第32話:再会、勇者ハル


 「そこっ! 民衆を護衛しろ! 落ち着いて避難するんだ!」


 遠くからそんな声が聞こえてきたのは、旅を始めて二日目の朝だった。


 俺とイリスは村と呼ぶには大きめの集落の近くを通りかかったところ、逃げ惑う人々と、それを襲う魔物の群れに遭遇する。


 「まずいな、何か盛大にトラブルが起きてるみたいだぞ」

 「また面倒事?」


 立ちはだかる魔物は赤黒い毛に覆われた巨大な狼のような姿。

 口から紫色のブレスを吐き出していて、村人たちは大混乱だ。


 門付近には何人かの戦士らしき人が応戦しているが、数で押されている。


 「助けるぞ! ――俺たちなら、まだ間に合う!」


 俺は声を張り上げると、闇の世界で手に入れた光の紋様を右腕に宿す。


 「相変わらず、お人好しね……」


 イリスは漆黒の魔弾を連射し、先頭の魔物を吹き飛ばしてゆく。

 俺は光の刃をイメージし、斬り込みのタイミングを狙った。


 ――すると。


 「すまんが、ここからはわしも援護させてもらうぞ!」


 凜とした男の声がした。


見ると、銀髪に近い白髪の年配男性が剣を構えて魔物の群れに突撃する。

背筋の伸びた立ち姿はどこか威厳を帯び、手にした剣が鮮やかに輝いていた。


 「……まさか、じいちゃん……?」


 俺は思わず息を呑む。


 数週間――いや、もっと長い間行方不明になっていた“祖父的存在”の岸辺ハル。


 地球で失踪したと聞いていたが、こんな場所で再会するなんて――


 ハルは俺を振り返り、少し驚いた表情を浮かべる。

 「レイか……無事じゃったか。おまえが来ているとは思わなんだ」


 懐かしさや安堵に浸る暇もなく、魔物はまだ村人を脅かしている。


 俺、イリス、そしてハルは息を合わせ、襲いくる群れを一掃していった。


 ハルの剣さばきは“勇者”と呼ばれた男にふさわしい華麗なものだ。


 瞬時に相手の急所を見極めて斬り伏せる技量は、周囲から見ても突出している。


 イリスの闇魔力で後衛を抑え、俺が光の刃で数体を蹴散らす。

 三人がかりの連携で、魔物たちは次々と屈服していった。


 数分後、魔物は完全に沈黙し、村人たちは安堵の表情を浮かべる。

 

 「助かりました! 本当にありがとうございます!」

 「勇者様なのですか……こんな強い方、初めてお見かけしました!」


 俺は少し気恥ずかしいものの、見慣れた笑みを浮かべるハルに思わず声を掛けた。

 「じいちゃん……本当に無事でよかった! でも、どうしてこんな世界に?」


 ハルは村人から離れたところで、低い声で事情を話しはじめる。


 「実はな、わしは“謎の男”を追ってここへ来たんじゃ。

 やつがどうやら“勇者の血脈”を狙っているらしい。それに、他にも得体の知れん企みがあるとわしの耳に入ってのう……」


 思わず息をのむ。


 「謎の男……それで行方不明だったのか? 

 家ではみんな、ハルがどうにかなったんじゃないかって……」


 「すまんのう。わしは地球を離れるつもりはなかったが、やつを追ううちにこの  世界へ飛ばされてな。

しかも、わしの正体――“勇者”であることを知られるとまた厄介な騒ぎになりそうで、表立った動きも取りづらかったんじゃ」


 ハルはそう言って、剣を鞘に収める。

 その横顔にはかすかな苦悩の色がにじんでいる。


 「……え、ハルは勇者……ってこと? 

 地球でも、そんな話は聞いたことがなかったけど……」


 「わしの過去を話してなかったからな。おまえの両親も、正体を隠しておるだろう? わしも似たようなもんじゃ。言うと面倒になることが多いからな」


 両親の“正体”? 何のことだ? 

 父さんと母さんにも秘密がある……?


 俺は困惑しつつ、ハルの言葉を反芻する。


 「じいちゃんが行方不明だったのは、その謎の男を追うため……

 しかも、じいちゃんは勇者、父さんと母さんにも何か秘密が……?」


 「わしもすべてを掴んでおるわけではない。

だが、やつが求めている“特別な血”に、おまえも関係しているかもしれん。

おまえがここに飛ばされたのも、単なる偶然ではないのかもしれんな」


 ハルの言葉が胸に響いて落ち着かない。

 俺は思わずイリスの顔を見るが、彼女も複雑そうな表情をしている。


 「……まぁ、今は謎の男の動向を探るのが先決じゃ。

 レイも、地球へ帰る方法を探してるんじゃろ? 

なら、この世界の大聖堂にある資料を調べてみんか?」


 ハルはそう提案し、俺は深くうなずく。


 イリスも「しかたないわね」と言葉少なに承諾した。


 そこへ、先ほど助けた村人たちが駆け寄る。


 「あなた方のおかげで助かりました。

小さい村ではありますが、ぜひ今夜は泊まっていってください」


 申し訳ないほどの感謝を受けつつ、俺たちは村外れの小さな宿に案内されることになった。


 村人の目に“勇者ハル”はまさしく救世主のように映っているらしく

 俺たちまで英雄扱いされて少し照れくさい。


 夜になると、かがり火が灯る宿の一室で簡単な夕食を囲みながら、ハルと再会を喜び合う。


 ハルは口数が少ないながらも、俺の様子を気にかけてくれる。

 実際、謎だらけだけどこうして再び会えたのは素直に嬉しい。


 (ハルは“勇者”で、俺の両親にも正体不明の秘密がある……。

そして“謎の男”が、どういう意図でこの世界や勇者の血を狙っているかはまだわからない。でも、ハルやイリスがそばにいてくれるなら、きっと前に進めるはずだ)


 そう考えると、不安よりも「何とかしよう」という気持ちが強くなる。


 俺はぎゅっと拳を握りしめ、決意を新たにした。


 翌朝にはまた出発だ。

 この世界で、そして謎の男を追う旅で、どんな運命が待ち受けているのか。


 だけど一人じゃない。それだけが、唯一の救いでもあった。

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