第17話私がアール王国へ行くことになった理由

 パーティの翌日、私の枕元に新しい服が置かれていた。どピンクのフリフリだ。誰だよ、こういうの置いてるの。

 だが、他にあるのはパーティの時に着たドレスだけだ。さすがに、ドレスを着て歩くわけには行かない。


 私はちょっと恥ずかしいくらいにメルヘンなどピンクフリフリなお洋服を着た。

 ヒルデガルドは色々なもんに首をつっこめと言ったけれど、ロヴィナもデメルングに関わるのは面倒くさい。


 特に、デメルングは間違ってしまったら処刑だし、私は犯罪者志望じゃない。

 そして、ロヴィナと関わるのもゴメンだ。


 原作のゲームではアール王国についての言及は多くはなく、ロヴィナエンドを迎えた時、「俺は必ず王になる。君の力が必要だ」とグランツ王国にとって財産とも言える聖女を連れて帰国する。

 リーゼロッテとして生まれた今ならば、よく王国は聖女が国外に嫁ぐことを許したものだと感心してしまう。


 ちなみに、ロヴィナは叔父との王位争いが嫌になって家出をしてきたという設定だ。

 どれくらい王位争いがこじれているのか知らないが、リーゼロッテとしての知識としても現在王はおらず、死んだ王の后にしてロヴィナの母親が暫定的に国を治めていることくらいしか知らない。


 内情も芳しくなく国内は数年の不作が続き、王家への民の不満も高まっていて治安も悪化しているという。


 そんな危険な国に、王子自らが逃げ出すような国に、元貴族のか弱い乙女である私が行くわけないじゃない。


 そういうわけで、ロヴィナとデメルングの面々に見つかる前に、私はレーヌの町を出ることにした。

 荷物は一切ないし、金も一切の持ち合わせはないが、神人なんだから多少食べなくてもなんとかなるだろう。


 私が部屋から出ると、セバスチャンが立っていた。

 チッ。面倒くせーな。


 私はセバスチャンに庶民女性が行う丁寧な挨拶であるお辞儀をした。

「ご機嫌うるわしゅうございます」

「姉上」

「私はアンブロス家を勘当された身ですゆえ」

「そんなの今は関係ない」

 は? そういうのに処したのはお前の母ちゃんやんけ。


「領都の市議会はリーゼロッテの貴族籍除籍に対する非難決議を領主に対して行い、市民たちも連日のデモ。母は対応にすっかり疲れ切っています」

「それはそれは……」

「僕だって、アンブロス家の立派な一員です。ただ、僕の体にアンブロス家の血が入っていないだけ」

 偉大なる祖父と母の血を受け継いでいるかいないかで市民の反応がこうも変わるとは。


 セバスチャンは悔しさをにじませながら、

「僕だってアンブロス家の一員なのに、貴族たちも市民たちもあなたばかり大事にするし、敬う。まるで、僕なんかいないものみたいに。血がそんなに大事ですか!? 市民たちも領地の貴族たちも祖父やあなたの母ばかりをまるで崇拝するかのように敬う」

 私はカチンと来た。

 それだけのことを祖父と母はしたのだ。二人は命をなげうって、領地と市民たちを守ったのだ。

 これにより市民も貴族たちも大きな恩を感じている。


「一言、領地に行き、市民と貴族、議会に説明をしてください」

「説明ですか?」

「あなた自身の不祥事で除籍されたのだとしっかりと説明をすれば、議会も市民も貴族も全員が納得して、僕のことを認めてくれる! 次期領主は僕が相応しいと誰もがそう言う」

 セバスチャンは悲痛な表情で言った。


 そうか。セバスチャンはずっとコンプレックスを抱いていたのか。

 アンブロス家の血筋ではないから、市民にも領地の貴族たちにも認められない自分に。

 次期領主になれば認められると思っていた。

 なぜなら、姉は聖女へ狼藉を働いたから。そんな痴れ者が領主になることを市民や領地の貴族たちが許すはずはないと。


 だが、実際は姉を除籍したことへの非難決議が議会で採択され、市民たちのデモ。


 私は自嘲気味に笑った。

「私はあなたが羨ましかったですわ。アンブロス家の血筋でないゆえに甘やかされ、甘えることを許されたあなたが。私はアンブロス家の血筋ゆえに、祖父と母の名を汚さぬように父に厳しく躾けられました。何度、ぶたれたかわかりません。だから、一度もぶたれたことなく、父に笑顔を向けてもらえるあなたになりたかった」


