第15話 黒はかっこいいよ
「どうだい、この格好、イカすだろ?」
いつもの公園のいつものベンチで、なにか豆のようなものを口に放り込みながら、全身黒のスーツに身を包んで座っている御法川さんは、今日も暇そうにしている。
御法川さんがいきなり話を切り出してくることは、ひまわりが太陽に向かって咲くことぐらいに当たり前であるために、僕はいまさらつっこむことをしない。
「えーと、高級感がありますね」
御法川さんは今、グラサンでもかければ宇宙人に対処するエージェントに見えなくもない恰好をしている。
いわゆる黒服、というやつである。
「なるほど、高級感ね」
御法川さんは僕の答えを聞いて、懐から取り出したメモ帳になにやら書き込んでいる。
何なんだ一体。心理テストでも実施しているのだろうか。
「どうしたんですか、今日は」
尋ねると、御法川さんは「いやね」と前置いて、ポーチからずいっと大判の絵本を取り出した。
タイトルを見て、僕は少しだけ驚いた。
そこには、『『花びらの黒がふきつ』と言われて王様に追い出されたソラマメ、ほうふなエイヨウでむそうする。今更おなかがすいたと言われてももう遅い』と書かれている。
「な、なんなんですか、これ」
僕は、その絵本に思わず気圧された。
薄さや大きさは普通の絵本と同じだったし、表紙の絵だって色鉛筆タッチの優しい絵柄で、手足の生えた擬人化されたソラマメが描かれている。
が、それにしてはタイトルになかなか厳つい感じがある。
「ああ、これね。最近幼稚園児に人気らしいんだ」
まじかよ。進んでるな幼稚園児。
僕が時代の流れに人知れず衝撃を受けているのをよそに、御法川さんは話を続ける。
「それで、劇中で主人公のソラマメくんが『花びらの黒が不吉』だって追放されるところから話が始まるんだけどね」
「はあ」
ちなみに、古代ギリシャではソラマメは花びらに黒点があるために死を象徴する植物として有名だったらしく、かのピタゴラスもソラマメの中には死者の霊が住みついている、などと考えていたらしい。豆自体も古代ギリシャ人は食べなかったそうだが、一方で古代ローマ人は葬式の際にソラマメを食べるのが習慣になっていたそうだ。
という、豆知識(豆だけに)を僕が思い出していると、御法川さんはわなわなと震えて拳をにぎった。
「黒いからって追放されることに、私は怒りを覚えた。いいじゃん黒、かっこいいじゃん」
「まあ、好きな人は好きですよね」
『漆黒』だとか『暗黒』だとかいうワードになぜだかそわそわする男子は少なくないと思う。
僕の同意に、御法川さんはうんうんとうなずいて、自身の黒髪をファサッとかきあげた。
「それで思ったわけだ。この際、黒のポジティブキャンペーンをやって行こう、と」
「黒スーツ着てるのは、それが理由ですか」
「その通り、高級感あるだろ?」
両手を広げて、スーツを見せびらかす御法川さん。これもまた質の良さそうなスーツだが、まさかこのためだけに買ったのだろうか。買うんだろうな、御法川さんなら。
「こうして私自身が黒の良さを啓発していくことで、地位の向上をだね」
地道な努力であった。
しかし、その涙ぐましい努力では、不吉のイメージを払拭するには不十分だろう、と僕は思う。
「でも、色のイメージって文化的なものが大きいですからね。喪服が黒のうちは、『不吉』のイメージの払しょくは難しいと思いますよ」
場所によっては葬式の服装が白一色なために白色に不吉なイメージを持つ国もある。
文化的イメージの力は、一個人があがいてどうにかできるようなものではないように思えた。
御法川さんは、あごに手をあてて考え込むような視線になり、上目づかいで僕を見た。
「……喪服を赤に変えたりとかできないかな」
「めっちゃ怒られると思います」
さすがに伝統を足蹴にするのは、おすすめできない。
「道は険しいな……」
がくりと落ち込む、御法川さん。
僕は、なんだか申し訳ないことをした気分になってしまい、頬をかいた。
「あー、でも、結局は個人の感性の問題でもありますからね。ほら、日本では昔から黒猫は商売繁盛の象徴だったらしいですし、千利休とかは侘びの到達点として、なんでも黒に塗ってたらしいじゃないですか」
黒服、というとなんだか裏社会の人間のようなイメージがあることは、ここでは言及しないでおく。
御法川さんは、身体を起こして、
「そうだね。黒啓発会会長としては、諦めるわけにはいかないか」
たぶんその会の会員は御法川さんしかいない、ということだけはわかる。
話がまとまったところで、僕は御法川さんに尋ねた。
「あの、ところで、その絵本」
「うん? 『『花びらの黒がふきつ』と言われて王様に追い出されたソラマメ、ほうふなエイヨウでむそうする。今更おなかがすいたと言われてももう遅い』のことかい?」
略称とかないのだろうか。
「ちょっと気になるんで、読んでもいいですか?」
すると、御法川さんは、満面の笑みを浮かべて、絵本を手に取った。
「いいとも、どれ、私が読み聞かせをしてあげようじゃないか」
そこまでしてもらう必要はなかったが、御法川さんはもう完全に読む気満々であったために、僕は大人しく聞く姿勢を取った。
「ソラマメよ! おぬしは花びらの黒が不吉ゆえに追放する――」
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