第8話 回復作用

「なんでもない」


「なんでもないって言ったって……!」


「気にすんなって」


「まさか、吸血鬼を助けてきたとか言いませんよね!?」


「ま、そのまさかだけどな」


「そんなバカな──!?」


「リーゼに力を貰ったわけだし、俺に吸血鬼を救う力があるってのも事実。それをハッキリさせたかったんだよ」


「力を貰ったからって危険なことに身を投じるんですか……!?」


「──それが俺の性分だからな。多少の危険なんて、被ってこそみたいなとこあるだろ」


「ふざけないでください!!」


 イムクは機械とは思えないほどの大声を出してそう言った。


「オーナー、あなたは驕りすぎです! あなたが普通の人間でないことはよく分かりました……! ですが、あなたのその力は、今日得たばかりの物じゃないですか!」


 沈黙が流れる。ユウガはイムクの顔から目をそらす。リーゼは疲れたと言わんばかりに寝転がっている。


「第一……あなたはなんなんですか!? あれだけの血を流しながら、当たり前のように動き出して、なんなら避難地域に突っ込んで行ってしまう……。常識的に考えて、そんなのありえないじゃないですか!!」


「──なんなんだろうな、俺って」


「……!?」


「知らねーんだよ。俺は俺のこと」


 今度はイムクの方が黙りこくってしまった。イムクのシステムでは、オーナーの出自がわからない場合の対応は決められていなかった。


「俺さ、この世界の常識以外の知識がないんだよ。自分のことぐらい分かってなきゃいけないってのはわかる。ただ、ラッキーなことに、今日俺は俺の事を知った。普通の人間よりヤワじゃねーってことを、な」


 それを聞いたリーゼは疲れを振り絞って身体を起こした。


「──ユウガ。キミは自分が失血することが怖くないのかい? いくら死なない──可能性が高い、とは言え」


「──不思議と怖くねぇ。最初に炊飯器のバレットに会ったときはあんなに怖がってたのにな。血を失くすってことに怖さは感じない」


「そうか……」


「ま、また暴走しそうになったら言えよ。血なんかいくらでも貸すぜ」


「……もうしたくはないよ」


 ユウガは顔を背けるリーゼに、気になっていたことを訊いた。


「──なあ、リーゼ。さっき暴走する前、どんな感じだった?」


「暴走する前、か。そうだな……体調が悪くなって、体が熱くなって……みたいな感じだった。それで、ユウガの血を飲む度に回復して意識を取り戻した……それが感じたことだね」


 ユウガは考える。先程助けた吸血鬼とは、少々苦しむまでの過程が異なる。さっきの吸血鬼は「突然記憶を失った」と言っていた。もしや、避難地域の吸血鬼にはなにか作為的なことが行われている?そう考えるのが妥当なのかもしれない。


「なるほどな。なんか、断片的に分かってきた感じがする」


「本当かい?ワタシが知らないことならぜひ教えて欲しいものだけどね」


「いや、リーゼは科学的根拠を求めるタイプだろ? 確証が持てるまでは言えねぇ」


「面白くないねー。ま、キミに恩を感じていないわけじゃない。聞かないでおくよ──」


 その言葉にイムクが怒った。


「恩を『感じていないわけじゃない』!? オーナーに特別な力がなければ死んでいたんですよ……!?」


「そ、それは間違いないな。すまない」


 今日初めて会ったばかりのイムクがこんなに怒るなんて。いくらオーナーとはいえ、過剰な気もしなくない、とユウガはバレットの従順さに違和感すら覚えた。


ユウガとしては、イムクの存在は不思議な立ち位置になっていた。さっきは間違いなく守ってくれたし、恩人の一人ではあるのだが、そこまでの思い入れはまだ構築されていないのだ。


 ユウガは2Lペットボトルの水を手に取り、ごくごくと一気飲みした。身体のなかに水分が浸透し、ギュンギュンと血が増えていく感覚が全身を駆ける。


◇ ◇ ◇


 日はだいぶ前に沈んだ。三人は買ってきておいた夕飯を食べ、シャワーを浴びて寝る準備を済ませた。イムクは、リーゼが用意した充電用ポッドで眠りについた。


 ユウガはシャワーに入っているうちに全身をくまなく確認した。明らかに血があった跡はかなりの数入っている。ユウガはそれをお湯で流す。しかし、痛みがしみることはなかった。本当に、泥が流れていくように、赤色の液体が流れていくのだ。ユウガの身体にキズはなかった。


 手や足、首をグリグリと動かしてみる。痛みはない。いや、筋肉痛のような痛みが微かに残ってはいる。しかし、それ以外の痛み、いわゆる切り傷や噛み傷といったものはどこにもなかった。見にくい背中も鏡で確認したものの、やはりどこにも傷はなかった。


 そして、彼は確信する。自分は水分さえ摂取していれば、どれだけ血を失おうが簡単に回復できる。恐らく、自分は吸血鬼を救うために生きているのかもしれない。そういう運命を背負わされているのかもしれない。そんな気持ちが、心の奥底から溢れた。


 しっかりと身体の水分を拭き取り、真っ白なタオルをたたんだ。髪を乾かし、歯を磨く。そして、ユウガは雑にひかれた布団に入り、目をつぶる。意識はすぐに夢へと落ちていった。

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