【百合SF短編小説】「量子の揺り籠で君は私の夢を見る~永遠符号-Code:Eternity-~」(約16,000字)
藍埜佑(あいのたすく)
プロローグ:自己言及する宇宙
濃密な霧が立ち込める空間で、少女は目を覚ました。周囲から漂う青白い光が、まるで生き物のように蠢いている。
「ここは……どこ?」
声に出した言葉が、まるで水中のように揺らめきながら消えていく。少女の周囲には青白い光が漂い、それは規則的な波紋を描きながら、無限に広がっているようだった。その波紋は彼女の存在を認識したかのように、静かに共鳴している。
少女――綾瀬(あやせ)アヤは、自分がいる場所が現実ではないことを悟った。これは「オルタナ」。現実と仮想が交差する特殊な次元だ。彼女は意識拡張デバイス「ネオコード」を装着したまま眠り込んでしまったのだろう。耳に装着された小さな機器が、かすかに温かみを帯びている。
20××年、人類は意識拡張デバイス「ネオコード」を開発した。それは人間の意識を仮想次元に投影することを可能にする画期的な技術だった。その結果として生まれたのが、未来都市「ネオ・テリカ」。現実と仮想が絶妙なバランスで共存する、新しい人類の生活圏である。
街の至る所で人々は「ネオコード」を使用し、現実と仮想を行き来している。買い物、仕事、娯楽――生活のあらゆる場面で、この技術は不可欠なものとなっていた。しかし、アヤにとってそれは「逃避」の手段でしかなかった。
現実での居場所を見つけられない彼女は、次第にオルタナへの依存を深めていった。両親は海外を転々とする仕事で不在がちで、学校にも馴染めない。友達と呼べる存在もいない。そんな日々の中で、オルタナは彼女にとって唯一の安息の場所となっていた。
アヤは薄い霧の向こうに、かすかな人影を見つけた。それは光の粒子が集まって形作られたかのような、儚げな存在だった。
「誰かいるの?」
返事はない。しかし影は確かにそこにあった。アヤは慎重に一歩を踏み出す。足元には、半透明の床が広がっている。歩くたびに、淡い光の輪が広がっていく。その光は彼女の足跡を追うように、ゆっくりと波紋を描いていた。
この世界で、アヤは「迷子」だった。
毎日のようにオルタナに逃げ込んでいた。学校にも行かず、友達もいない。両親は海外を転々とする仕事で、いつも不在だった。16歳の少女には、あまりにも大きな孤独が重くのしかかっていた。誰かと繋がりたいという願いと、傷つきたくないという恐れが、いつも彼女の心の中で葛藤していた。
アヤの長い黒髪が、見えない風に揺れる。透き通るような白い肌と、深い青色の瞳。儚げな美しさを持つ少女は、この仮想空間の中でさえも、どこか現実感を持って存在していた。その姿は、まるで実体のある光のように、空間に溶け込んでいた。
「あなたも、ここに迷い込んだの?」
突然、背後から声がした。振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
銀色がかった淡い金髪が、まるで光を纏うように輝いている。薄紫色の瞳は、不思議な深みを湛えていた。白いワンピースは、まるで雲のように柔らかく見える。その姿は、この空間に完璧に調和していた。
「私はリナ。あなたは?」
少女は微笑みながら、そう名乗った。その笑顔には、どこか懐かしい温かさがあった。まるで、長年の友人に再会したような、不思議な親近感を覚える。
「アヤ……綾瀬アヤ」
アヤは少し躊躇いながら答えた。普段ならすぐに距離を置いてしまうところだが、リナには不思議と警戒心を感じなかった。それどころか、どこか運命的なものを感じていた。
「アヤ、素敵な名前ね」
リナは一歩近づき、アヤの手を優しく取った。その手は柔らかく、温かい。オルタナの中とは思えないほど、確かな実在感があった。
「一緒に歩かない? このオルタナって場所、時々寂しくなるから」
アヤは無意識のうちに頷いていた。リナの手の温もりが、長い間凍りついていた自分の心を、少しずつ溶かしていくような気がした。それは、彼女が長い間求めていた何かだった。
二人は歩き始めた。足元に広がる光の輪が、二つの影を優しく包み込んでいく。その光は、まるで二人の出会いを祝福するかのように、柔らかく脈動していた。
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