第24話 ゾンビ時代
「そろそろゾンビを次の時代に進めたいとは思わないかい?」
いつもの公園のいつものベンチで、ゾンビの真似でもしているのか腕を前へと突き出して座っている御法川さんは、今日も暇そうにしている。
御法川さんがいきなり話を切り出してくることは、パニック映画の冒頭でいちゃつくカップルが死ぬことぐらいに当たり前であるために、僕はいまさらつっこむことをしない。
「いえ、全然」
ゾンビってあのゾンビだよな、と思いながらも僕は首を振った。
ゾンビ。生きた死体。何らかの要因で死体のまま動き出した人間の総称である。
人間が化け物になるという悲劇的な要素や、社会機能を麻痺させる舞台装置的な役割があるために、創作のジャンルとしてよく取り扱われていて、今日も今日とて多くのクリエイターによって大作からZ級までの種々雑多のゾンビ作品が生み出されている。そのおどろおどろしさとは対照的に、人々にとっては慣れ親しんだ身近な存在と言えるだろう。
しかし僕は、ゾンビが嫌いというわけでもないが特別好きというわけでもなかった。次の時代に進もうが停滞しようが、さほど興味が湧かない。
僕の答えに、御法川さんは出鼻をくじかれたかのようにがくっと肩を落とした。
そして膝に肘をついた前のめりの姿勢のまま、こちらを上目づかいで見つめた。
「君は熱量が足りないね。次の時代に新しい風を吹き込もうとは思わないのかい?」
なんだか意識が高そうなことを言っている。
「次の時代って言いますけど、そもそも新しいゾンビ作品今もいっぱい出てるじゃないですか。それじゃダメなんですか?」
「ダメってことはないが、人々のゾンビ観を丸っと刷新する作品が、そろそろ出てきてもいいと、私は思う」
「はあ、ゾンビ観……」
僕の気のない返事をよそに、御法川さんは笑みを浮かべて言う。
「ここは私が、ゾンビの歴史を懇切丁寧に教えてあげようじゃないか」
そして、懐から取り出したスマホをすいすいと操作して、なにか古めかしい画像を僕に示した。
シャーマンのような恰好をした人物の隣に、なんだか顔色の悪い家政婦のような恰好をしたゾンビが直立している画像だった。
「ゾンビはもともと、とある宗教の呪術の産物でね。死体を蘇られせてそれを操り、奴隷として働かせるというものだった。だから創作の世界でも、初期のゾンビは人によって操られた尖兵や召使いという形での登場だったそうだよ」
「あくまで人の制御下にあったと」
「その通り。ゾンビに噛まれたらまたゾンビに、みたいな要素はこの頃まだなかった」
そう言って、御法川さんはまた別の画像を僕に示した。
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』と、そこには書かれている。
「転換点となったのは、ゾンビ映画の父と名高きロメロ監督の映画のひとつでね。彼はその映画でゾンビに吸血鬼の要素を混ぜ合わせ、従来のゾンビとは異なる怪物を編み出した」
この話は有名だった。僕も小耳に挟んだことがある。
「たしか、モダン・ゾンビって言うんですよね。これ以降のゾンビのことを」
人の血肉を喰い漁る。噛まれればその者もまたゾンビになる。頭部を破壊しない限り動きを止めない。
そのような特徴はその映画をもって確立されたという。
御法川さんは嬉しそうに笑った。
「おや、君も調子が出て来たじゃないか。そう、つまりその時ゾンビは呪術の時代から、怪物の時代へと移行したわけだ」
調子が出てきた、と言われるとなんだか抗議したくなるところだが、僕は大人しく尋ねる。
「それで、怪物の時代の次は何の時代なんですか」
「フィジカルの時代だね」
僕は眉をひそめた。
「力こそすべて、的な話ですか?」
尋ねると、御法川さんは首を振る。
「ステレオタイプのゾンビと言えば、ゆっくりと不安定な動きで歩くのが有名だろ? うー、あーとか言っちゃってさ」
御法川さんはふたたびゾンビの真似をするかのように腕を前に突き出して頭を少しだけ傾けた姿勢を取る。
ぎゅるんと眼玉を動かしたこちらを見つめるその姿は、なかなか堂に入っている。
御法川さんはいつでも全力だ。
「まあ、パッと思いつくのは」
「で、ゾンビは例によって獲得した感染能力による人海戦術で人間を襲うんだけどさ。二十一世紀ともなると銃が猛威を振るうもんだから、なかなかゾンビに勝ち目がない。緊張感こそ重要なホラー映画でこれは致命的だった」
「まあ、良い的ですもんね。歩くだけの怪物なんて」
「そこで誰かが思ったんだろうね。『ゾンビだって走ってもいいさ』って。以降銃を持った人間相手に縦横無尽にフィジカルでごり押してくるゾンビが登場することになる。言われてみれば簡単な解決策。こういうのをコロンブスの卵っていうんだろうねえ」
感心したようにしみじみと言う御法川さん。言わんとすることはわかるが、呪術、怪物、と来てフィジカルという字面が並ぶのは、なんだか納得がいかなかった。
「そして今。いよいよ成熟しきったゾンビというジャンルは他ジャンルへの出張時代に入っている。恋愛するゾンビだとかゾンビを舞台装置にした本格ミステリものだとかゾンビを主人公としたロードムービーだとか」
ひとしきり言い切って満足したのか、御法川さんは小休止するように少し黙り込んだ。
僕は話題を差し向ける。
「それで、御法川さんは次の時代のゾンビはどんなものだと思っているんですか?」
彼女は、遠くの青空を見つめたまま言った。
「それが解れば苦労はしないけど、そうだなあ。そろそろ空を飛んだりしてもいいんじゃないかな。スーパーマンみたいに」
僕も懐からスマホを取り出して、ちょっと調べてみる。
「もうあるみたいですよ空飛ぶゾンビ」
「ええ!?」
すっとんきょうな声を上げながら、御法川さんは僕のスマホを覗き込む。
そこには、どういうわけだか、宙に浮かぶゾンビの姿がある。
「ほんとだ……浮いてる……。えーと、じゃあ、SNSで感染するゾンビとか」
僕は調べる。当然のようにヒットする作品がある。
「やっぱりあるみたいですね」
本当になんでもあるな現代は。
御法川さんは意地になって、息まき、
「ゾンビ系アイドルは? これなら誰もやってないでしょ!?」
「それはもうありますよ」
調べなくてもわかる。佐賀を舞台にしたアニメである。
御法川さんは、まだ何か言い募ろうと視線を左右にうろうろさせて考えこむような仕草したが、そのうち諦めたのか、ふっと小さくため息をついた。
「未来のことは、誰にもわからないね」
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