第85話驚天動地の夫婦喧嘩


 地獄の井戸、第二十一階層。

 

 そこは、あらゆるものが氷に包まれた広大な空洞だった。


 天井から無数の氷柱が垂れ下がり、壁には鋭い結晶が光を反射して怪しく煌めいている。


 空気は凍りつき、息を吸うだけで肺が裂けそうなほど冷たい。床には厚く透明な氷が張りつき、その中央、静かに巨大な白い影が伏していた。


【挿絵_眠る白龍】

https://kakuyomu.jp/users/tukigimenori/news/16818792435675785844


 白龍。

神にも等しき氷の神獣。

巨体は山のように広がり、その身は完璧な白。羽も角も尾も、雪そのもののように純粋で、だがどこまでも冷酷な光を孕んでいる。


 まるでこの空間そのものが、白龍の眠りによって成り立っているかのようだった。

 

 動かない。瞬きすらしない。

それなのに、この部屋を支配するのは間違いなく、白龍の気配だった。


 ブゥンッ

 

 その静寂を、魔法陣の出現音が切り裂いた。

床に浮かび上がる巨大で複雑な紋様。空間を裂くように光が差し、二つの影が現れる。


 一瞬の沈黙。

その気配に反応したかのように、白龍のまぶたがゆっくりと開いた。

 

 氷よりも冷たく、光よりも鋭い目。

静かに、しかし確かに、その巨体が動いた。


 現れたのは、漆黒の巨躯を人型に変異させたスーパー黒龍。その横には、鋭い視線を向け、魔剣を居合いに構えたエルフの最強の魔剣士・アイーシャの姿があった。


 白龍は現れたのが黒龍である事を認識した。が、何の言葉も交わされることはなかった。

 白龍は、目覚めと共に攻撃していた。


 ゴォォォォォォォォッ

 

 口を開く、その内奥から現れたのは、周囲の空間温度を一瞬で奪い尽くす氷結ブレス。


 轟音と共に、氷の大河が空間をなぎ払う。

 

 これは警告ではない。意思表示でもない。

目の前に現れたものを敵と断じて、即座に葬るための、氷の審判だった。


「後ろに!」

 黒龍はアイーシャに短い言葉で指示をする。アイーシャは瞬時に身体を反転させ黒龍の太い尾に隠れた。それを確認した黒龍は口から最大級の熱線で白龍の氷結ブレスに対抗した。


 両者の攻撃は丁度中央で衝突した!互いに譲らないその衝突地点は徐々に巨大な球状の光を形成し始め、次第に大きくなっていく。


 辺りは猛吹雪とともに激しい落雷や雹までが襲ってくる。


 このままでは危険と判断した黒龍はアイーシャを掴み、出口の扉に向かって放り投げた。

「え、えーっ?」

放り投げられ、空中で驚くアイーシャだが、黒龍が扉を指差すのに気付いて合点した。


 着地。

「じゃ、じゃあ、お先に失礼しまーす……」

 アイーシャは扉を開け、急いで退出した。


 扉を出ると、そこには魔王レイス一行がいた。そして、見知らぬ男、魔王ロックの姿。その内包する魔力に思わず反応して魔剣を居合抜きに払った。

それを間一髪でひらりと避けるロック。


「あっぶなっ!何なの〜このドレス着て魔剣振り回す美女は!」

 アイーシャはまだ着替えてなかったので、戦いには不釣り合いな美しいドレス姿だった。


「アイーシャ、この男は敵では無い。落ち着いて中の状況を教えてくれ」

 辺りは轟音と共に地面が激しく揺れている。

アイーシャは片膝をついて今だ構えを解かないまま、中の状況を説明した。


「へ、部屋の中では今、白龍と黒龍が驚天動地の夫婦喧嘩中だ!」


「えーと……はい?」

 普段頭の切れるカイゼルも理解が追いついていないようだ。


「再確認するが、魔王レイス。ここに私に敵対する者は居ないのだな?」

 アイーシャはロキほどレイスたちに心を許していない。油断する訳にはいかないのである。


「あぁ、こちらに攻撃の意思はない。この地獄の井戸を攻略中で、この金髪の派手な男は異界から来た魔王ロックと言う者だ。今は共闘している」


 アイーシャは居合の構えを解いた。


「宜しく、美しいエルフのお嬢さん」

 ロックは相変わらず軽い調子で挨拶するが、その後ろから物凄い殺気を感じるアイーシャ。

「その後ろにいるワーウルフの女は今にも攻撃しそう目で睨んでいるのだが?」


 カイゼルが慌てて否定する。

「いや、ごめんごめん違うの。ロックさん、誰彼構わず色目使わないでよ!この人アレだよロキの、ほら……」


「あ、ロキの彼女ね。そういや確かに一緒に戦っているのを見たわ」

 王都攻略戦でロキに追従していた女性。それが目の前のエルフと重なった。


「私は執事だ!ま、まぁ今は……ロキ夫人としてだな……」

 アイーシャは否定した後、急にモジモジし始めた。


「ほう、お前ら結婚したのか?」

 レイスが何故か嬉しそうに聞いた。


「ちがーーう!あーー説明がめんどくさい!」


 アイーシャが叫んだ直後、地面を突き上げる様な衝撃が走った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る