新しい隠れ家と武器

「これでここの場所が魔族にバレたわけだが、隠れ家を変えるか?」

 カルセアを送り出した後、ポマニがつまらなさそうにため息を漏らした。


「この一帯に、表通りから程よく離れており、正面と裏、そして天井から脱出の通路が確保出来る物件を買おう。予算は……これからの準備で色々出費が嵩むゆえ、3千万しか出せないが。」

 ウイルヘルムがバツの悪そうな表情を見せた。


「3千万?この近くで?場所によっては一街区丸ごと買えるよ。」

 ティージは目をまんまるくさせている。

「ならその件はティージに任せた。これからは忙しくなる。」


「ちょっと待ってください、ウイルヘルムさん。確認したいことがあります。」

 ポマニがつまらなさそうな顔をウイルヘルムに向けた。

「ウイルヘルムさんは半分魔族ですか?黒い騎士の弟子ですか?全部嘘ですね?」


 ウイルヘルムはしばらく沈黙した。やがて、ゆっくりと息を吐いた。

「……黒い騎士の弟子であるはずがないだろう。でも、彼の戦い方には敬意を払っている。」

 ティージが目を見開いた。「じゃあ、あの言い分は?」

「……黒い騎士の話になり、急に涙が溢れた。しかし本当のことを言うと逆に怪しまれるゆえ、嘘をついた。」

「って照れ隠しってこと?」タリンゴスが目を丸くする。

「……」

「本当に照れ隠しかよ?ワハハハうわいてっ」

 椅子に座っているレオンが笑い出したが、複雑骨折した太ももが痛み出して顔を顰めた。

 ウイルヘルムの気功治療でも完治させることができないほどの重傷だ。後で高級魔法傷薬を買わないと影魔石流通会の準備に支障が出る。


 ポマニの目が細くなる。「じゃあ、半分魔族というのも?」

「使っている技が魔族の技だと認定されたのは事実だ。」

 沈黙が落ちる。ウイルヘルムは、あえて彼らの視線を受け止めた。

「グスタフの息子ではあるが、余という存在はそれだけに止まらない。説明は――いつかする。ただ一つだけ言っておく。余は君たちの味方だ。どんな時も。」


「ま、師匠が人間でも魔族でも、俺には関係ねえよ。師匠だからな」

「弟子になるにはあと5倍ぐらい強くなれ」

「よし!倍数が減ってる!」

 レオンは痛む足を押さえながらも、ニヤリと笑う。


「ま、ウイルヘルムさんが敵じゃないってわかってるからさ。」

 ティージはいつものように笑っている。


 ポマニは何も言わず、わずかに眉をひそめたまま背を向けた。


 レオンがクラスチェンジしたその日、ティージはウイルヘルムが説明した条件通りの物件を新しい隠れ家として購入した。


 誰にも所有者が割れないよう、ティージはまず会社法人事務局に袖の下を渡し、その日の内に有限会社ウイル・ラブを設立した。有限会社ウイル・ラブの代表取締役は「ミコル・ジニ」。既に死んだかつての仲間――ただし戸籍上はまだ“生きている”男だ。ティージはミコル・ジニの署名と印鑑で、闇社会に通じた「事情のわかる」仲介人を通して有限会社ウイル・ラブ名義で不動産を購入した。適度な手数料と引き換えに、名義を巧妙にぼかし、取引の痕跡を煙に巻き、新たな隠れ家を手に入れた。ボロ家だが、「自分だけ鍵を持っている自分の部屋」があるだけで、ティージの心に余裕ができた。


 新しい隠れ家——複雑に入り組んだ裏路地の迷路の真ん中にある古い一軒家。八部屋を備えた広々とした一軒家で、周囲もかつては同様に風格ある邸宅ばかりだった。ミュンツフルトの中心部がまだエルデブルクだった頃、この一画は閑静な住宅街だったが、今やこの一帯は没落の象徴だ。違法増築が蔓延り、周囲の家は賭場、売春宿や裏商売を経営する事務所などと化している。だがその廃れた外観の裏に、この家は隠れ家としてうってつけの構造を秘めていた。正面玄関に加えて裏口もあり、屋根裏の窓は緊急脱出にも使える。地下室には下水道へと通じる整備口が隠されており、足がつかない逃走経路として機能する。


