第5話:謎の影
朝から町の人たちに囲まれて落ち着かない。
「勇者様! 俺んちの畑が荒らされて、見に来てほしいんだ」
「うちの子がよくわからない熱を出しちゃって……」
「ねえねえ、最近調子はどう? お食事くらいは奢るわよ?」
相変わらず“勇者様”呼ばわりされてるけど、実感はまるでない。
それでも、俺はこの世界で困っている人を見捨てられない。
だから「できる限り助けますよ」とは言ったものの……
「俺、そろそろ休みも欲しいんだけどな……」
そんな弱音を吐いた瞬間、隣にいた青年が申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、お兄さん。
けど、あなたがいるだけで町のみんなが安心するんですよ」
「わかるけどさ……。もう一人くらい手伝ってくれる仲間が欲しいよ」
そう思って、ふと治療所にいるあの少女のことを思い出す。
まだ安静が必要らしい。
いつか動けるようになったら、ひょっとして俺を手伝ってくれるだろうか?
いや、そんな勝手なこと考えちゃ失礼かも。
まずはゆっくり体を治してもらわないと。
◇◇◇
午前中はひたすら町の細かいトラブルに対応する。
畑の荒らし対策に、簡単なバリケードを作ってあげたり
熱を出した子供に薬草を運んだり。
この世界に来てからなんだか雑用係みたいになってるけど
まあ感謝されるのは悪い気がしない。
「勇者様って、こんな地味な仕事もするんだ……」
手伝ってくれる青年が感心したようにつぶやく。
「いや、勇者かどうかはともかく……普通に手伝うだけだよ。家でもやってたし」
実際、地球の実家でもヒメさんが俺に雑用をよくやらせていた。
思い出すとちょっと懐かしい。
帰りたい気持ちはあるけど、すぐには無理そうだし……。
◇◇◇
お昼過ぎ、少し休憩をしようと町の食堂に立ち寄った。
「勇者様! 今日は奮発しておいしい肉を仕入れましたよ!」
店主のおばちゃんがニコニコ笑いながら勧めてくる。
正直、さっきまでバタバタしてたから腹ぺこだ。
断る理由はない。
ところが、食べる直前になって青年がボソッと一言。
「実は、この店主さん、たまーに味付けを盛大に失敗するんですよね……」
「え? それもっと早く言ってよ!」
しかし、時すでに遅し。
俺の目の前にパンパンに膨らんだ謎の煮込み肉料理が出現。
店主は満面の笑みで「どうぞ食べて!」とゴリ押ししてくる。
周囲の客もなんだか期待のまなざしだ。
もう引き返せない。
「い、いただきます……」
一口すくってパクリ……
「ん……あれ、意外といけるかも……?」
ピリッとした辛味とまろやかな旨味が絶妙なバランス。
拍子抜けするくらい普通に美味しかった。
「どうだ、勇者様? こっちの料理も試してみるかい?」
店主がさらにデザートらしきものを出してきた。
ジャムをたっぷりかけた焼き菓子だとか。
「いや、もう……満腹っす。おいしいけど」
こういう平和な時間、全く悪くない。
……しかし、この平和は長くは続かなかった。
◇◇◇
夕方、町のはずれからまた騒ぎが起こる。
「火事だあ! いや……違う、なんか炎の化け物が現れたんだ!」
まるで火柱のような怪物が村人を襲っている、という報告だ。
しかも、そいつは火を操って建物を燃やそうとしているらしい。
「どうするよ……」
俺は当然、行くしかない。
急いで現場に向かうと、まさに炎のモンスターが道端に出現していた。
通りがかりの人々は恐れおののき、悲鳴を上げて逃げ回っている。
「おいおい、どんだけ魔物出てくるんだよ……ここ、治安悪すぎないか?」
毒づきながらも、“謎の力”を発動させる。
だけど炎のモンスターは遠距離攻撃が得意なのか
こちらを見つけるなり火球を投げつけてきた。
慌てて飛び退くが、周囲の町人がその巻き添えを食いそうだ。
「みんな下がって!」
俺は前に出て火球を受け止めようとする。
今までは剣の形とか衝撃波みたいな技しか使えなかったけど
今回はもっと違う方法が必要だ。
頭の中で、また“イメージ”が湧いてくる。
熱を冷ます……冷却するみたいな力を出せないか?
「……頼むよ!」
そう念じた瞬間、左手に薄い水色の光が宿った。
思い切って火球に手をかざすと、じょわっと音を立てて火が鎮まっていく。
完全に消火!
これ、なんだ? “バリア”……?
何でもいい、とにかく助かった。
「お、おお……すごい! 炎が消えた!」
「やっぱり勇者様だ……!」
町人たちが歓声を上げる。
俺もびっくりだが、調子に乗るわけにはいかない。
まだ本体の炎モンスターが残っている。
「このまま一気に決める!」
今度は右手にあの強烈な一撃を蓄える。
勢いをつけて突撃し、ドンっと拳を打ち込むと
モンスターは断末魔の声を上げて消滅していった。
ふう……もう当たり前のように魔物を倒してるけど、体力の消耗が激しい。
大丈夫か、俺。
こんな調子でいつまで続けられるんだ?
しかし今はそんなこと言ってる場合じゃない。
町の人の安全が最優先だ。
もし他にも火の手が広がっていないか確認しよう……
そう思ったとき、遠くから新たな叫び声が上がった。
「助けてくれ! あっちにもモンスターの仲間らしきのが!」
……まだ終わらないのか。
連戦の予感に、俺は思わずげんなりしてしまう。
でも逃げられない。
何としても、この町を守り抜く。
自分の性格とモンスターを恨みながら、次の戦場へ向かうしかなかった。
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