第36話 大加速の進化
▽第三十六話 大加速の進化
適応した。
一週間はたっぷりと観察に費やした。あるていどの「食物連鎖」と「環境」について把握することができた。
とはいえ、すべてに対応したわけではない。
この地域は出入りも多い。
知らない魔物、知らない行動、知らない技能は常にあると見ておいたほうが良いだろう。ぼくには様子見に最適な【猫のない笑い】がある。
逃げる方法も【逃げ足】【ホームゲート】……とわりと多様。
遠近イケる上、毒という絡め手もある。
何よりも固有スキルで他よりも上手く成長できており、なおかつ、【不死王の冠】という装備品を所持している。見たところ、他の魔物は装備品をつけていない。
まあ勝てる。
効率的な狩り、というのは目立つから無理だけどさ。
一日に数体、確実に魔物を狩っていく。
それ以外はなるべく隠れて過ごす。少し前に行った【土魔法】の応用で、一時的な隠れ家を作ることは容易い。
ぼくの場合、擬態小屋の外も【サーチ】で確認できるのが強いかな。
これがぼくの適応だ。
無害そうな、あるいは無害化した木と土で小屋を作る。そこに隠れて……近づいてきた無防備な魔物を一撃必殺するのだ。
これでぼくは安全に経験値を稼いでいた。
▽
レベルが30にまでやって来た。
ここまで来るのになんと半年も必要だった。レベル1とレベル30ではステータスがまったく違う。正に雲泥の差だ。
レベル差よりもランク差のほうが大きい。
それでもレベル差というのは、十分に魔物としての格に関連してくる。
まあ、先程も述べたようにランクⅣのレベル30とランクⅤの1レベルでは、ランクⅤのほうが強いのだけれど。
「にゃお」
ランクⅤである【閃猫】の限界レベルは50だ。
最近、経験値の伸びが悪くなっている。もっと積極的な狩りをせねば、下手をすれば数年単位での狩猟が必要になってくるだろう。
並みの魔物の限界値が、おそらくはここなのだ。
だが、ぼくは虎視眈々とこの時を待ちわびていた。
レベルが上昇し、スペックが上がる……この時をね。
名前【未設定】性別【オス】
種族【閃猫】レベル【30(50)】
固有スキル【
種族スキル【バトル・ファー】【掻き毟り】【肉体強化・中】
【雷魔法・中】【雷強化・小】【
【光魔法・中】
継承スキル【愛嬌】【本能探知】【逃げ足】【招福】
【生存成長・微】【火魔法・初】
【水魔法・初】【風魔法・初】【白魔法・初】
【土魔法・初】【空間魔法・中】
【魔法才能・小】【
【バトル・ファー】【雷魔法・中】
技能 【ポイズン・ヴァイトⅧ】【特大加速Ⅰ】【雷撃爪Ⅸ】【テラー・ハウルⅧ】
【踏ん張りⅢ】
アクセサリ装備【不死王の冠】
これが半年の成果である。
思ったよりも変化は少ない。それだけ安全に戦ってきた、というわけではない。技能欄を見てもらえば解るかもしれない。
なんと【踏ん張り】がⅢレベルにまで成長している。
これは【踏ん張り】が何度か発動していることを意味する。体力半分以上の状況から、一撃死級のダメージを喰らったということだ。
今では成長して、残り体力が三割で発動するけれど。
ランクⅤ帯は恐ろしい。
時折、明かに固有スキル持ちが登場する。また、見たこともないような圧倒的な技能持ちだったり、疑似小屋を看破して襲いかかってきたり、遠距離から馬鹿みたいな魔法を撃ってきたり……散々だ。
当初は入れ替え候補だった【踏ん張り】が、もう手放すことができない必須技能となった。
そういえば、とうとう【大加速】がカンストした。
今もずっと視界内には技能進化の選択肢が浮かび上がっているよ。【大加速】というのは、【加速】の技能を進化させたものだ。
一時的に速度が3倍になるという技。
その分、肉体の負荷は大きい。ハッキリ言って、これを進化させるのは怖い。今でもけっこうな負担を感じているわけだからね。
