第40話 浴衣少女同士で

 四人の間の沈黙の時間を破ったのは、星見さんだ。


「あの、こんばんは。えっと……」


「どうもお~。神楽耶香奈枝でえ~す」


 桐瀬と同じくらいには普段地味キャラの神楽耶の名前は、知らなかったみたいだ。

 それにしても神楽耶、相変わらずお行儀悪しだな。

 喋りながら風船ガムを膨らませるのは、その浴衣姿とは合っていない気がするが。


「あ、どうも、神楽耶さん。同じ学校ですよね? 私、星見空音です」


「知ってるよお、可愛いって評判だものね。もしかして今日は、秋葉と二人なのかなあ~?」


「え、あの……はい……」


「ふうう~ん……」


 何だよ、その視線ちょっと怖いぞ、神楽耶。

 それに桐瀬は無言のままで、路面に視線を落としている。

 でも星見さんは、彼女にも気がつかないみたいだ。

 なぜなら今のこいつは、学校とは別のもう一つの姿。

 きゅっと髪の毛を結っていて、耳の下では赤いピアスが揺らめいている。

 そして見事なまでに整った顔立ちと、それを支える濃いめの化粧。


 放課後倶楽部以外では初めて見たよ、桐瀬のその姿を。


「お、お前たちは、二人で来たのか?」


「そうだよお。黒井沢にも声をかけたんだけどさ、次の生徒会長選挙の準備で忙しいんだってさ。ま、とりま、あんたら二人の時間は、邪魔しないでおくよ。いい、桃乃?」


「う、うん……それで、いいよ……」


「じゃね秋葉、それに星見さん!」


「うん、じゃあ、また……」


 手を振り合う、星見さんと神楽耶。

 それから俺たちの距離はだんだんと遠くなっていって、やがて神楽耶と桐瀬の背中は、人込みの中へと消えていった。


「やっぱり、同じ学校の子も来てるんだね。でも、神楽耶さんの隣にいた人は誰だろ? 凄く綺麗な人だったな」


 だよな……こっちの姿の桐瀬は、星見さんや上京さんにだって負けないんじゃないか?

 いつもそう思うから。


 でもここでは、本当のことを言うのはやめておこう。




 ◇◇◇

(しばらくの間、第三者視点が続きます)


 秋葉と星見と別れてから、神楽耶と桐瀬は人込みの中をぶらぶらと、あてもなく進んでいた。


「ねえねえ彼女たち、二人だけ? 良かったら一緒に花火観ない?」


「うっさいわね、おととい来なさい! こっちは忙しいのよ!!!」


「うわっ! 何だよ、こわ……っ!?」


 ここに来てから、知らない男たちからの誘惑がひっきりなしだ。

 それだけ桐瀬の女ぶりが絶大なのだと、神楽耶は思う。


(私って、桃乃の虫よけだねえ~)


 神楽耶だって普通にしていればそれなりなのだけれど、彼女自身はそんな自覚はなくて、風船ガムを膨らませながら、寄って来る虫たちを払い続けている。


「それにしても、秋葉もなかなかやるねえ。あの星見さんと二人で夏祭りなんてさ。しかも彼女、浴衣まで着ているなんて。何かいい空気だったねえ」


「……うん、そうね……」


 桐瀬はお腹の前で両手で巾着袋を下げて、俯いている。


「ねえ桃乃……頑張んないと、負けちゃうよ?」


「……へえ!?」


 素っ頓狂な声を発した桐瀬を、神楽耶は無邪気な子供のように、あははと笑う。


「あの、それって、どういう意味?」


「そのまんまの意味だよお。星見さんだっけ、あの子は強敵だよ。凄く人気があるのに、秋葉と二人でここへ来たんだね。花火ってムードがいいから、今日でぐっと仲が深まっちゃうかもなあ」


