第35話:聖都の試練


 「入れろって言ってるだろ! 何で門前払いなんだよ!」


 俺、黒辻レイは聖都の大聖堂前で、やや荒い声を上げていた。


 気のいい騎士団員を通じて事前に許可を取ったはずなのに、なぜかここで立ち止まらされている。


 理由は明白。


暗黒王国出身のイリスを始め、見慣れない俺たちの姿が怪しまれているからだ。


 「……参拝客以外は立ち入り厳禁です。

 怪しい魔力を感じますし、申し訳ありませんが……」


 門番の神殿騎士が申し訳なさそうに言う。


 「まあ、わしが勇者として昔、ここを手伝ったことがあるんじゃが……」


 ハルが静かに口を挟むと、周囲が一瞬でざわついた。


 「ゆ、勇者……? そんな……まさか」

 「本当だ。記録にある“岸辺ハル”じゃないか?」


 どうやら名前を聞いた騎士団員が、過去の功績を知っていたらしい。

 俺は安堵しかけたものの、すぐに別の騎士が口を尖らせる。


 「ハル様だとしても、入るには“聖都の試練”を受けていただく必要があります。 

 とくにそちらの少年と暗黒の少女は、聖堂での儀式にふさわしいか確認が必要ですので」


 イリスが目を細める。


「やれやれ、また面倒な試練とやらか。レイ、どうする? 今さら引き返すか?」

 「いや、やってやるさ。ここを突破しなきゃ次には進めないだろ」


 そう言った瞬間、奥から司祭風の老人が現れる。

 彼は穏やかな声で「こちらへどうぞ」と促した。


 「騎士団立ち会いのもとで、封印の間に入る前の“試練の儀式”を行います。

 通過すれば、あなたがたは聖都で認められるでしょう」


 さっそく大聖堂の内部に通され、中央の広間へ。

 高い天井と厳粛な祭壇がある神聖な場所だ。


 見物人も多く、どうやら試練はちょっとしたイベントになるらしい。


 「これ以上時間をかけたくはないが、仕方ないのう。

 レイ、イリス、わしも一緒に見守るが、実際に試練を受けるのは二人じゃ。

 覚悟はいいか?」


 ハルが神妙な面持ちで尋ねる。

 俺は一瞬だけひるむが、うなずく。


 司祭が示す試練は、聖堂の“聖なる結界”の中に入り、自らの力を示すこと。

 その過程で不純な魔力や邪念があれば弾き飛ばされるらしい。


 「ふーん、要するに浄化の光を浴びるテストってわけか」イリスが小声でぼやく。


 司祭が何やら詠唱を始め、神殿騎士たちが結界を展開する。

 淡い光の円環が床に広がり、俺とイリスはそっと踏み込む。


 「大丈夫かな……?」


 とつぶやくと同時に、光の柱が天井に伸び、強烈な圧力が俺たちを襲う。

 まるで神の視線を浴びているような、体の奥を覗かれている感覚だ。


 「んぐ……! 重いぞ、これ……」

 肩にずしりと光がのしかかる。

 闇の力を帯びているイリスはさらに辛そうだ。


 外野の騎士たちが小声でささやくのが聞こえる。


「暗黒の少女は無理だろう」「あの少年も怪しい魔力があるからな……」

 とか。何とも胸糞悪い。


 「……我慢できないなら、あきらめて外へ出るがいい。さもなくば――」

 司祭が静かに告げた瞬間、結界の光がさらに激しく輝き、イリスの足元にピリッとした雷のようなエネルギーが走る。


 「ぐっ、私を侮るな!」

 イリスは暗黒魔力を制御しながら、必死で結界に踏みとどまっている。


 俺も急いで右腕の光の紋様に意識を集める。

 そうすれば多少は結界の圧力を和らげられるかもしれない。


 「頼む……俺の中の力、変に暴走するなよ……!」


 踏ん張るうちに光の円環がどんどん眩しくなり、内部に漂う闇の要素を浄化していく。

イリスは額に汗を浮かべながらも、何とか跳ね返されずに立ち続ける。


 俺も必死だ。


 ――その時。


 結界の中心部で、俺の紋様がかすかに輝いた。


 まるで“光”と“闇”が均衡を取ろうとするように、イリスと俺の魔力がピタリと安定し始める。


 「え……?」


 司祭はじめ周囲の騎士たちが驚いた声を上げる。

 通常なら、闇を抱えた者は強制的に弾かれるはずらしい。


 ところがイリスは無事で、しかも俺の力が協調している。


 「……。まさか、この試練を乗り越えるとはな」

 門番役の騎士が目を見開く。


 司祭も感嘆の息をつく。


 結界がゆっくり消えていくころ、俺とイリスはその中心で無事に立っていた。

 肩で息をしているものの、体はなんとか保てている。


 「わ、わしの目に狂いはなかったわい。やっぱりおまえら、大した奴らじゃ」

 ハルが嬉しそうに微笑むと、周囲から拍手ともため息ともつかない反応が起こる。


 司祭が壇上から一歩降りてきて、俺たちに静かに頭を下げた。


 「ここまで耐え抜いたのなら、あなたがたには神殿の奥へ進む資格があるでしょう。次は“封印の間”へ――けれど、その道はさらに厳しいかもしれません」


 そう言って司祭は不安げに視線を落とす。

 いったい、あの先に何があるのか。だが、俺たちはもう覚悟を決めている。


 「ありがとうございます、司祭様。先へ進ませてもらいます」


 こうして俺たちは聖都での試練に合格し、次なる舞台へ駒を進めることになった。


 何が待ち受けていようとも、俺は――逃げない。


 謎の男の企みや“魔王の血脈”に迫るためにも、前に進むしかないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る