それでも進化させない選択肢はない。
だってめっちゃ邪魔。視界内にずっと進化候補先が入り込んでいる。いくら【サーチ】を駆使して戦っているとはいえ、邪魔なものは邪魔だ。
進化先を吟味させてもらおう。
1特大加速
一時的に4倍速となる。微クールタイムあり。
2連鎖加速
一時的に2倍速となる。クールタイムなし。
3神速権
一時的に速度が10倍となる。クールタイム5時間。発動後、自らに鈍足デバフ。
4雷身速
一時的に雷と化して駆け抜ける。ダメージあり、クールタイム3分。
5閃歩
半径50メートル以内、好きな位置に移動する。クールタイムあり。
……これは1、かなあ。
他のものはデメリットが重すぎる。たぶん、ぼくに【猫のない笑い】がなければ、【雷身速】や【閃歩】でも良かったのだと思う。
けど、今のところ、好きなタイミングで大加速できる、というのが役立つ。
クールタイムが少ない、というのが一番の魅力だ。効果も十分すぎるくらいに高いと思う。
ちなみに【連鎖加速】は疲労が看過できそうになく、【神速権】はめちゃつよだけれどピーキー過ぎる。
やはり今までの純正強化である【特大加速】にしておこう。
早速、ぼくは【特大加速】を試し撃ちしてみる。
頬の肉が加速で持って行かれる。信じられない速度が出る。そういえば、何度かこれを使ったと思わしき魔物に襲われたなあ。
反応できずに、腹に致命の一撃を食らってしまった。
あの時、【踏ん張り】さんがいなければ死んでいただろう。
あの魔物と同じ動きができるのならば、この技能スキルはかなり強いと言えるだろう。ただ使用後、心臓がバクバクと煩くなる。
クールタイムは数秒。
ただ連打すれば疲労で倒れてしまうだろう。余裕を持たせて連続三回までを限度としておこう。まあ無理をすれば、もういくつか使えるだろうけれど。
スタミナも何らかの方法で補いたいな。
どうにか森から出て人と交流を持つ必要があるのかもしれない。ぼくはこの世界が装備ゲーである可能性も考えているのだ。
たとえば【不死王の冠】クラスのアイテムを六つ持てば、ぼくは例の寄生生物を圧倒できる自信がある。装備の充実は可能ならば優先したい。
森の中だと難しそうだけどさ。
「にゃん」
さあ。
臆病な狩りはそろそろ終わらせたい。積極的に戦い、レベルを上げて……ランクⅥを目指す。
ぼくは耳を澄ます。
毒性生物の多かったランクⅤ帯から異変が感じられる。……何かが暴れている。その「なにか」については言うまでもなく心当たりがある。
ぼくが殺すべき相手だ。
敵はぼくが及びも付かない速度で成長している。ただでさえぼくよりも強いってのにさ。ここで停滞している場合ではないのだ。
▽
アーマーオーガ、と呼んでいる魔物の集団を見つけた。
通常のオーガがムキムキな鬼だとすれば、アーマーオーガはカチカチな鬼さんである。黒光りする筋肉はもはや漆黒の鎧。
ちょっと格好良い。
顔立ちも卑しいところがなく、爽やかな筋肉マンだ。
また、生まれ付き武器を手にしているらしい。
奴らは全員がご立派なハルバードを手にしている。下ネタじゃないよ。いや、夜のハルバードも剥き出しになっており、それが中々に……いやえげつないけどさ。
なんだか悔しい。
ぼくは猫ちゃんサイズだ。当然だけど。
『ふんっ!』
アーマーオーガたちが一斉にぼくを見つける。
野生の中では、ぼくのようなちびっ子だって十分な脅威と見なされる。集団で責め立てられることについて、卑怯だなんて言わないよ。
敵は五体。
いつもならば放置して、何処かへ行くのを見送るレベル。
ただ今日からのぼくは違う。
「にゃん!」
放つのは【テラー・ハウル】だ。
ランク差もないし、技能としての位階も高くはない。大して効かないけれど、少しだけ怯ませることはできた。
直後、ぼくは【特大加速】を使っていた。
