アーマードモグラ vs ぶつかり坊ちゃま
~古林寺秘奥義「金剛不壊」~
「金剛不壊(こんごうふえ)」 は、古林寺 に伝わる門外不出の秘奥義であり、その本質は「絶対防御」にある。
武術において、気功は己の肉体を鍛え、強化するために用いられるのが一般的である。しかし、古林寺の高僧たちは「そもそも、攻撃を受けなければ良いのではないか?」という発想に至った。
そこで彼らが編み出したのが、「気そのものを物理的な障壁とする技術」である。
通常、気を徒らに外に漏らすことは修行者にとって致命的な失策とされる。だが、「金剛不壊」は、むしろ意図的に体内の気を放出し、全身を包み込むように循環させることで、己の周囲に絶対防御のフィールドを形成するという画期的な技であった。
このフィールドは、並の刃では決して貫けず、さらに熟練の使い手ともなれば、飛び道具や衝撃をも弾くことができる。古林寺の伝承によれば、達人の域に至れば、大軍の矢の雨をも防ぐことが可能であるという。
しかし、この技の発動には厳密な条件があった。
体内の気を外へと送り出す際、気の流れに乱れが生じれば、外部と内部の気が衝突し、経脈が寸断され即死する。 そのため、修行者は気の流れを完璧に制御しなければならず、一歩でも誤れば取り返しのつかない事態に陥る。
また、「金剛不壊」のもう一つの副次的な作用として、体内に侵入した異質な気を自然に排出する 効果がある。これは本来の目的ではなく、あくまで技の副産物にすぎないが、この作用によって戦場や霊的な汚染の影響を受けにくくなるという利点もあった。
この奥義の習得は極めて困難であり、古林寺では最も優れた修行僧のみにのみ伝授されていた。しかし、歴史の裏ではこの技を本来伝わるべきではない者が盗み出し、極めた例がある という。
伝説によれば、ある異端の武芸者がこの技を会得し、戦場においてまるで金剛の鎧を纏ったかのように敵の刃を弾きながら、圧倒的な力を振るった という――。
(出典:民明書房刊『古林寺奥義と武術哲学』より)
***
脳裏に蘇るのは、かつて
金剛不壊とは、体内に蓄えた気を一定のパターンで体外へ排出し、まるで金剛の法衣のように自らの身体を包む秘術である。
この術が成功すれば、体内に充満した禍々しい気を無害化し、自分の外側で安定させることができる。しかし、失敗すれば――
(体内と体外の気がぶつかり、経脈が寸断されて死ぬ……)
まさに、針の穴を通すような細心のコントロールが求められる状況。しかし、百年以上の実戦経験を積んだウイルヘルムにとって、これは「やるしかない」ものだった。
(――いくぞ!)
意念を研ぎ澄まし、体内の暴れ狂う気を僅かずつ、一定のリズムで排出していく。その速度は遅すぎてもダメ、速すぎてもダメ。わずかな狂いが命取りとなる。
指先から、腕へ、そして全身へ。気を流し、渦を作る。
まるで一本の絹糸を紡ぐような繊細な操作だった。
――膨大な気を放出しながら、それを自らの身体に纏わせる。
外なる金剛の法衣。内なる気の静寂。
気流が落ち着いた瞬間、ウイルヘルムは初めて息を吐いた。
成功だ。
金剛不壊の術は完璧に発動し、ウイルヘルムの小さな身体は、純然たる気の膜に包まれていた。もはや無秩序な暴走はない。静謐と力が共存する、安定した「形」となった。
(……ふぅ。危なかった)
安堵のあまり、肩の力が抜ける。しかし、今回の経験は、この世界がいかに異質な「気」の流れを持つかを明確に示していた。
このままでは、気功の修行すら命がけになりかねない。
(これは……慎重に進める必要がありそうだな)
かつてない未知の気の世界。
ウイルヘルムの修行はまだ始まったばかりだ。
【ウイルヘルムはクラスシステムを破棄しました】
【ウイルヘルムの規格設定は初期化されました】
***
ウイルヘルムは無表情のまま歩きながら、静功と金剛不壊を交互に運用し続けた。気の流れがどんどん強くなっていくのを感じるが、体内に気をためることはできない。このままでは攻撃を防ぐ金剛不壊ばかりが肥大化する一方、攻撃の手段は著しく制限されるため、ウイルヘルムは次第に新たな修行法を考え始める。
その姿はまるで機械のように無駄のない歩みだった。口を閉ざし、目線は前方に定まり、顔の筋肉一つ動かさずに黙々と進む。その姿は、一見して周囲を睥睨しながら歩いているように見えるものの、実際には完全に修行のことだけに集中していた。
ベルタはそれを見て、すっかり勘違いしてしまった。彼女はウイルヘルムがただの子供とは思えなかった。無表情で、そして規律正しく歩き続けるその姿は、まるで威厳のある領主が領民に示すべき姿勢そのものだと感じ取ったのだ。
(さすが坊ちゃま……一回礼儀について教えただけで、こんなに幼い年齢ですでに領主としての矜持を意識するなんて!私たちもこのような強い意志を見習うべきですわ!)