「これから忙しくなる」──ウイルヘルムの言葉は、まぎれもない現実となった。影魔石流通会の後に予想される戦闘に備え、彼と彼に雇われた五人は、慌ただしく動き始める。


 通称『仕置き坂の絞首台』──ミュンツフルトの西郊にある、かつては見せじめに罪人を断罪していた処刑場。今は処刑場が旧市街地へ移されたことで廃墟と化している。彼らはここを、襲撃を仕掛けてくる敵を迎え撃つための陣地として、急ピッチで整えつつあった。


 ***


「スリハン」

 仕置き坂の周辺を視察しているスリハンの後ろからウイルヘルムの声がした。


「罠を埋めるのに向いている場所は概ね頭に入れておいた。あとでタリンゴスに教える。」

 スリハンは事務的な報告を済ませた。

「それは上々。だがその話をしに来たわけではない。」

 振り向いたスリハンは、ウイルヘルムが持っているものに目を奪われた。


 型番までは知らないが、通称『ヴァイパー』単発式レバーアクションクロスボウ。ミュンツフルトでは信託銀行の警備員たちの装備として最近見かけるようになった新型だ。しかし今まで見たヴァイパーとは全く違うが……


「スリハンなら、その差異にすぐ気づくと思っていた。これは、将来の戦に備えて進めているヴァイス領軍備再編で生まれた、特別仕立ての試作型『ヴァイパー7・クルツ』だ。元は余のいとこが無理を言って軍艦から持ち出したものだが……『シューター』が中距離の弩など使っても宝の持ち腐れにしかならないゆえ、これはお前に託す。」


「……俺はクロスボウなど使ったことないが、それでもいいのか?」

 そう言いながらも、スリハンは『ヴァイパー7・クルツ』を大事に抱えている。


「金も資源もなかったうぬが鞭を使うという発想は素晴らしい、が、金も資源も手に入れた今、鞭を使い続けるのは旧套墨守そのもの。」


 ウイルヘルムはスリハンに対してクロスボウの使い方を説明した。腹部で体重をかけて固定して、レバーを前から後ろに向けて180度引くと弦が引かれ、ボルトを装填すればいつでも発射可能。照準を合わせてトリガーを引けばボルトは射出される。


「照準器も高度計も外している。うぬの五感の鋭さならば、そんなものは元より不要。狙うことすら要らないだろう。弩を撃ちたいものと己の視線を一直線に並べ、ただ撃てば良い。至近の的ならば必ず命中する。やってみせよ」


 スリハンは言われた通りに弦を引いて、ボルトを装填した。

(一直線に並べて……撃つ)

 腰だめで撃ったボルトは、20メートル先にある一匹のドブネズミを貫通した。


「至近距離以外の的を撃つには?」


「高度計は外したと言ったはず。なぜ凡人が高度計を用いるか、考えてみるが良い。答えは、自ずと見えてくるはずだ。」


(高度計……か。)

 スリハンは今度約70メートル外の廃屋の上にある風見鶏に向けて、先と同じ要領でクロスボウを撃った。


 ボルトは風見鶏の胴体に刺さった。


 2発目。ほんの少しクロスボウの先を上に向けて撃った。風見鶏の頭にボルトが命中した。


「うむ、やはり呑み込みが早い。相手を上級職と見なして戦うならば、まずは目を狙え。片目を潰せば、スキルで凌ごうとも戦闘力は著しく下がる。二の矢で逆の目を射抜けば、いかに戦に長けた者とて、癒しの魔法なくして何も出来ない。残るは――関節か、心臓か、頸動脈か。行動を封じ、血を流させよ。それを癒すには、今度はマナを削ることとなる。」


 ウイルヘルムはスリハンに背を向けた。

「……試し撃ちは、好きなだけやれ。これよりポマニと少々言葉を交わしてくる。話の流れ次第では、長くなるやもしれないが。」

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