第33話:語られる“勇者の血脈”


 「よし、ここが聖都か……」


 俺、黒辻レイは、祖父的存在であるハル、そして暗黒王国の少女イリスと一緒に町の城門をくぐった。


 白くきらびやかな街並みは、まるで華やかな祭典でも開かれているかのよう。


 しかし、衛兵の目つきはどこか厳しく、神殿騎士たちが警戒態勢を敷いている。


 最近、何か大きな騒ぎがあったようだ。


 「ここには勇者にまつわる古文書がある。わしはそれを調べたいんじゃ」


 ハルが低い声でそう言う。


俺はまだ両親の正体を知らないままだけど、少なくとも“ハルが昔、勇者として活躍していた”という事実を改めて聞かされ、少し緊張していた。


 「しかし、どうやって探すの? 門番にだって、散々怪しまれそうじゃない?」


 イリスが辺りをにらむように見回す。


 「そこは……わしに任せてくれ。

 昔、わしが勇者としてここの街を手助けしたことがあってのう」


 そう言ってハルは、神殿の奥にある“聖堂書庫”へ案内される手はずを整えた。


 勇者としての実績は伊達じゃないらしく

騎士団の上官も「これはハル殿! どうぞ」と快く許可をくれる。


 「ハル、ほんとにすごいな……俺には到底真似できないよ」

 「ふん、どうせコネでしょ」


イリスは小声でぼやくが、どこか安心した様子で書庫に入っていく。


 書庫は石造りの厳かな空間で、天井まで積み上げられた書物の量に思わず息を呑む。


 「すご……こんな数、読むだけでも数日はかかりそう」

 「わしがめぼしい資料を探す。レイとイリスは周囲に危険がないか見張っておいてくれ。最近、この聖都内に妙な気配があると聞くからのう」


 俺たちは神経を張りつめながら、書庫の一角で本をめくるハルを警護する。


 しんと静まり返った空間に紙のめくれる音だけが響く。


 けれど、やたらと胸騒ぎがするのは俺だけじゃない。

 イリスも落ち着かなそうに辺りをうかがっていた。


 ――すると。


 「きゃあああ!」


 書庫の奥で悲鳴が上がる。慌てて駆けつけると、騎士らしき人物が床に倒れ、黒いもやのような獣形の幻影がこちらをにらんでいた。


 「魔物……? いや、これは……呪いの瘴気?」

 イリスが低くつぶやいた瞬間、その黒い影は激しくうねりながら襲いかかってくる。


 「まずい、書庫が崩れたら厄介だぞ!」

 俺は右腕の“光の紋様”を呼び起こし、闇の気を切り裂く準備をする。


 ハルも文献を守ろうと動きを止められないようで、こちらに加勢できない。


 「じいちゃん、そっちは任せるよ! こっちは俺とイリスでなんとかする!」

 「すまんのう、レイ!」


 闇の影は、一匹の狼のような形をとって突進してきた。


 俺はステップで攻撃をかいくぐり、光の刃を横薙ぎに振る。

 しかし、斬ったはずの黒い塊が細かく分裂し、二匹の獣に変化して再び襲いかかる。


 「くっ、しぶといな。イリス、何か手はない?」

 「やってみる!」


 イリスは暗黒魔力を集中させ、闇弾を連射。


普通なら“闇”系同士は相性が悪そうだが、イリス自身が強力な魔力を持つせいか、闇の影は苦しんで動きが鈍っていく。


 そこへ俺が光の一撃を重ねる。


 「うおおおっ!」

 衝撃とともに闇の影は黒い霧を散らしながら消滅した。


 「あぶないところじゃった……レイ、イリス、無事か?」

 ハルが息を切らしつつ駆け寄る。


 辺りを見回すと、床には気を失った騎士が倒れている。


 「意識はあるみたいだけど……相当魔力を吸われかけたんだな」


 手短に騎士を別室に運び、書庫へ戻る。

 ハルは古い文献を抱えたまま、少し険しい顔をしていた。


 「じいちゃん、見つかった資料には何が書いてあるの?」

 「まず、わしら勇者の血脈には“魔王と聖女”が深く関わっているという話じゃ。

 それぞれの力が交われば、大いなる光が生まれる――とされておる」


 ハルが淡々と口にする“魔王”の単語に、イリスがピクリと反応する。


 「魔王、ね。……暗黒王国で聞いた伝説とはまた違うわ。

 あんたが勇者なら、当然“魔王の血”を否定するんでしょう?」


 「わしは誰かの血だけで善悪を決めるつもりはない。

 魔王の血を持つ者でも、どう生きるかはそやつ次第じゃからな。

 イリス、おまえも暗黒王国の出身じゃろうが、わしは仲間じゃと思っておる」


 「……フン、あんたに言われると不思議と嫌な気はしないわね」


 イリスは気まずそうに目を逸らすが、どこかホッとしたように見えた。


 「もしかすると、おまえの出生にも秘密があるのかもしれん。

 わしが確認した限り、古代の文献には“魔王と聖女の子が、光の加護を得る”とある。おまえは父母の正体を知らんようじゃがな……」


 一冊の古びた書が開かれると、そこには“光と闇を併せ持つ勇者が、世界の秩序を変革する”といった予言が書かれていた。


 「俺はただの高校生のつもりなんだけど……

 父さんや母さんも普通の人じゃないの……?」


 不安が大きいけど、それ以上に気になってしかたない。


 「わしがわかっているのは、闇と光の力を同時に扱える者など稀少だということ。今、こうして闇の影を退けられたのも、その力が影響しているかもしれんのう」


 ハルが穏やかに言うと、俺はごくりと唾をのみ込んだ。


まるで運命に縛られているみたいで、少し怖い。

でも、もう逃げる気はない。


 父母の謎、謎の男、魔王の血、すべての真実を暴いてみせる。


 後ろでイリスが鼻を鳴らす。


 「いい気になってる場合じゃないわ。これ以上、闇の影が出てくる可能性だってある。とっとと次の動きを決めましょう」


 俺はハルと顔を見合わせ、残る資料を確認したあと、近くの騎士に書庫の警備強化を依頼して外へ出る。


 どうやら思った以上に“勇者の血脈”には魔王の謎が絡んでいそうだ。


 俺やイリス、そしてハルの旅はますます複雑になるかもしれない。


 (父さんと母さんの正体は一体なんなんだろう……? 

 でも俺は立ち止まらない。必ずこの謎を解いてみせる――。)


 そんな決意を噛みしめながら、俺たちは聖都を後にする準備を始めた。


 何が待ち受けているのか、まったくわからないけれど、ここからが本番だ――。


 俺はそう信じて、一歩を踏み出す。

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