愛弟子を追放された最強の竜騎士、ついでにセルフ追放する~俺も辺境に行く。王都のことはもう知らん~
乾茸なめこ
第1話 弟子の追放
風が強い。たなびく長い旗が空を叩く音が響いた。
乾燥した埃っぽい空気に、男は目を細める。
王都のすぐそば。やけに広い道が用意されたスラム街を歩く中年の男――ディエゴは、道ばたに唾を吐き捨てた。黒ずんだタバコの葉が糸を引いて落ちる。
奇妙な格好の男だった。
頭には飛行帽をかぶり、黒い革のツナギで身を包んでいる。腰にはランタンを括り付け、胸元には無骨に光る拳銃を吊るしていた。
「地上は空気に砂が混じる。不快だな。ずっと空に居られたらいいのになぁ、相棒」
「クルル……」
男のすぐ後ろを二本脚で闊歩していた巨大な竜が、細く高い音で喉を鳴らす。
体長六メートルで、鳥のように前肢が翼になっている赤褐色の竜。ワイバーンだ。
瞳孔が縦に裂けた大きな目で、ディエゴの横顔をじっと見つめながら、甘えるように繰り返し喉を鳴らした。
ワイバーンが曳くソリには、小山のように大きな竜の死骸が積まれている。
ワイバーンとは全く体型の異なる竜だった。太い四つ足に、短い翼が力なく垂れている。この街を襲おうとしていたドラゴンの亡骸だ。眉間に一つ、大きな穴があいており、そこからドス黒い血を流している。
「おいゴラ、出てこい! 俺が来たぞ!」
ディエゴが声を荒げると、周囲のボロい建物の入り口に掛けられていた布が、一斉に跳ね上げられた。汚水の臭いがむわりと立ち上る。
棒きれと幾らかの石、それとツギハギだらけの布で作られたバラックから、半裸の人々が飛び出してきた。
「ディエゴ!」「ディエゴ!」
大人も子どもも、みな一様に汚れた顔に笑みを浮かべ、ディエゴの来訪を歓迎していた。
「エセ坊主はどこだ?」
ディエゴが周囲を見回す。
「はいはい、ここですよ。どうもエセ坊主です」
人混みの中から、汚れて灰色になった法衣を着た神官が姿を見せた。頭はすっかりハゲあがり、顔には深いシワが刻まれている。
この神官は、神に仕える高貴な身分ながら、自らスラムに降りて顔役となった変人であった。
ディエゴは懐から銀貨を取り出すと、神官に弾いて寄越した。
「小さめのドラゴンが飛んでたからな。くれてやるに丁度良いと思って狩ってきた」
「いつも助かってますよ。食べて良し、売って良し。それに竜の胆汁と盲腸は汚物も分解しますから」
「ここ、くっせぇもんな」
神官はディエゴの憎まれ口に、苦笑いを浮かべる。
ディエゴは竜騎士だ。ワイバーンに跨がって空を飛び、天空から街を破壊しに墜ちてくるドラゴンを討伐する。
竜騎士が狩ったドラゴンは、希少な資源の塊だ。皮革と肉はもちろんのこと、内臓も様々な用途がある。小柄なドラゴンでも一頭売るだけで、スラム街を三ヶ月養う資金となるのだ。
「解体はいつもの連中と、あとガキ数人……そこのお前とお前だな。たぶん手先が器用だ。学んでおけ」
ディエゴは無造作に数人の子どもを指名した。指さされた子ども達は、仕事を割り振られたというのに、嬉しそうな顔をする。
彼らスラムの人間にとって、ディエゴからの指名は神託だった。ディエゴに才能を見いだされた者は、必ずその道で成功し、王都で仕事にありつけるのだ。
スラムの住民達が力を合わせてドラゴンの死骸を引きずっていくのを見送ってから、ディエゴは小さな缶を取り出し、噛みタバコを唇に挟んだ。
「で、どうだ。ガキの数も減ってきたんじゃねえか?」
神官は頷く。
「おかげさまで。それに、先の戦争からだいぶ経ちますからね。戦災孤児も減ってきましたよ」
「あれは酷かった。勝ったから良いが、それにしても死にすぎたな」
