三下の小悪党(剣聖)、うっかり最強の魔法騎士団長を倒して成り上がる
滝浪酒利(MF文庫Jより書籍発売中)
第1話 小悪党(剣聖)
平和に暮らしたかった。
大したことを望んでいるつもりはない。
苦労せず、楽して稼ぎ、適当に遊んで暮らす。
しかし、そんなささやかな願いを叶えるには、彼の境遇はいささか貧しすぎた。
だから、こういう仕事をせざるを得なかったのである。
「よーし、そこで止まれ。見てわかると思うが、俺たちは強盗だ」
ぬかるんだ道の途中に、立ち塞がった男たちが言った。
彼らの構えた剣の切っ先に驚いた馬がいなないて、馬車がとまる。
季節は収穫の秋、王都に向かう馬車の積荷もほどよく肥える季節。
三人組の
ツヤのない短い黒髪、やせ気味の頬はよく日に焼けている。どこか少年のように真っすぐな緑色の瞳は、しかし夢や情熱ではなく、より率直で低次な欲望を輝かせていた。たとえるなら、全体的に飢えた野犬のような男だ。
他二人の子分も、彼と同じような風体の若い男だった。
「ひ、ひいい、ど、どうか命だけはお助けを……」
「はいはい。まあ通行税だと思って、大人しく金目の物を置いてきな。そうすりゃ痛い目には合わせねえからよ」
顔を青くした中年の
嘘ではない。抵抗され、流血
だが、良心のためでもなかった。
「おい、お前ら。さっさと盗るもん獲ってずらかるぞ」
「はい! 兄貴!」
「へへ、大漁だぜ」
二人の手下、というより子分たちが、意気揚々と馬車の略奪に取りかかる。
その時だった。
「待て、強盗ども」
まるで貴婦人のスカートをそうするように、興奮気味に馬車の
その例えはあながち間違いでもなかった。馬車の中からぬっと出てきたのは、背の高い筋骨隆々の巨漢だったからだ。
どこかの傭兵崩れだろうか。巨漢は背負った大剣をややしゃがんだ姿勢で引き抜くと、岩のような顔でアリオスたちを強気ににらみつけた。
「運がよかったな、親父さん。たまたま俺を途中まで乗せてくれて、これも何かの縁だ。このごろつきどもを追い払ってやる」
巨漢の言葉に、道のわきで震えながらしゃがんでいた馬車の主人の顔が、ぱあっと明るくなった。
「お、お願いします! 運賃はタダにしますので、どうか!」
「そういうわけだ強盗ども。この歴戦の傭兵、剛剣のザックと出会うなんて運が悪かったな。だが容赦はせんぞ。成敗して街の衛兵に突き出して、今夜の酒代に換えてやる」
「あ、兄貴……」
「ど、どうしましょう……」
おろおろと、まるで道に迷った少女のようにうろたえる子分が二人。
はあ、とアリオスはため息をついて剣を構えた。
血は見たくなかった。それは本心だ。けれど。
「仕方ねえか」
――わずかの後。
ザックと名乗った巨漢は今やだくだくと血を流し、大剣を足元に取り落としたまま、アリオスの前で命乞いをしていた。
瞬殺だった。
数十秒前、上段からまっすぐに脳天を砕くように振り下ろされる大剣。
アリオスの剣の先端は、風を切って打ち下ろされる鉄塊に触れた。
常識で考えれば防御にもならない。互いの速度と重量にはすでに圧倒的な差があった。
しかし不思議なことに、アリオスの剣はその瞬間、まるで大剣とぴったり吸い付きあったように、絶妙な力の均衡を生み出した。
と思われた次の瞬間、指揮棒か、あるいは魔法の杖か。アリオスは流れるように滑らせた自分の切っ先で大剣の軌道を操り、斜め下の地面へ誘導した。
極めて精密かつ柔軟な剣運びによる、受け流し。
それを見ていた誰もが、己の目を疑った瞬間。
すでに反撃の刃が、巨漢の右脇腹から左肩までを斬り裂いていた。
以上のような決着に際して、周囲は言葉を忘れたように沈黙を保っていた。
それほどの神業。まさにアリオスという男をして、剣聖――ごく一握りの剣の達人――と呼んで何ら差し支えないほどの技量の証明である。
