第11話 父上、到着!ついに包囲網完成

 その頃、城壁下の公爵軍。リディアの部隊は、じりじりと城門との距離を詰めながら威圧をかけていた。もう攻撃はいつでも可能だが、時間がたてば王太子が何らかの愚策を講じるかもしれない。それを逆手に取ることで、より徹底した勝利が得られる――リディアはそう考えていた。


「お嬢様、兵たちからは『すぐにでも門を破るか』という声が上がっていますが、どうしますか?」

「もう少し待ちましょう。焦って突撃するまでもありません。わたくしの父上が率いる主力部隊が到着したら、城壁を完全に包囲しやすくなります」

「承知しました。では周囲の警戒を続けながら待機を」


 副官が兵士に指示を伝えると、騎兵はその場に留まり、弓兵や歩兵が城壁を横に回り込むように配置されていく。大挙して進軍してきた公爵軍が、城の周りを取り巻きはじめているのだ。古い装備と寄せ集めの兵しかいない王都守備隊では、こんな大規模な布陣をどうにかできるはずもない。


 リディアは馬上からその光景を俯瞰し、自分の指揮が予定どおり進んでいることを確信する。周辺の農民や町の人々は遠巻きに公爵軍を見守り、「もしかすると、今こそ王家の悪政が終わるのでは」と期待を込めたささやきを交わしているようだ。もし王都が陥落すれば、重税や傲慢な貴族たちから解放されるかもしれない――そんな淡い希望を抱く者たちが少なくないのだ。


「お嬢様、お待たせしました!」


 大きな声が聞こえ、振り返れば砂煙を上げてギルベルトの部隊がやって来た。騎兵を先頭に、後方にはずらりと歩兵や攻城装備らしき物資を積んだ荷車が連なっている。見慣れた荒々しい笑みを浮かべたギルベルトが、先頭で腕を振っていた。


「リディア、ずいぶんいい眺めじゃねえか! 王都の連中は何もしてこないのか?」

「ええ、ただ固く門を閉ざしているだけです。守備兵もどう動いていいかわからないみたい。いまのうちに戦力を整えるなら絶好のタイミングかもしれません」

「そうかそうか、なら遠慮なく包囲の網を広げちまおう! 面白いことになってきたな!」


 ギルベルトは荷車のほうへ指を鳴らし、兵たちが投石機や破城槌はじょうついの準備に取りかかるよう指示を飛ばす。この父娘にとって、王都の大軍勢を相手取る戦いは初めてではあるが、それでもまるで遊びをするかのように軽い調子で段取りを進めていく。そんな公爵家の抜け目なさと度胸を目の当たりにした兵士たちは、ますます士気を高める。


 城壁の上では、目に見えて王都の兵たちが慌て始めた。公爵家の主力が到着し、いよいよ包囲網が完成に近づいているからだ。中には弓を構える者もいるが、装備は古臭く、弦も錆びついているように見える。


「ちょ、ちょっと待て、あの大きな投石機は何だ……?」

「わからんが、あれで城壁を破壊されるんじゃないか……?」

「そ、そんな馬鹿な……われわれは王太子殿下のために……」


 兵士同士の悲壮な声が風に乗って届き、リディアはかすかに肩をすくめる。やはり王家の装備と訓練は時代遅れなのだろう。これまで国境付近の戦闘でも、主力を担っていたのは公爵家の軍隊だと聞く。王太子エドワードが力を入れなかった結果、肝心の王都守備が脆弱になってしまったというわけだ。


「お嬢様、全軍の配置が完了しました。いよいよ包囲体制です」

「ご苦労さま。それじゃあ、もう一度呼びかけをしてみましょう。無駄な抵抗はやめて降伏しなさいと」

「降伏に応じなければ……」

「城壁を壊してでも進むまでよ。わたくしたちにはその力がありますから」


 リディアが澄んだ声で言い切ると、周囲の兵たちも誇らしげに背筋を伸ばす。ギルベルトが愛馬を駆ってリディアのそばにやって来て、「よし、俺に任せろ」とばかりに馬を城壁のほうへ進めた。豪胆な性格を熟知するリディアは、少し笑みを浮かべつつ後を見守る。


「おーい、そこの守備兵ども! 聞こえてんだろう? 公爵ギルベルト様が直々に来てやったんだ! 門を開けるか、それともここで粉砕されるか、好きに選びな!」


 その叫びは、まさに「開けるか破壊されるか」という二者択一を突きつける脅迫そのものだった。城壁の上から兵士たちのざわつく声が聞こえるが、それ以上の応答はなかった。ギルベルトは馬上で手持ちぶさたそうに腕を組み、やがて大声で「まだかー!」と吠える。


