第12話 古い写真

 モナとルイは、美術館の回廊を歩き、壁に飾られた作品を鑑賞していた。

 回廊の片方の壁に、写真が飾られている。

 作品は全て、写真である。顔写真、様々な小物の写真、風景写真、被写体の犬への愛情を感じさせる写真もあれば、背筋が寒くなるような不気味な写真もある。一つとして同じ写真は無い。

 写真の壁の向かい側には、何も無い。回廊の内側は吹き抜けになっており、手すりから軽く身を乗り出せば、無限の回廊が上下に続いている様子が見える。天井も床もない。

 一周し、エレベーターの前に戻ってきた。二人はエレベーターに乗り、上へ行くボタンを押した。

 ルイは手元の高低計測器を見る。シリンダーの中で、白い丸が上下に動いている。こういう上下に広がる世界では、方角を示すコンパスではなく、高低計測器の方が役に立つ。

……はずなのだが、門の高さを示す、白い丸は上へ下へと動き、全く位置が定まらない。門が上にあるのか下にあるのか、さっぱり分からなかった。

 チン、という音を立ててエレベーターが開く。また同じ構造の回廊だ。違うのは写真のみ。

「思いついた?」

「いいえ。モナさんは?」

「全然」

 歩けども歩けども門が見つからない。計測器もおかしい。ならば、なにか仕掛けがあり、その仕掛けを解けば、門が現れるのではないか? 二人はそう思って歩いている。しかし写真は無数にあり、それら全てを調べるわけにもいかない。結局、二人は黙々と写真を眺めて歩くだけになってしまった。

 回廊を一周し、エレベーターに乗る。チンと音が鳴り、エレベーターが開く。

 そこは、いつもと同じ回廊ではあったが、壁に写真は飾っていない。ソファや自販機が置かれていた。ドアもいくつかあり、開けてみると、トイレやシャワールーム、寝室があった。綺麗に掃除され、清潔そうに見える。

「ここは休憩所ですね」

 モナはフラフラと寝室に入っていった。ベッドにボフンと倒れる。リューズはベッドの足で爪研ぎを始めた。

 ルイは、食べ物と飲み物を取りに、自販機へ向かった。

 中の商品が見える。右側のパネルに、商品のボタンを押す仕組みだ。硬貨の投入口はない。商品はパンやサンドウィッチ、サラダ、チキン、オレンジジュースなど、ルイにも馴染みがある食べ物ばかりだ。

 しかし、一番下の段だけは、食べ物ではなかった。カメラとバッテリーが売られている。

 ルイはカメラの番号をパネルに入力した。ゴトンと音を立てて、カメラが受け取り口に落ちてきた。

 ルイはカメラを取り上げ、しげしげと観察する。外の世界の店でも安く売られていそうな、ごく普通のデジタルカメラである。

 適当に写真を数枚撮る。何も起こらない。カメラの再生フォルダには、ちゃんと写真が保存されている。

 壁にかけられた青空の写真にレンズを向け、シャッターを押す。

 眩しいフラッシュが焚かれ、ルイは一瞬目を瞑る。少し遅れてカメラを下ろす。

 写真があった場所に、門ができていた。空間が四角く切り取られ、向こう側に綺麗な青空が広がっているのが見える。

 ルイはすぐにモナを呼びにいった。出現した門を見たモナは、そろそろとギリギリまで門に近づき、それが本物かどうかを確かめていた。

「つまり、そのカメラで写真を撮ると、門が開く?」

「被写体は写真でなければなりません」

「じゃあ、回廊の写真を撮影すれば、その写真の世界に行ける?」

「そうですね」

 二人の顔に希望の色が戻ってきた。十分な休息を取ったあと、出発した。

「どの世界に行く?」

「安全そうなところですね。こういうところはいけません」

 ルイは、黒一色の背景に触手のようなものがウネウネとしている写真を指して言った。

「……そういえば、電車の世界で、ルイは駅員になにか見せて聞いてたよね? この世界に行きたいとかなんとか」

「ああ、あれですか。あれは外と繋がる世界です」

「じゃあその世界の写真を探そうよ!」

「この無数の写真の中から探すのは現実的ではありませんよ。それに、そんなことしなくても、あの場所に行くことは可能です。時間はかかりますが」

「本当に?」

 モナはルイを見た。ルイは壁の写真に顔を向けていて、表情が見えない。

「本当です」

「……分かった」

 長時間の探索と議論の末、二人はある町の写真の世界に行くことに決めた。それは町並みを撮った写真だ。他と比べて少し古い写真に見える。なぜこの写真に決めたかというと、人間族や鬼族、妖精族、竜族など様々な種族が写っているからだ。多種多様な種族が混在して住んでいるなら、栄えているに違いない。

 ルイはカメラレンズをその写真に向け、シャッターを押した。

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