第29話

 ゼンは死んだ。

 確実に死んだ。

 少なくともアイリスの目には、そう見えた。


 だが――。


 何者かが、アイリスの腕を掴んだ。

 驚いたアイリスは目を見開く。


「ったく、この後に及んで、まだ出し惜しみするつもりかよ」


 ゼンだった。

 服は引き裂かれ、上半身は裸だった。

 体には傷一つ、ついていない。


「《はあ……!?》」


 腰から真っ二つになったはずなのに。

 その上半身を切り刻んだはずなのに。


 ――なぜ生きている。


「《デタラメだッ……! テメエは一体、なんなんだッ!》」

 アイリスは叫んだ。


 しかしゼンはアイリスの言葉を無視していった。


「これが最後だ。本気を出さなきゃ殺す」


 心臓が震えた。

 逃げ出したくなった。

 しかし背中を見せれば、殺される。

 アイリスにはそれがわかった。


 ――決して本気を出すな。


 記憶の中のおじいさまがいった。

 そのときアイリスの中で、膨大な魔力が膨れ上がった。


 ふ、とアイリスの表情が一瞬、元に戻る。


「……すみません、おじいさま。教えを破ります」

と、アイリスはつぶやいた。


 その瞳が再び十字に裂けたとき、アイリスは苦しげに叫び出した。


「《ぐあああああああッ!》」


 膨大な魔力がアイリスの体の中で、とぐろを巻いて暴れ回っている。今すぐここから出せ。そう叫んでいるようだった。


「《こいつはもう止められねえッ! 死にたくなきゃあ、今すぐ逃げろッ!》」


 アイリスの体が輝き出し、アイリスとゼンはその光に飲まれた。



「ありがとうございました」

といって、ロウは頭を下げた。


「礼には及ばん」

「これがわしらの仕事だからな」

「今度は最新のやつにしておいた」

「前のは古くなって、ガタがきておったのからな」

「今度のは、そう簡単には破れん」

「もし犯人が分かったら、破れるもんなら破ってみろといっておけ」


 三人の魔術師たちは口々にいって、笑った。


「助かります」

 ロウは再び頭を下げて、三人の魔術師が帰るのを見送った。


「ふう……」


 ようやく一息つける。


「早く帰って、ベッドで眠りたいもんだ……」

 ロウがつぶやくと、


 どおん。


 爆発音がして、校舎が揺れた。

 木製の床がぎしぎしと鳴る。


 反射的にロウは走り出した。


「次から次へと……。なにが起きている?」

 ロウはぼやいた。


 異変は702号室で起きたようだった。

 扉が吹き飛び、部屋の中から煙が吹き出している。休日ではあったが何人かの生徒たちが様子をみにきていた。


「危険だから、離れているように」


 ロウはそういうと、簡易的な結界を張って、関係者以外の立ち入りを制限した。


 ロウは壁の陰から、部屋の中を覗き込んだ。

 広い部屋の壁は傷だらけで、天井は崩落し、床の上には瓦礫の山ができていた。室内には膨大な魔素が満ちていた。どうやら高レベルの魔法が使われたようだ。


「誰かいるか!」

 ロウは声をかけた。


 返事はなかった。


 ロウは部屋に侵入した。


 背丈ほどもある瓦礫を回りこむと、その向こうにひとりの生徒が立っていた。


「アイリスくん?」

 アイリス・ラプラスだった。

 アイリスは振り返った。


「先生……」

 アイリスは魂を抜かれたような顔をしていた。


「なにがあった?」


 アイリスは黙って首を振った。


「トラブル?」

「いいえ、なんでもありません」

「ふうん」


 ――そんな風にはみえないけれど。

と、思ったが、ロウは口には出さなかった。


 アイリスは杖を天に向けて掲げて命じた。


「702号室よ、《戻れ》」


 床に落ちていた巨大な瓦礫が、ふわりと浮かんだ。

 そして天井に向かって飛んでいく。

 瓦礫は天井にぴたりとくっついて、元のきれいな状態に戻った。壁や床の傷も消えている。702号室の壁や床材には、魔力が練り込まれた特殊な材料が使われている。それらは魔力に反応し、自己修復する機能がある。


「すみませんでした、騒がしくして」

 アイリスはぺこりと頭を下げて、立ち去ろうとした。


「アイリスくん」

「はい」

「あの……」


 ロウは口を開きかけたが、

「いや、なんでもない」

と、いった。


 アイリスは無言でぺこりと頭を下げて、部屋を出ていった。

 ロウはため息をつく。

 なにかあったことは明白だ。

 しかしアイリスの顔には「いいたくない」と書かれていた。


「なんでもありませんといわれちゃあねえ」


 魔法の演習中に暴発が起きることはよくある。

 今回もそういうことなのだろうか。


 ――いいや。


 たぶん、違うのだろうけれど。

 当事者のアイリスが教師の介入を拒絶している。

 ならば首を突っ込む理由もない。

 生徒が頼ってくるまで、教師は我慢するしかない。


「教師ってのは難儀なものだね」


 ロウはぼやいて、頭をがりがりとかいた。

 どうするのが最善なのだろう。


「うーん……」


 どうも頭が回らない。きっと寝不足だからだ。

 ロウはあくびをした。


「寝よう……」


 ロウは重たい体を引きずるようにして、ぺたん、ぺたんとスリッパの音を響かせながら、702号室を後にした。

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