第11話 進みいく船の底で

暗い波の上を船が進んでいく。辺りは真っ暗で、甲板にいると危険なので、見張りの者と操舵の者以外は船層のハンモックの下がった寝室や食糧庫にいるように申し付けられた。カルルサックの街を副騎士団長に委ね、この航行の指揮はベラノーテ自らとっている。


表向きは王都の上位騎士とその部下という立場のジェラルド陛下とリーチェは、他の騎士たちと同じように、寝室の片隅の床に腰掛けていた。

「わるかったね」

ジェラルド陛下がリーチェに言った。

「え? 何がですか?」

ジェラルド陛下のおかげでリーチェは船に乗り込むことができた。謝られる理由が思い浮かばない。

「リーチェの希望に叶ってはいただろうけど、今回の旅はあまりに危険すぎてね。本来君を止めるべきだったと思うよ。だけど、君の加護の力を利用するつもりで連れてきた。わたしはもう、二度と孫を失いたくないのでね」

カイエン王子のことだ。ジェラルド陛下も、あのとき痛みを負ったのだ。リーチェよりもずっと深く重い傷を。


「陛下、わたしはカイラを失いたくはありません。自分の意志でここにきたんです。それに、陛下が手助けしてくださらなかったら、荷物に隠れて騎士団の船に密航していたかもしれませんよ。もしくは、乗せてくれる漁船を探すとか」

ふっとジェラルド陛下が笑った。

「君ならやりかねない。なんせ子どものときからお転婆だったものなぁ。王城の二階の窓から飛び降りて木に飛び移っているのを見たときはおどろいたよ。しかもあの頃はドレスを着ていたんだもの」

「六歳のときの話じゃないですか......」

「六歳だからすごいんじゃないか。二階だよ、二階。しかも王城の。地面に落ちたら死んでたかもしれないよ」

「怖いもの知らずだったんですよ。幼かったから」

「今も君はそういうところがあるけどねぇ」

ニヤニヤ笑った後で、陛下は真面目な顔をしてリーチェを見た。

「僕にとっては、君ももう、孫みたいなものなんだ。頼むから死なないでくれよ」

リーチェも真面目な顔でうなづいた。

「死にません。死ねませんよ。わたしはこれから騎士になって、カイラを守るんですから」


船は明日の朝にはリーラントへ着くという。揺れる船倉では、ベーコンと黒小麦のパンと水が配られ、食べたら仮眠を取るように指示が出た。ハンモックで寝る者、床に座り込んで壁にもたれかかる者、床に寝転がる者と様々だ。


リーチェはジェラルド陛下の横で座ったまま夜を明かすことにした。さっき眠ったばかりだし、興奮状態なのでどうせそれほど眠ることはできない。横を見ると、ジェラルド陛下は眠っているようだ。


ベラノーテの前では、元気に軽口を叩いていたが、前に会ったときよりもやつれているような気がする。当たり前だ。孫の王子の誘拐事件だけで心を痛めているだろうに、鍛えているとは言え、六十を超えた体で寝ずに馬をとばしてきたのだから。しかも今回はリーラント絡みときている。リーラントにどれだけの人がいるかわからないが、過去の戦争のことを考えると、元国王としては国同士の問題にも直面することになるだろう。


畏れ多いことではあるが、リーチェにとっても、ジェラルド陛下はもう一人の祖父のような存在だ。

幼少期カイラと一緒にいることが多かったリーチェは、ジェラルド陛下に会う機会も多かった。そんなとき陛下は、カイラにするのと同じように、リーチェのことを可愛がってくれたのだ。


実は愛馬のフロリナをリーチェにくれたのも、ジェラルド陛下その人だった。十三のとき、カイラが馬をもらったのと同じタイミングで賜ったのだ。ちょうど、リーチェの騎士見習い入りが決まったときで、名目はその祝いということだった。名馬の産地である隣国からわざさわざ取り寄せられた二人の馬は、筋肉も大きさも一際優れていて、早く走ることができる上に丈夫だった。


騎士団の船のうち一つの船が、数十頭ほどの馬を運んでいるが、その中にフロリナもいる。氷の中に人が住めるような状況なら、馬を使う場面もあるかもしれないというベラノーテの判断によるものだった。一目で良い馬だと気づいたベラノーテが、フロリナも連れて行くことに決めたのだ。サーガと名付けられたカイラの黒い馬は、ジェラルド陛下が王都から乗ってきたので、今フロリナと同じ船に乗っている。


(そう言えば、陛下と一緒に来たはずのお供の人はどうしたんだろう)

一度も姿を見ていないし、この船にも乗っていない。何かの理由で他の船に乗っているか、街で別の任務を遂行しているのだろうか。


周りを見渡すと、他の騎士たちはほとんどが浅い眠りについたようだ。

リーチェのまだ疲れの残る頭も体も、心地よい船の揺れに誘われて徐々に緩んできていた。

(少しだけ寝ておくか)

リーラントでは、何が起こるかわからない。

(休めるときに休んでおこう)

リーチェはそっと瞼を閉じた。

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