ベルタはいたく感動した様子で、ウイルヘルムを一歩後ろから見守りながら、その存在に心からの敬意を抱くのであった。
ウイルヘルムは静功と金剛不壊を並行して修行している最中、足元に不穏な振動を感じた。やがて、地面が割れ、無数の鋭い爪を持つ魔物が顔を出した。アーマードモグラ、地下に生息する謎の多い魔物たちだ。その数は九匹。鱗に覆われた硬い外皮と鋭い爪を持ち、地下から突如として現れる。
魔物を見た庶民たちは、蜘蛛の子を散らすように安全な距離まで逃げた後、衛兵たちが魔物をなんとかするのを待っている。命は大事だが、手押し車に入っているささやかな財産もまだ重要である。
衛兵たちは槍を構え、【スピードスラスト】というスキルで槍を高速で突き刺すも、魔物の鎧のような鱗には全く通用しない。明らかな判断ミス。槍に貫通力を持たせるスキルにすべきだった。槍が弾かれた衛兵たちは思わず後退した。
「うーん、これは面倒ね…」
ベルタは軽く息を吐き、身体をしなやかに構えた。
しかし侍女はベルタより早く動き、「ホワチャーッ!!」という奇声を発するといきなり飛び跳ね、魔物を蹴り上げる。その蹴り技は見事だが、アーマードモグラをよろけさせるだけで倒すには至らない。
「くっ、思ったより硬いわ!」
それにしてもこの侍女、ノリノリである。実力が伴っていないようだが。
ウイルヘルムはわざと魔物の前に出て、顔をしかめる。何とか敵を倒したいと思っていたが、衛兵やベルタには自分の実力を悟られたくない。
(ちょうど修得したばかりの金剛不壊が役に立つ、が…)
今のウイルヘルムの攻撃手段は限られている。新たに手にした金剛不壊の力を使うことを決意するが、なるべく悟られないように慎重に行動した。
ウイルヘルムはパニックに陥って走り出した振りをして、
その姿はまるで「ぶつかり坊ちゃま」だ。
転がされたアーマードモグラに向けて衛兵たちが再び槍を突き刺し、それぞれ1匹の魔物を倒した。 初手が遅れたベルタだが、ウイルヘルムが魔物にぶつかる度に心配しながらも、魔物に出来た隙を見逃さず、迅速だが無駄のない動きで、1匹まだ1匹のアーマードモグラの首を折っていく。
「これで終わりです!坊ちゃま、お怪我は!?」
ベルタは慌ててウイルヘルムへ駆け寄る。
「当たらなければどうということはないんです。」
と幼児の所作を意識してちょっと意味不明な弁解をする。
「無事で良かった…いい?これから危ない魔物が出たら、すぐに私の後ろに隠れてください!勝手に走り出したらダメですよ!?」
ウイルヘルムは、心の中でため息をつきながらも、あくまで自分の実力を隠すように努めた。
侍女はといえば、残心を忘れずカンフーの構えのままだ。もちろん、彼女の戦果はゼロだ。
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