第38話:大司教の企み


 「レイ様、ハル様、それにイリス様。お戻りになったのですね」


 大聖堂の廊下を出たところで、どこか尊大な雰囲気の老人が待ち構えていた。


 白い法衣に身を包み、金色の杖を携えている。

 ――大司教、と周囲の騎士が彼を呼んでいた。


 「あなた方の噂は聞いておりますよ。

 封印の間を開け、神の秘密を探ろうとする大それた者たちだとか」


 大司教は嫌味な笑みを浮かべて、俺たちを値踏みするように見回す。

 周囲には神殿騎士がずらりと並んで、明らかに警戒している様子だ。


 (まずい……敵意をむき出しにしてきてる?)


 ハルも軽く身構える。

 イリスは肩をいからせ、睨み返すような視線を送っている。


 「何が大それたことじゃ。許可は司祭から頂いているはずだが?」


 ハルが静かに問いかけると

 大司教は杖をトントンと床につきながら不敵に笑った。


 「司祭程度の判断など当てになりません。あなた方の存在は、むしろ神聖なる秩序を乱す可能性があると我々は考えておるのですよ」


 すると、背後の騎士が俺の腕を乱暴につかんでくる。


 「ちょっ、何するんだよ!」

 「黙れ! おまえの魔力は危険だ! 大司教様の前で軽々しく口を利くな!」


 俺は思わずギリッと歯を食いしばる。

 騎士の一人が腕を強くひねって押さえつけ、あからさまに力を誇示してきた。


 「そんな……レイを離しなさい!」

 イリスが闇の魔力をまとい、今にも攻撃態勢になりそうだ。


 大司教はゆっくりと首を振る。


 「無駄な抵抗はやめなさい。異端を排除するのが、我々の使命。

 特に、闇の力を帯びた者など……神の名においてここで捕縛する」


 「ふざけるな……!」


 俺は必死に腕を振りほどこうとするが、騎士の力が予想外に強い。

 周囲にも複数の神殿兵がいる。イリスが動くにしても、数の差が圧倒的だ。


 ハルは大司教と対峙する形で目を細める。


 「わしの名を知りながら、まだそんな振る舞いをするか。

 おまえたちの“神聖なる秩序”とやらは、一体誰を守るためにあるんじゃ?」


 「言わせてもらえば、勇者であろうと旧い記録にすぎません。

 いまや教会は新体制を築いている。あなたのような“過去の人間”は利用価値があるなら使いますが、不要なら排除するまでです」


 (こいつ、完全に敵だ!)


 悔しいが、俺とイリスがここで大暴れすれば聖都全体を相手に回すことになる。

 大司教はそれを狙っているのかもしれない。


 「――しかし、大司教様。あまり無理をなさらぬよう」


 不意に別の騎士が怯えた声をかける。

 大司教はチラリとその騎士を見下ろし、鼻で笑う。


 「問題ない。むしろ、この少年の“光と闇が混ざった力”は教会にとって利用価値が高い。神殿で引き出し、地上を統べる力とするのだ。

 ああ、何と素晴らしい計画だろうか!」


 その言葉に、俺は一気にゾッとした。

 大司教は俺を“道具”として使うつもりらしい。

 もし捕まれば、ろくでもない実験や儀式に巻き込まれるだろう。


 「ふん、言わせておけば……!」


 イリスが魔力を高め、闇の波動を放つ。

 神殿騎士たちが立ち塞がるが、さすがにイリスの一撃をまともに受けて吹き飛ばされる者も出てきた。


 しかし、後続の騎士がすぐにイリスを包囲し、また別の兵がハルに剣を突きつける。

 俺も腕を押さえられたまま。


 「やれやれ、最後まで愚かな者たちだ。では、最終手段を使わせていただきますよ」


 大司教が杖を振りかざす。その先端から光の奔流が放たれる。

 俺は思わず目を閉じそうになるが、必死で踏ん張る。


 (このままじゃやられる。何とかしないと……!)


 突然、ハルが低くうめいた。


 「レイ、わしが少しだけ道を開ける。イリスと一緒に突破するんじゃ!」

 「え、でも――」

 「わしが大司教を食い止める!」


 そう言うが早いか、ハルは逆手に剣を握り直し、一閃。

 大司教の放った光を無理やり切り裂き、隙を作る。


 騎士たちがその圧倒的な剣筋に驚き、思わず後退する。


 「今だ、レイ!」


 イリスが俺の腕をつかみ、闇のバリアで護りながら突進する。

 騎士たちは慌てて剣を交差させるが、その闇の防御は簡単に破れない。


 すかさず俺が右腕を振り払い、騎士の足元を掬うように光の衝撃波を放つ。

 ずしんという音と共に床が揺れ、何人かが大きくバランスを崩して倒れ込む。


 「馬鹿な……あの少年、どこまで力を使いこなしているんだ……!」


 騎士たちの動揺を尻目に、俺たちはハルと視線を交わす。


 ハルはうなずいて、「先へ行け!」という意志を示している。


 「けど、じいちゃんを残しては――」

 「大丈夫。これでもわしは勇者だ。おまえらは先に逃げてモモと合流し体勢を整えろ!」


 その言葉に迷いはなかった。


 「わかった……絶対戻るから!」


 俺はイリスの手を引きながら、脇道へ飛び込む。

 聖堂の廊下は入り組んでいるが、なんとか上手く逃げ切れそうだ。


 背後からは大司教の怒声と金属音が響いてくる。


 廊下を駆け抜けながら、胸の奥に悔しさと怒りが込み上げる。


 (くそ、大司教め……! 教会の体裁を利用して、どれだけ人を苦しめているんだ?)


 そして、頭の中では別の考えも渦を巻く。


 (俺の特殊だからって、利用しようとするなんて……絶対に許せない。

 だけど今は、ここを逃げてハルを助ける準備をしないと!)


 やがてイリスとともに外へ飛び出すと、夜の帳が街を包んでいた。

 とりあえず人目を避け、狭い路地に身を隠す。


 「くっ……じいちゃん、どうしてるかな。

 あんな相手を止めるなんて、いくらじいちゃんでも危険すぎる」


 「ええ。でも今のままじゃ、あの大司教には勝てないかも。

 こっちも何か手を打たなきゃ」


 大司教の企みは想像以上に巨大かもしれない。

 教会の権力を使い、俺の力を兵器のように扱うつもりなのだろうか。


 (絶対、あいつを止めなきゃいけない。

 じいちゃんを助けるためにも、今の俺にできることを探そう……)


 そう決意しつつ、俺は夜の闇に包まれた聖都を見上げた。


 (このまま大司教のやりたい放題にはさせない。

 必ずじいちゃんを救い出して、あいつの計画を叩き潰す――!)


 ――そう誓った次の瞬間、遠くから甲高い警鐘の音が鳴り響く。


 まるで大司教が「全軍出撃」を命じたかのように。


 不安と焦りを抱きながらも、俺はイリスと走り出す。

 誰か、いや何かの助けを探しながら。


 暗雲が立ち込める聖都の夜。

 ここから先、ますます波乱の展開が待っているだろう。


 だが、俺は逃げない。絶対に大司教に屈しない。


 ――父と母の血が、俺を突き動かしている気がする。

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