しかし彼は、そう称されるに相応しい技を持ちながら、そう称されるに足る品格を何一つ身に着けてはいなかった。
下品な口笛交じりに剣についた返り血を払う動作は、どう
そして事実、彼はそういう男だった
「さすが兄貴! 酒飲んで遊んでばっかのろくでなしだけど、剣の腕だけは相変わらず達人ですね!」
「俺は信じてましたよ! 読み書き計算もろくにできないけど、剣を取らせたら最強の男‼ あんたについてきてよかった」
「お前ら褒める気ある? ……ま、いいや。さっさと仕事しろ」
アリオスは、生まれの貧しい平民だった。
10にも満たぬ時分に両親を亡くしてからは、さらに貧しい天涯孤独の孤児になった。
しかし、彼には天賦の剣才があった。
敵の呼吸が、付け入るべき機が、最適な手足の
誰に教えられたわけではない。適当な棒を拾ってケンカをしていたら、いつの間にかそこに至っていただけのこと。
剣聖と呼ばれる、夢想のような無双の領域に。
閑話休題。顔を青くして震え上がる商人に、アリオスは気軽に声をかけた。
「おいオッサン」
「は、はい! す、すみません、ど、どうか命だけは」
「だから別に殺しはしねえよ。あんた、荷物の中に包帯とかあるか?」
「へ? あ、ああ、はい」
「そこの、なんとかのザックさんの手当てしてやれ。そこまで深く斬ってないけどよ、放っておいたら傷が化膿するぞ」
予想外の言葉だったのだろう。商人は数秒、まばたきを繰り返してから、恐る恐るといった様子でアリオスの言葉に従った。
アリオスの子分の二人は、無防備となった馬車から積荷を奪いながら、兄貴分の不可解な言葉の意図を尋ねた。
「兄貴。そんな奴、別に放っといてもいいでしょ」
「そうそう、助ける義理なんて俺らにはないし」
「あほ」
アリオスはため息をついて、言った。
「こいつにもし死なれたら、俺たちが殺したってことになるだろうが。あのな、もし捕まっても強盗なら死罪にはならねえが、殺人は一発で斬首だぞ」
「あ、そっか。……でも、別に捕まらなきゃいい話じゃないんですか?」
「そうそう。兄貴強いし」
「バカあほ」
路傍の、やや大きな石の上に腰かけて、アリオスはぶっきらぼうに言った。
「ただちょっと金奪うだけなら目立たねえけどよ、殺しまでやると衛兵だって本気で捕まえに来るだろーが。それで最悪、魔法騎士団とかやってきた日にはもうどうしようもねえよ。
いいか、俺たちは額に汗して必死に働きたくないから、楽して稼ぐために強盗してんじゃねえか。自分から危険度上げてどうすんだよ」
「な、なるほど。兄貴はそこまで考えてたんですね。てっきり酒と女のことしか頭にないとばかり」
「ダメ人間のくせに悪知恵だけは回る……くうう、流石ですよ!」
「お前ら実は俺のこと嫌いか?」
それからしばらく、粗方の金品は馬車から盗り尽くされ、略奪が終わった。
なんとかのザックも、商人の手で無事手当されたようだった。
「じゃあオッサン、迷惑かけたな。まあ、この辺の他の同業者には追い打ちかけないように話しとくからよ。道中気をつけてな」
「は、はい……あ、ありがとうございます……?」
「さーて、じゃあお前ら今日もお疲れ。帰っていつものとこで飲むぞ」
「はい! 兄貴、一生ついていきます」
「俺も俺も!」
終わってみれば、今日も平和だった。
殺さず、殺されず。三下の小悪党の日常は、これでいい。
アリオスは、そんなささやかな満足を胸に抱えて立ち去ろうとした。
その時だった。
「――なるほどな」
「?」
アリオスが振り返ると、そこにはちょうど通りがかったような旅姿の男が一人、足音を止めたところだった。
「お前たちが、噂の強盗だな」
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