「あの戦争で名をあげた貴方がそれを言いますか。最強のドラグーン、ディエゴ」
ディエゴは肩をすくめた。
対竜騎士撃墜数、並びに対ドラゴン撃墜数歴代最多。――貴族ばかりの竜騎士の中で、平民出身ながら最強を冠するディエゴの戦績である。
神官はぽんと手を叩いた。
「そういえば、イザベルはどうしました? 第二竜騎士団に入ってから、とんと音沙汰がありませんが」
「ああ、イザベル」
イザベルは、このスラム出身の少女だ。
天性のバランス感覚をディエゴに見いだされ、弟子として竜騎士になった。このスラム一番の出世頭である……はずだった。
ディエゴは首を傾げる。
「いや、なんだろうな。活躍はしているはずなんだ。うん。あいつが第二竜騎士団に行ってから、第二はめっちゃ戦果上げてるようだし」
第一竜騎士団と比べて貧弱で知られた第二竜騎士団は、近頃急に強くなったと評判である。スラムにも伝わっているらしく、神官は大きく頷いた。
ディエゴは飛行帽の大きな耳当て部分を撫でながら続ける。
「それに、第二がやってる王都東側はドラゴンまみれだったのに、めっきり減ってる。雑魚の第二だ、高高度で早期撃墜できるのはイザベルしかいねえよ」
馬鹿にするような口調だった。
愛弟子の才能を認めているディエゴは、本当は精強な第一にイザベルを推薦したかった。だが、スラム出身という出自が足を引っ張り、第二に入れられてしまったのだ。
「あの子の才能なら、花形間違いなしでしょうからね」
「あと可愛いし頑張り屋だしな」
「ディエゴさん、お子さんいないですもんね……」
「お前もだろうがエセ坊主」
ディエゴは四五歳にして、未婚で子どももいない。
貧民出身の彼がひとかどの人物になるためには、昼夜問わず戦い続ける必要があったのだ。
日夜大空をワイバーンと駆け抜け、ドラゴンの返り血に塗れていたディエゴに、結婚する暇などなかった。
「まぁ、私は私で今の暮らしを幸せに思っておりますから」
「俺もだよ。それにしても、よっぽど忙しいのか、ちっとも顔を見せに来ねえ。弟子が訪ねてこないんじゃ、隠居した甲斐もないってもんだ」
ディエゴは大げさに肩を落して嘆く。
第一竜騎士団にいたディエゴは、加齢を理由に惜しまれながら引退していた。今でも空を飛んでドラゴン狩りを続けているが、趣味みたいなものである。
神官はワイワイと騒ぎながらドラゴンを解体している貧民を見つつ、短いあごひげを撫でた。
「郊外に家を建てたとか」
「ああ。竜騎士隊舎は気苦労が多い。あいつが帰ってこれる場所も要るかと思ったんだが……手紙にも返事がなくてな」
そう話している彼らの頭上を、大きな影が覆った。
羽音に、ディエゴのワイバーンが空を見上げる。
「師匠ぉぉぉおおおおおおおおおお!!」
半べその、情けない声が降ってきた。
広い道に青い鱗のワイバーンが着陸する。背中の鞍から降りてきたのは、ディエゴによく似た格好をした小柄な少女だった。
少女が飛行帽を脱ぐと、美しい金色の長髪がふわりと風に広がる。
「おお、イザベルじゃねえか」
「じじょおお……」
イザベルは袖で目元を拭うと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でディエゴに駆け寄った。
「おいおい、久しぶりに会ったかと思えば、どうしたよ。足の小指でもぶつけたか?」
「追放……」
「あ?」
「私、騎士団追放されちゃいましたぁぁぁ……」
「はぁ!?」
べそをかきながら縋り付く弟子を受け止めながら、ディエゴは目を剥いた。
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