自分でも制御ギリギリの速度。筋肉が悲鳴をあげる。それを無視して、ぼくは一気にアーマーオーガ集団の背後を取っていた。
アクティブスキルを発動する。
発動したのは【雷爪斬】だった。それでアーマーオーガの足首付近を断ち切る。かなり硬い感触。ギリギリ抉ることに成功した。
違う魔物ならば、足を切断できたんだろうけどさ。
さすがはアーマーオーガ、というところかな。
ただ掠り傷とはいえ、敵が抉られたのは足の腱だ。
喰らった一体はもう動けない。さらに痺れている。そいつはもう用無しだ、と見て次の敵へと迫る。
ぼくは【特大加速】を連続行使。
一体に【ポイズン・ヴァイト】で傷をつけ、もう一体を【サンダー・ボルト】で痺れさせる。
離脱する。
一瞬で十メートルほどの距離を取る。息を整える。
一応【ナチュラル・ヒール】も使って自然回復力を高めておく。こういう時、多少の役に立つので取得していて良かった。
一体が毒で苦しんでいる。
ただ体力も高いようで、放置していても死ぬまでに数分は必要そうだ。あいつは放置しておこう。
動けない個体1。
いずれ死ぬ個体1。
あとはちょっとダメージを負った個体が1、無事なのが2。
優勢なのは、まだ向こうかな。
こっちは一撃が掠るだけでも【踏ん張り】が発動する。【バトル・ファー】を発動すれば違うだろうけれど、スタミナ消費が大きいので温存中だ。
『ふっん!』
アーマーオーガが駆け出してくる。
振りかぶられているのは大振りなハルバードだ。愚鈍な動き。普通にやっていれば、ぼくがあれに当たることはない。
けれど。
何かしらの技能が発動されることを【本能探知】が告げてきた。
ぼくはノータイムで呼応して、【猫のない笑い】を発動していた。どうやらアーマーオーガは斬撃を飛ばすタイプの技能を使ったようだ。
広範囲に斧撃が薙ぎ払われる。
普通に避けていれば喰らっていただろう。逃げられないくらいの範囲攻撃だった。続けざまに後ろのアーマーオーガが斧を投げる。
それもまた未知の技能攻撃だ。
が、普通に【猫のない笑い】中なので通り抜けていく。
驚きに止まった個体へ【ディメンション・ストライク】での【ポイズン・ヴァイト】をお見舞いしておく。
アーマーオーガが痛みに顔を顰めた。
さて。
この段階で無事だったアーマーオーガ二体が逃走を開始した。死を悟った三体は、仲間を逃がすためにぼくへと立ち塞がろうとする。
拍手でもしてやりたい頑張りだ。
猫なので無理だけれど。
奴らも奴らで懸命に生きていることが知れる。ぼくは殺戮者だ。かといって、攻め込んできたのはそちら側だったりするんだけれど。
ぼくは【猫のない笑い】を解除した。
半透明だった肉体が色付く。奴らは無敵化が解除されたことを悟ったのだろう。口から泡を吹き出しながらも、必死の形相でハルバードを振り上げた。
仲間を逃がすために。
素晴らしい心意気。献身。
けれど、ぼくは相手にしなかった。素の敏捷値でハルバードを回避してみせ、逃げて行く二体に追いすがる。
筋力値が高い敵は、踏み込む力も強烈だ。
中々の逃げ足だけれど……素直すぎる。ぼくは【アナザーポイント】と【サンダー・トラップ】を同時に行使した。
ちょうど敵が踏む位置に、【雷属性】の罠が設置された。
アーマーオーガが罠を踏み抜く。
直後、奴らの全身に電流が駆け抜けた。魔法陣を踏ませる、という手順を踏む分、【サンダー・トラップ】の効果は強烈だ。
死にはしない。
それでも全身が感電して、アーマーオーガていどは動けなくなる。効果時間は5秒だけれど、ぼくとの戦闘において5秒は致命的過ぎると思うな。
二体に噛み付いていく。
当然、ぼくの牙には強烈な毒が付与してある。ぼくは満足げに頷いて、その戦場を後にした。経験値が入ってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます