第16話リーゼロッテと王太子と聖女再びの対面

 市長のデニスは泣きながら、私の前に跪いた。

「リーゼロッテ様! よくぞ生きておられて。奇跡です! あなたはまるで女神のよう」

「大袈裟ですわね」

 私は戸惑いながらも、それを微塵も出さず微笑んだ。

 正確には生き返ったのだ。


 スヴェンも驚きながら、

「あの魔物の海を一体どういう手品を使って、生きのびたのかあなたを解剖して知りたいですよ」

「まぁ、それでは死んでしまいますから、遠慮しますわ」

 私は肩を竦めた。

 

 アルフォンスが自分のマントを私に差し出しながら、

「とにかく、君が無事で良かった」

 私はそれをありがたく羽織る。

 ボロボロで素肌が所々見えてしまっている格好はあまりにも恥ずかしい。


 私はセバスチャン、王太子テオバルト、聖女マーヤを見た。

 庶民となってしまったので、自分からこのような高貴な人々に話しかけることはできない。


 彼らはいつまで立っても口を開かなかったので、私はデニスに向き直り、

「市長。私はレーヌの町へと一度戻りたいのですが、ご同行してもよろしいでしょうか?」

「もちろんですとも! すぐにリーゼロッテ様のご無事を祝う祝勝会を手配いたします」

「祝勝会など不要。多くの方々が犠牲になったのです。その方々を弔うのが先でございましょう」

「あ、は、はい。ごもっともで」


 痺れを切らしたのかテオバルトが、

「リーゼロッテ! 貴様は俺たちのことを無視するのか! 挨拶もしないとは失礼だろ!」

 私はテオバルトにお辞儀をした。これは庶民女性が行う丁寧な挨拶の仕草である。

「王太子殿下。誠に申し訳ございません。私は庶民で下賤な身分なゆえ、王太子殿下の視界に入っているとは、思いもしませんでした」


 この世界の貴族は庶民が視界に入っていてもいないものと扱うことが多い。ただし、自分が用事がある時はそんなルールは無視して、勝手に庶民に命じる。


 だから、庶民から貴族に話しかけることはとても失礼に当たる。たとえ、それが挨拶であっても。


 テオバルトもこのルールを思い出したらしく、一瞬言葉に詰まった。

 マーヤはそういうルールがよくわかっていないから、私に純粋な困惑を向けた。


 乙女ゲームの主役になっているくらいだから根はいいのだろうが、上流階級の人間として生きるには無邪気すぎるのだ。

「リーゼロッテさん。あなたの力は一体……」

「アール王国に伝わる歌舞魔術です。舞歌うことで、様々な魔法を発動させることができます」


 マーヤは純粋に、

「私の力をあなたは吸収しました。どうしてそれができたのでしょう」

「歌い踊る戦女神ヴェンデルガルドの意識が天から降りてきて、私と一体化したのですわ。彼女は色々な力を吸収する術に長けているのです」

「戦女神……」


 テオバルトが思い出したように、

「そんなのはデタラメだ! お前が放っていた黄金色の光は魔の光に違いない! お前も魔物になったんだろ。俺たちは魔を滅ぼすためにここまで来たんだ」

 そう言って、剣を構える。


 私は目を細めて、

「まぁ、それならば、随分と遅いご到着でしたわね。てっきり魔物の群れに恐れをなして、真夜中に馬車でもこっそり壊したのかと思いましたわ」

「ヒッ」

 この言葉にマーヤが引きつった声を上げた。


 あら、図星でしたの?

