罠を仕掛ける人、罠を作る人
通称『仕置き坂の絞首台』──ミュンツフルトの西郊にある、かつては見せじめに罪人を断罪していた処刑場。今は処刑場が旧市街地へ移されたことで廃墟と化している。彼らはここを、襲撃を仕掛けてくる敵を迎え撃つための陣地として、急ピッチで整えつつあった。
焚き火の光が罠の陰をちらちらと照らす中、ティージがぽつりと口を開いた。
「ねえ、レオン。……ウィルヘルムって、やっぱりすごい人なんだね」
レオンは地面に釘を打ち込みながら、視線を上げずに答える。高級魔法傷薬の効き目は抜群だ。
「すごいよ。最初に会った時、俺が殺しにかかって……逆にティージを救ったあのスキルで力を吸い取られたからな」
ティージが驚いた顔をする。
「ほんとに殺そうとしたの? どうして?」
「そっちが気になるのかよ」とレオンは苦笑して、金槌を置いた。「まあ、蹴られたからやり返したかっただけだったが……なんつーか、それ以上に世の中の仕組みにぶん殴られすぎて、誰かをぶん殴り返さないと、自分が自分じゃない気がしてた」
「……気楽に家を飛び出した人のセリフじゃないわね?」
「……ああ……親父、兵士だったんだ。『グランド・サーキット団』所属の。」
「すごそうだけど……」
「すごかったよ。装備も最新、士気も高い。でもな、どんな保険に入ってようが、どんな武器を持ってようが……片手片足が吹き飛ばされるぐらいの敵の呪文が飛んできたら防げねえわな」
焚き火のパチパチという音が、急に重く聞こえ始める。
「最下級の兵士には、保険の払い出しも最低限しかねぇ。そんなんで家族六人食っていけるわけがねえぜ」
「それで……お父さんは、レオンに軍に入ってほしかったの?」
「ああ。『学徒兵』として入れば、訓練期間中でも給与が出るし、家族手当も入る。死ねば“救援債券”が降りるってな。死んだほうが得だなんて、どんな冗談だよ……」
ティージが何も言えなくなったその隙に、レオンはさらっと言い切る。
「死んで金になれって期待されるぐらいなら逃げた方がマシだ。自分の選んだミュンツフルトでのたれ死んでもまだ納得出来るからな。」
沈黙の中、ティージが小さな声で聞く。「……じゃあ、ウィルヘルムは? なんで彼にはついていくの?」
レオンはふっと笑う。「あいつと戦ったときな、“雲を殴ってる”みたいだった。実体がつかめねぇのに、気づいたら雷に打たれてた」
「へ、変な例え……」
「それだけじゃない。戦いの後、あいつは俺の目を見てこう言ったんだ。『どうする?ここで死ぬか?』だってさ。」
「それって、単に脅されたじゃないの?」
「いや、むしろ逆……だったかな?倒れてたのに、まるで空を飛んでるみたいだった。馬鹿みたいだろ?でも、あいつは……本気出してなかったくせに、俺たちを対等に見てた。誰からも見下ろされてきたのに、あいつだけは目線を合わせてくれたんだ。『死ね』、じゃなくて、生か死か選べ、って対等な人間として聞いたんだよ、そいつは。」
レオンの言葉に圧倒され、息すら忘れたティージ。
「それより、ティージ。男装もやめて、言葉使いも女の子っぽくなったな。まあ、こんなところで暮らしているから男装するわけは分かるが……やっと俺らを仲間と思ってくれたからやめたか?」
「違うよ。レオンしか騙せていないと分かったから、その程度の変装ならやっても意味ないって気づいただけ。」
「こぉら、喧嘩売ってんのか!?しばくぞ!?」
「キャハハ、それも嘘。実はウイルヘルムに鍛えてもらって、変装なんかしないで敵なんかぶっ飛ばせばいいっていうぐらい強くなったからよ。」
「ははは、違いねえ!俺もウイルヘルムのおかげで転職出来たしな、もう地べたを這う生活とはおさらばだぜ!」
***
新しい隠れ家——みんなが「戦場」の準備に出払っている今、隠れ家にはタリンゴスしかいない。ウィルヘルムが用意した資材を使って、これからの戦に備える罠や道具を黙々と作っていた。器用に手を動かしながらも、道具とはまったく異なる感触が、ふいに手のひらに蘇る。
あのとき、両手で握りしめた刃が——皮膚を突き破り、内臓にまで届いた、あの感触が。
キィーン。
工具が手をすり抜け、床に落ちた。
「道具作り、大変だな。」
ふと顔を上げると、開いたドアの隙間から少しやつれたポマニの顔が覗いていた。
「ノックはしたんだけど、作業音しか聞こえなかったからさ。勝手に開けさせてもらった。」
「あ、ああ。ちょうどキリのいいところだったし、ちょっと休憩しようと思ってたんだ。」
若葉がまぶしい季節だというのに、タリンゴスは額の汗をぬぐった。
「よく考えると、“危険組織抗争反対派”って、俺たち二人だけなんだよね。」
ポマニが落ち着いた声でぽつりと呟く。
「やっぱ……他の奴らに比べて、俺たちが弱いせいかな?」
「弱いって……ポマニは俺たちの中で最初に上級職になれたじゃん?弱いわけないって。」
タリンゴスは怪訝な表情を見せる。
「……俺の上級職、『ソードガード』だよ。剣士系ってさ、“究極職最強、上級職最弱”って言われるし。親父は一流の魔法戦士職——『ブレードシンガー』だったし、しかもエリート中のエリートの飛行兵だったもんな……」
「精神的制約とやらで上級職になれない俺からすれば、嫌味にしか聞こえないね。」
タリンゴスの表情が翳る。
「逆にそれをなんとかできればすごいクラスになれるだろ?昔のトラウマが原因だってな……だったらもう、敵とかアンデッドだと思って、頭の中で思いっきり殴れ!殴り殺せ!」
「ははは、何だそれ!くだらねえ!」
「ああ、くだらねえよ!実は俺、インテリぶってるけどさ、本当はしょうもないこと考えて、しょうもないこと言いまくって、能天気に暮らすのが夢なんだよ!」
二人はしきりに笑い合ったあと、タリンゴスが小さく呟いた。
「これから大金が手に入るってのに、なんでそんな夢が、こんなに遠く感じるんだろうな……」
そのとき、笑いの残響だけが隠れ家に残った。
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