第36話:封印の間への潜入


 その夜。


 聖堂の一角にある客室で一息ついていた俺たちだったが、次なる指示は早速届いた。


 司祭いわく、「夜明け前に封印の間へ向かってほしい」とのこと。


 「やけに急ぎだな。昼間じゃダメなのか……?」


 俺がぼやくと、ハルが渋い顔でうなずく。


 「どうやら“封印の力”が夜明け近くに弱まるらしいからの。

 だからこそ、危険があるが今のうちに潜り込めということじゃな」


 イリスはベッドに腰掛け、腕を組む。


 「まったく。教会のやり方はいつも怪しいと思ってたけど、これは危険な賭けね」


 「それでも行くしかない。勇者の血脈の秘密を解くヒントがあるなら、俺は乗り越えたいんだ」


 決意を固め、夜明け直前、俺たちは大聖堂の地下への階段を降りた。

 司祭に案内されるまま進んでいくと、やがて通路は薄暗い石造りの回廊に変わる。


 ひんやりした空気が肌を刺し、嫌な予感がじわじわと広がる。


 「ここが……封印の間?」


 扉を開けた先は広い空洞。


 中央に魔法陣のような文様が刻まれ、壁には神殿騎士らしき像が並んでいる。


 かつて強い“何か”を封印するための場所なのだろうか。


 「儀式ではありません。あくまで“潜入”です。あなた方の力で、この間の最奥にある封印の扉を開き、先に進んでください」


 司祭は低い声で言い残すと、さっと引き返していく。

 まるで自分は関わりたくない、というそぶりだ。

 何が隠されているのか、余計に不安が募る。


 「行くか……」


 俺が気合を入れた瞬間、床の魔法陣が不気味な音を立てて輝き始めた。


 「おいおい、いきなり来るのかよ……!」


 現れたのは鎧武者の亡霊のような敵。

 何体も湧き出して、こちらを囲む。


 「ほら、レイ! 私が後方から援護するから、前を頼むわね!」


 イリスがいつもの闇魔力で火力を準備する。

 ハルは剣を携え、右手に神聖な力を集めているようだ。


 「了解……一気に行くぞ!」


 俺も右腕に集中し、光の紋様を呼び起こす。

 鎧武者たちが無機質に剣を振り回すが、その動きはどこか単調だ。


 「せいっ!」


 剣を一本かわし、カウンターで光の刃を叩き込む。

 鎧は割れるが、中身はただの空洞。亡霊だけに実体が薄いのか、こちらの一撃で容易に崩れる。


 「まだ来るわよ!」


 イリスが魔弾を連続発射。

 立ち塞がる亡霊を一掃してくれるが、いかんせん数が多い。


 「二人ともなかなかやるのう」


 ハルが毅然と剣を構え、振り抜いた。

 青白い閃光が走り、鎧武者三体ほどが一瞬にして消し飛ぶ。


 やっぱり“勇者”は格が違う……。


 こうして順調に敵を倒しながら、封印の間の奥へ進む俺たち。

 道中にはトラップめいた仕掛けもあるが、ハルの経験やイリスの闇魔術で突破していく。


 俺も光の紋様をフル活用して、襲いかかる敵を次々と撃破する。


 しかし、最奥の扉に近づいたとき、やたら重々しい空気が流れ始めた。

 扉には無数の鎖が絡まり、中央に奇妙な紋章が輝いている。


 「こいつをどうにかしないと開かないわけね……」


 イリスが指先で鎖をそっと触れた瞬間、バチンと火花が散る。

 単純に切断できるような代物じゃないらしい。


 「嫌な予感がするな。じいちゃん、どうすればいいの?」


 「わしもさっぱりじゃ……ただ、触れてはいけないオーラを感じる。

 これを外すには相応の力が必要かもしれん」


 そのとき、扉に施された紋章がかすかに脈打った。

 まるで生きているかのようだ。俺は胸の奥が急に苦しくなる感覚に襲われる。


 「くっ……これはただの封印じゃない。何か……意思を持ってるみたいだ」


 だが、ここで立ち止まっていても仕方ない。

 ハルやイリスと相談しつつ、少しでも解呪に近づく方法を探らなきゃいけない。


 「絶対、先へ進まないといけない。何か手がかりがあるはずだ」

 そう言い聞かせながら、俺は忌まわしいほど重苦しい扉を見つめた。


 ――この先にあるものは、勇者と魔王の血、そして俺の両親に関わる重大な秘密かもしれない。

 まだ確信は持てないが、きっと答えはすぐそこにある。


 「よし……ここからは慎重にいくぞ」

 俺がそう宣言すると、ハルとイリスもうなずき、さらに表情を引き締める。


 封印の間、最奥の扉はまだ固く閉ざされたまま。

 けれど、俺たちは必ず開けてみせる――。


 まだ夜は明けきっていない。時間は限られている。

 次の瞬間、重厚な鎖がカラカラと鳴った気がした。


 まるで俺たちをあざ笑うかのように。


 (絶対に突破してみせる。

 ここで得た真実は、これからの運命を左右するはずだ――。)


 俺は胸の奥の焦燥を押し込め、二人とともに扉を見上げた。

 ここから先、何が起こるのか……決して楽な道のりではないだろう。


 ――それでも、進むしかないのだ。

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