「そ、それはそうかも……でもそんなの、私は知らないわ!」


 桐瀬はいささか頬が赤い。

 それは夜になっても冷めない夏の熱気のせいなのか、それとも……


「ねえ桃乃、私たちは放課後倶楽部のメンバーだから、適当な距離感は必要だと思うよ。調査に変な私情が入ったりしないようにね。だからお互いに、余計なことは訊かないし、答えない」


「う、うん。そうだよ」


「でもさあ、うちらってその前にさ、普通の高校生じゃん? 倶楽部活動のためにそこを引っ込めることって、しなくてもいいと思うんだよねえ~。わっ、うわっ!!!」


 膨らませた風船ガムが急に弾けて、神楽耶の口や頬にべったりと貼りついた。

 慌てて素手でそれを剥がして、また口に押し込む。


「あ~、びっくりした」


「ねえ香奈枝、さっきから、言ってる意味が分からないんだけど?」


「そう? じゃあもっとはっきり言ってあげようか? あんたは秋葉のことが気になってる。もしかして、好きなのかなあ~?」


「……な……ななっ……!!※※??」


 神楽耶にズバリと切り込まれて、桐瀬の頬は更に真っ赤になって、気が動転しかかっている。


「何なのよそれ!!?? 意味が分かんないわ!! あいつとは、一緒に倶楽部の指令をこなす。それだけの間柄よ!!」


「ふ~ん。ちなみに今日は、秋葉のことを誘ったりはしなかったの?」


「…………」


「あはは~ん、図星かあ♪」


 勝ち誇った女王様のように悪戯な笑みを浮かべる神楽耶の横で、桐瀬はしゅんと肩を落とす。


「ねえ、それって……いつから、そんな風に思ったのよ?」


「ずっと前からだよお。秋葉と桃乃って息がぴったりだしさ。何だかんだで二人でいることが多いじゃん? それに私の占いでも、そう出てたよお」


 桐瀬にとって返す言葉がないとは、このことだ。

 自分では意識しないで自然に振舞っていたつもりだった。

 けど、この自称霊能力者には、自分でも気が付いていなかった心の奥を覗かれた。

 数学の超天才で、恐らくIQは200を下らないのではと思われる天才少女が、完全に掌の上でコロコロとさせられている。


 やがて桐瀬は観念したかのように、静かな言葉を紡ぎ出した。


「……どうかな……よく分からないんだ、自分でも。それに秋葉の方は、全然そんな気はないみたいだし」


「そうなのかな~。そんな話はしたことがないの、秋葉と?」


「ないよ、そんなの。お互いに深い話はしないっていうのが、放課後倶楽部の不文律だし」


「不文律ねえ……そんな目に見えないもの、ぶっちしちゃえばいいじゃん。もっと色んな話をしてさ。お互いを分かり合うとこからね」


 まるで恋愛マスターのようにとうとうと語る神楽耶。

 そんな彼女の恋愛事情は、桐瀬は知る由もないのだけれど。


「やっぱり、今日の秋葉の相手って、あの子だったんだなあ。そんな気はしてたんだ」


「……だね。ずっと一緒に試験勉強してたみたいだもんね、あの二人」


「そうだね。全く、そんなの……隠れてやってくれればいいのに」


「そ~ね。まあそんなとこが、秋葉らしいっちゃらしいけど。気を使ってるのか気が利かないのか、分かんない奴だからなあ」


「あ、でもね。一つだけ、内緒で話してくれたことがあるんだ」


「……へえ~、そう?」


「うん。あいつって夏でも一人だけ、長袖を着てるでしょ。どう見ても暑苦しそうだったから、何でだって訊いたことがあるんだ」


「そう言えば、そうね。今日だって長袖のシャツ来てたなあ」


「うん。パートナーとして指令をこなすんだったら、お互いに知っておいた方がいいことだってあるよなって」


「それはそうだね。それで、何か訳ありだったの?」


(話していいのかな……)


 迷い顔の桐瀬を、神楽耶は真面目な顔で、じっと見詰めていた。




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