「そ、そ、そんな訳あるか!」

 テオバルトも動揺しながらも否定する。


「代わりの馬車ならすぐにご用意できたでしょうに。もしや何かやましい秘密でも隠しておいでかしら?」

「ち、違うぞ!」

 テオバルトの目が泳いでいる。


 ゲームにおけるレーヌ壊滅シナリオは、馬車を壊したのがマーヤだとこっそりと知ったテオバルトが、レーヌ行きを取りやめたというもの。こいつらやっぱりやりやがったな。


 ロヴィナが冷たく、

「代わりの馬車を用意してもらえないくらい人望がないか、用意する金もないくらいの貧乏王太子かのどちらかだろ」

「失礼だぞ!」

 テオバルトは顔を真っ赤にして怒りだした。

「国民を守る王族と聖女が馬車を壊してでも魔物から逃げ出したって疑いをかけられたほうがいいのか? 人望がないくらいのクズかクソ貧乏のほうが名誉が守られると思うぞ」

 テオバルトは言葉が出なくなってしまったようだ。


 私はテオバルトに、

「私を斬るのならば、斬りやすいように座ってさしあげましょうか?」

 私は跪いた。


「これなら、どんな臆病者でも間違うことなく斬れますわよ。さぁ、どうぞ、お斬りあそばせ」

「それならば、代わりに私を斬ってください!」

 と市長のデニスさんが私の前に座った。


 同行していたレーヌの神官さんや兵士さんたちも王太子と私の間に立つように跪いた。

 背後ではデメルングの面々が立っている。私と一緒にいるヴェンデルガルトが笑いながら、

『あやつら、ただ立っているように見えておるが、それぞれが身構えておるぞ。きっと主に剣を向けた瞬間、王太子を討ち取るのではあるまいか?』


 そうなのだろうか。 

 彼らは国家転覆を目指しているのなら、それは悪手ではないだろうか。

 いや、ここで王太子を討ち取るのは悪い手ではないのかもしれない。


 テオバルトは観念したように剣を降ろした。

「よ、よい。リーゼロッテは魔物ではない。た、立ち上がれ、リーゼロッテや皆のもの」

 私は言われるままに立ち上がり、王太子に頭を下げた。

「感謝いたします」


 市長のデニスさんは立ち上がりつつ、軽蔑したような冷たい目で王太子を見ている。

 私は王太子たちの相手をするのも馬鹿らしくなり、

「市長さん。私、もう行きますわ。こんな森の中にいつまでもいたら、虫に刺されてしまいますもの」

「そ、そうですな! 王太子殿下、我々はこれにて失礼いたします! 戻ったら、早急にリーゼロッテ様の凱旋パレードを執り行いましょう」

「だから、結構ですって。それよりもレーヌの無事を祝う祭りや弔いのイベントを開催しましょう」


「なんと慈悲深いのでしょうか」

「私がレーヌで奮闘できたのは、皆さんの支え合ってこそですわ」


 私は馬車に乗り込んだ。馬車には私とデメルングの面々が座っている。

 向かいに座ったアルフォンスが安心したように、

「君が無事で良かった」

「ありがとう。少し前に私を利用するために近づいてきたのに、心配してくださったのですか?」


 ゲームの中では単なる悪者だったけれど、根は本当に優しい人たちだよね。


「それはすまなかったが、心配は当然だろう。君は一人で瘴気の中に入っていったんだから」

「ふぅ。優しすぎやしませんこと? あなたは天下を獲りたいのでしょう。そうなると、必ず大きな争いが起きますわ。多くの人が犠牲になりますわ」

 アルフォンスは神妙そうな顔で聞いている。


 私は続けた。

「貴族の大部分は、あなたやあなたの母を蔑ろにした人たちとは無関係なのです。あなたのせいで、犠牲になる人たちの中には幼い子供もいるでしょう」


「そうなんだろうな。だが、俺は復讐心を捨てることもできない」

 アルフォンスは苦渋の表情で言った。

「あなたの優しさは美徳ですけれど、ほぼ他人の私をそこまで心配するなんて、王の器じゃありませんわ」

「君は結構辛辣だな」

「えぇ。そうでしょうとも。だって、町に行ったら、皆さんとは今生のお別れですもの。私は私で自由に旅暮らしですわ」


「君なら、どこへでも行けそうだ」

「そうですわ。どこへでも行きますわ。アルフォンス殿や皆さん、がんばりなさいよ! 国家転覆とまではいかなくともレーヌの町を見捨てたクズどもの暗殺くらいは成し遂げるのよ!」


「君、すごい凶悪な人相で今言ってるぞ。それに、話し方も途中で変わりすぎだぞ?」

「あら、失礼」

 芽衣子が出たわ。

「あなたがたが捕まって処刑されることになったら、公開処刑の見学くらいは行きますわ」


 モーリッツがボソリと、

「ひどい……」

「あらだって、国家転覆や要人暗殺は処刑以外ありませんわよ。きちんと覚悟を持って頑張って悪党暮らししてるんでしょ」

「悪党暮らしって言い方ひどいよ」ヒルデガルドが言った。

「じゃぁ、日々、頑張って犯罪行為をしてらっしゃるのでしょう?」

「そう言われると、身も蓋もないな」カスパーが困ったように呟く。


 街に戻ると、町の人々は私が行きていたことに歓喜し、私を英雄として迎え入れてくれた。

 泣きながら、無事を喜んでくれる人もいる。


 その光景を王太子御一行は悔しそうにひっそりと眺めていた。あんたたちが悪いんだから、知ったこっちゃないわよ。


 急遽、リーゼロッテさん生きていてよかった&レーヌの町無事で良かったパーティが開催され、最前線で戦いっぱなしだった私や活躍したデメルングの面々、ロヴィナはすっかり英雄扱いだ。


 町一番のホテルで夜遅くまでパーティは続き、すっかり疲れた体を引きずって私は部屋へと戻った。服を脱いでベッドに入ろうと思ったが、ちょっと疲れた。

 少し椅子に座って休憩しよう。


 貴族生まれなので、服を着たまま寝るという選択肢はない。だらしないことはできない。

 今の私は芽衣子とリーゼロッテがごちゃ混ぜになっているが、こういうところはリーゼロッテのほうが強いみたいだ。


 しばらくすると、部屋の外がちょっと騒がしい。

 無視していると、扉がノックされた。

 私が扉を開けると、ロヴィナとアルフォンスが立っていた。


「いかがなさいましたの?」

 私の問いにロヴィナが、


「俺はあんたに大事な話があるんだが、こいつも大事な話があると言って聞かないだ。俺の話のほうが大事なんだから、あんたは明日話せよ」

「俺だって、彼女に大切な話がある。お前こそ明日話したらどうだ」

 二人が言い合いながら部屋に来たのだろう。お前たちが騒がしい原因かよ。他の部屋で寝てる人だっているんだから騒ぐなや。


「もう簡単に聞きますから、要約して話してくださいな」

 うんざりとした私の言葉にロヴィナが、真剣な表情で、

「あんたに俺と俺の国を救ってほしいんだ」

「君にデメルングの一員になってほしい」

 アルフォンスも真剣だ。


 アール王国の世直し依頼と犯罪集団のスカウトの二択ね……。

「面倒くさいのでどっちもキャンセルで! おやすみなさい。来世あたりでまたお会いしましょう」


 私は扉を閉めた。服を速攻で脱いで、ベッドに潜りこんだ。

 私はね、自由気ままに旅したいんだよ。


 王宮の陰謀に巻き込まれるとか国家転覆のためにテロするじゃなくて、旅先で悪を挫く水戸黄門形式で充分なの。 

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