 それを聞いたセバスチャンは驚いて目を見開いた。


 アンブロス家の直系である母に変わって、領主になった父は自身が領主でいられるのもアンブロス家の威光があるからということを身にしみてわかっていた。

 だからこそ、唯一の直系である私に厳しくして、次代の領主として相応しい人間にしようと必死だった。


 それだけが、アンブロス家の縁ではない女性と再婚した自分と義母とセバスチャンを守る唯一の方法だったからだ。


 認められるための努力をしない、認められるためには邪魔者を排除すればいいと単純に考える短絡的な君のために、領地に戻って説明してあげようかな。


 その後の領地も君のことも知るか。


 私が口を開こうとした瞬間、私の背後から現れたのはロヴィナだった。

「今の話を物陰からしっかりと盗み聞きさせてもらった」

「まぁ」

 随分、正直にあっけらかんと言うわね。


 ロヴィナはセバスチャンに向かって、

「リーゼロッテ様は俺が正式にアール王国へと招待している。辺鄙で僻地な小貴族の領地に向かう時間はない」

「侯爵であるアンブロス家は小貴族ではありませんし、治める領地は辺鄙でも僻地でもありませんわよ」

「悪い悪い。だが、王子の俺のほうが偉い。俺の招待を断ったら国際問題だぜ」

 国から逃げ出したどら息子の分際で国際問題にしようってわけ?


 ロヴィナは私の手を強引に引いて歩き出し、セバスチャンに向かって、

「あんたもねーちゃんみたいに領民に認められるようなすごい仕事してみろよ! そうすりゃ、聖女に狼藉働いたねーちゃんのことなんて皆一発で忘れちまうぜ! あばよ」

 その言葉遣いは本当に王子なんですの?

「ロヴィナ王子。私はアール王国に行くにしても旅装を整えるお金すらありませんのよ」

「俺もだ!」

 そこに、アルフォンスもやって来て、

「なぜ二人が手を繋いでるんだ!」

「そりゃ、踊り手様をアール王国にお連れするために決まってるだろ!」

「アルフォンス殿。お世話になりましたわ。国際問題にしないためにも行くしかないのですわ」


 アルフォンスはため息をつきながら、

「どうやって行くつもりだ」

「歩いていくに決まってるだろ。でも、道端で歌ってたりしたら皆金をくれるからなんとかなるもんだし、歩いてりゃ王国にそのうち辿り着くさ。意外と道端で寝ても寒くないぜ。任せろよ! リーゼロッテにもちゃんと路上での最適な眠り方と飯の探し方や食える雑草を教えてやるから」

「君は本当は浮浪者だろ」

「ハハハ。あんた、面白いこと言うな」

「リーゼロッテ、こいつと一緒にいたら危険だぞ」

「あなたといても危険ですわよ!」

「否定はできないが……」

 アルフォンスは悔しそうな表情を浮かべる。


 廊下でわちゃわちゃしていると、市の職員がやって来て、部屋へと連れて行かれた。そして、肖像画や銅像のモデルとして座らされた。

 デニスが、

「皆さんはレーヌを救った英雄として末永く、語り継がれるでしょう」

「別に語り継がなくて良いんですのよ。私たちはたまたまレーヌにいただけでございますもの。レーヌの町が救われたのはたくさんの方々の奮闘の賜物なのですから。語り継ぐのであれば、市民の皆さんの勇姿や奮闘のほうですわ」

「なんともったいなき御言葉。まるで女神のようだ」

「女神のようだじゃなくて、女神だぜ」

 ロヴィナが言う。


 どうやら、アール王国では神の踊り手は神のように崇められるみたいね。

 肖像画や銅像作りで数日間足止めを食い、無事に完成した。


 立派な肖像画と銅像ができあがり、私はアルフォンスに言った。

「未来の良い手配書ができましたわね」

「立派すぎるな」

「手配書に恥じない立派な所業を行うのですわよ」

「どういう言い回しなんだ」


 そして、レーヌ市からも多額の報酬が支払われ、アール王国へもレーヌ市が送ってくれることとなった。


 私とロヴィナは無事にアール王国へと向かえそうだ。ちなみに、ロヴィナはもらったお金をギャンブルに全額注ぎこもうとしたので、アルフォンスに取りあげられた。


 しょうがないわね、ロヴィナったらと思っていたら、災難は彼だけじゃなかった。

 一方の私はヒルデガルドをお供に町歩いていると、露店の少年から声をかけられた。

「お姉さん! このパンおいしいよ」

「おいくらですの?」

「10万」

「そうですの」

 10万が安いのか高いのか私にはちっともわからないけど、おいしそう。


 私が10万出そうとしたところで、こちらもヒルデガルドに手を引かれた。

「パンが10万もするわけないでしょ!」


 話を聞いたアルフォンスは頭を抱えながら、

「金銭感覚がおかしい君たち二人がとても心配だ。デメルングもアール王国へと行くことにする!」

「よろしいんですの。それってあなたの私情ですわよね。デメルングの皆さんだって納得いかないことでしょう」

 そう言って、デメルングの面々を見た。


 ピンク色の布を一所懸命にチクチクと針を刺しているカスパーが手を止め言った。

「異議はない。国に戻ってから目的を果たせば良い」

「僕もそれでいいや。お姉ちゃんといると面白いし」

「ん」

「いやー、楽しみですねー、あなたを研究できそうだ」


 こいつら、国家転覆のやる気あるのかよ!

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