒焼けした記憶の棚を漁り始めた時。


「おお! 王立魔法騎士団のお方ですか!」


 背後で商人が、驚いたような歓声をあげた。


「げ」


 アリオスは、ひきつったような呟きをもらした。

 王立魔法騎士団。王家に仕える、剣と魔法の両方を使う精鋭騎士たち。

 そんな王の直属の近衛兵たちは、普段なら王都の中心を守っているはずだが。


「なんでそんなのが、こんなとこ通りがかってんだよ⁉」

「私用でちょっとな、休暇を取ってたんだ。まさか強盗の現場に出くわすとは思いもしなかったが」


 驚き、降ってわいた理不尽に食ってかかったアリオスに、金髪の美男子が返したのは、どこかすまなさそうな苦笑だった。


「まあそういうわけで魔法騎士団所属のレイヴァンだ。王家からろくをもらっている手前、いくら殺人者でなくとも犯罪者は見逃せない。大人しくしてもらおうか」

「……」


 アリオスは考える。どうしようこれ。

 相手は一人、剣の手練れだが、それだけならまだ勝機はある。

 しかし、魔法使いでもあるなら話は別だ。

 魔法とは。幼少期から専門の教育を受けた、つまりは金持ちの家の生まれだけが使える特殊な術のことだ。

 炎や氷、風や大地を自在に操る常識外れの異能力は、当然、剣一本で敵う相手ではない。

 ここまでか。そんな諦めが、ふとアリオスの頭を過った。

 しかし。


(……ふざけんな)


 腹の底から湧きあがる、反射的な怒りが手足に活を入れた。

 なんてことのない、いつも通りの平和な一日のはずだった。 

 なのにどうして、こんな偶然のせいで捕まらなければいけないのか。

 強盗稼業の分際で、身勝手な言い分だとは分かっている。けれど、だから何なのだ。

 ようやく、それなりの幸せを手に入れたのだ。

 食うや食わず、掃きだめのようなスラムで必死に命をつないだ幼少期の記憶が、血が上った頭の中によみがえる。

 捕まれば最後、牢屋に入れられて、腕の一本ぐらいは再犯防止のために斬り落とされるかもしれない。

 そうなれば、またあのみじめな暮らしに、いや、それ以下の境遇に叩き落されてしまうだろう。

 だから、それだけは絶対に。


「……嫌に決まってるだろ」


 アリオスは剣を抜いて、構えた。

 それを見た金髪の騎士――レイヴァンと名乗った男もまた、剣を構えた。

 

「やる気か? 構わないが、ケガをするだけだぞ」


 余裕そうな口ぶりに、アリオスは努めて平静を保ちながら、言った。


「なあ、騎士の旦那」

「うん?」

「決闘だ。俺が勝ったら俺とこいつらを見逃してくれ、とは言わねえよ。けど、そうしてくれたら、もう二度と強盗はしないと誓う」

「……そうきたか」

「どうする旦那? 怖いならやめとくか?」


 見え透いた挑発に、金髪の美男子は少し困ったような表情を浮かべた。

 しかし、見るからに格下から挑まれた勝負に、尻尾を巻くような男ではないだろう。

 そんなアリオスの目論見通り、レイヴァンは頷いた。


「分かった。いいだろう――」

「それともう一つ」

「うん?」


 言質を取った瞬間を狙って、アリオスは食い気味に被せた。


「正々堂々の決闘だ。純粋に剣だけで勝負しようぜ――まさかとは思うが、平民のごろつき相手に、魔法を使わないと勝てませんなんて言わないよな?」


 純粋な剣の勝負なら、勝算はある。

 必死で考えた挑発の文句を投げつけるように口から出して、それからアリオスは祈るように相手の返答を待った。

 果たして、レイヴァンは頬をかいて、子供の悪戯に呆れたような苦笑で頷いた。


「分かったよ。じゃあ正々堂々、勝負しようか」


 その声には余裕があった。自己の勝利を爪の先ほども疑わず、それでいて傲慢さすら感じさせない、堂々した王者のような風格があった。

 油断とすら、思っていないのだろう。だからこそ、アリオスは確信した。

 勝てる。

 ……とはいっても、殺してしまってはそれもダメだ。

 相手は上流階級、魔法騎士団の一員。もし命を奪ってしまえば、あまりにも大事になってしまうだろう。とてもではないが、犯人の逃亡が許されるような状況になるとは思えない。


(……大丈夫だ。落ち着け。いつも通り、殺さず、痛い目にあわせればいいだけだ)


 ともかく、二人は剣を構えてにらみ合った。

 互いの距離はやや離れていた。部屋一つ分ほどだろうか。よって両者ともに、相手に剣を届けるには、まずこの間合いを詰めなければならなかった。

 レイヴァンは剣を両手でゆったりと正面に構え、相手の出方を柔軟にうかがう。

 アリオスはやや前傾姿勢の我流に構えて、飢えた獣のように隙を狙う。

 そうしながらじりじりと、互いに間合いを詰めていく。

 ピリピリとした見えない緊張が、張り詰めたコップの表面に一滴ずつ、水が落ちるように盛り上がる。

 いつの間にか、レイヴァンの顔からは笑顔と余裕が消えていた。

 こちらの実力を悟ったのだろうか。しかし、今更もう遅い。

 ごくりと、離れた場所で商人が息をのむ音が響くほどの静寂の中で、二人の巧者が神経をぶつけ合う。

 ふと、その時だった。


「驚いた」


 ぽつりと、レイヴァンが呟いた。

 アリオスは無視して、相手のわずかな隙を探す。

 あと少し、あと少しで、斬りかかるための綻びが見えそうだった。

 すると次の瞬間、金髪の騎士は突然、底抜けに明るい笑顔を浮かべて、嬉しそうに叫んだ。


「めっちゃ強いな、お前!」

「――」


 その一瞬、アリオスは思わず手に握った剣と一緒に、自分のしようとしていたことを忘れてしまった。

 それほどまでに、邪気のない、屈託のない、この世にこんなにも真っ直ぐなものがあるのだろうかという笑みだった。

 そんな笑顔が真正面から、彼とその実力を認めて讃えている。

 アリオスは、生まれの貧しい平民だった。

 10にも満たぬ時分に両親を亡くしてからは、さらに貧しい天涯孤独の孤児になった。それからずっと、自分が生きるために必死だった。

 誰かに褒められた記憶はない。認められたこともない。

 恨まれ、憎まれ、あるいは恐れられ、避けられてきた。

 だから、この時ふと胸に沸き上がった、じんわりとした得体のしれない感覚を、アリオスは反射的に押し殺した。

 惑わされるな。こいつに勝たなければ、未来はないのだ。

 そうして、戦意を握り直したアリオスに、レイヴァンは続けて言った。


「うーん、でも困ったぞ……やっぱそうだな、すまん」

「な、なんだよ」


 アリオスが聞き返すと、レイヴァンは申し訳なさそうに言った。


「いや、ちょっと考え直したんだ。思ったよりもお前が強そうだから、剣の勝負なら負けるかもしれない。というわけで悪いな、さっきの、魔法ナシってのはやっぱ無しで」

「……は?」

「そこで、お詫びと言ってはなんだが……正真正銘、全身全霊全力全開、油断も慢心もなしの本気を見せてやるよ」

「は?」


 そう言うや否や、レイヴァンは構えを変えた。

 正面に向けていた切っ先を、空へ。まるで天を突くような大上段の構え。

 その刹那、彼の瞳から、髪から、肌からその全身から、青く輝く魔力の光が解き放たれた。


「魔剣解放」

「は?」

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