 するとようやく、城壁の上部に中年の役人らしき男が姿を見せた。衣服は華やかだが、妙に焦りがにじみ出ており、声も震えている。


「お、王都は神聖なる王家の守護のもとにあります! 勝手に攻め入るなど、無礼千万……!」

「ほう。公爵家を侮辱しておいてよく言うぜ。お前、名前は?」

「わ、わたしは王都守備担当の……その、書類上の役職は……」

「書類上? そんなことはどうでもいいんだよ。さっさと門を開けて王太子を出せ!」


 ギルベルトの剣幕に、役人はますます取り乱す様子を見せる。城壁の上の他の兵も、「おい、どうするんだ」「上層部は会議中だって話だぞ」とひそひそ声を交わすばかりだ。実質的な責任者がいないまま押し付けられた形なのだろう。


「お嬢様、これは時間がかかりそうですね。もしかすると王太子殿下が何か打開策を探しているのかも」

「探しているというより、ただ逃げ回ってるだけに見えますけど……。ともかく、ここまで混乱しているなら、次の手は明日でも遅くはないでしょう。兵の休養も必要ですし、今夜は城を包囲した状態で野営を張ります」

「承知いたしました」


 リディアの決断により、公爵軍は城壁から離れすぎない程度の距離に陣地を築き始めた。騎兵を交互に巡回させ、城内の様子を探る。遠巻きに城下町の人々が見物に集まり始めるが、彼らも危険を承知しているのか、あまり近づいては来ない。


 夜になっても、城壁の上は妙に静かだった。公爵軍の野営地では焚き火がいくつも灯り、兵士たちが食事を取りながら、これから始まるであろう決戦について語り合う。


「王都が相手って聞けば普通、もっと手ごわいと思うだろうに、実際は緊張感ゼロだな」

「まさかここまで無策とは。やはり公爵家の軍がいなければ国は守れないんだな」


 兵士たちの会話に混じって、「あの王太子は国を統べる器ではないんだろうな」とあきれるような声も聞こえる。リディアは少し離れたところで、自分の天幕の横に地図を広げ、父ギルベルトや副官らと打ち合わせをしていた。


「明日になっても門を開けないなら、俺たちの投石機で城壁を砕くってわけか?」

「そうですね。城壁自体は古く、メンテナンスもされていないようです。突破は難しくないはず。ただ、町や人々を巻き込むのは避けたいところですから、なるべく説得の余地を残しておきたいと思っています」

「はいはい、説得な。まあ、お前のやり方は好きにやれ。何なら王太子に直接話をつけてもいいし。だが、邪魔する連中が出たら遠慮なく斬り込めよ」

「わかっています、父上」


 ふと、副官が地図の端を指さした。そこには王都の外側に回り込む街路や、穀物を貯蔵する倉庫群などが描かれている。


「お嬢様、このあたりの市街地はどうしましょう? 一部の貴族の館もあるようですが、空き家が多いと聞きました」

「兵たちの野営地としては適していますね。民衆に害が及ばぬよう、場所を限定して使わせてもらいましょう」

「承知いたしました。物資の調達もできるかもしれませんし、王太子派の貴族がいれば捕縛して情報を引き出すことも可能かと」


 リディアは地図を丁寧に畳みながら、これまで以上に大きな勝負が翌日に待っているのを感じ取っていた。公爵軍がここまで圧倒的に有利な態勢を築いても、王太子が屈服するかどうかはまだわからない。だが、すでに形勢は決したも同然。城壁内で右往左往している貴族たちが、どれだけ滑稽な抵抗を見せようとも、公爵家の大軍が外に控えている以上、王都の陥落は時間の問題だった。


 その夜、リディアは少し早めに休み、翌朝に備えることにした。野営地を巡回した後、自分の天幕に戻って荷物を整理しながら、どうやって王太子に「けじめ」をつけさせるかを考える。侮辱の代償を彼に思い知らせる場面が、もうすぐ訪れるはずなのだ。


「お嬢様、お休みになる前に、兵たちの様子を見てこられますか?」


 副官が入口から声をかける。リディアはうなずき、外套がいとうを羽織って再び夜の空気の中へ。野営地は焚き火の灯りが点々と連なり、兵士たちが各々談笑を楽しんでいる。


「いい雰囲気ですね。城壁の向こうはあんなに慌ただしそうなのに」

「すべてはお嬢様と公爵様の強大な指揮力ゆえでしょう。王国軍が混乱していることを見透かしたうえで、この余裕ですから」


 リディアは笑みを浮かべ、すこし遠くを眺めた。城壁の上にかすかに灯りが見えるが、動きは乏しい。夜になってさらに硬直状態におちいったのかもしれない。そこには、かつて自分を見下した王太子や貴族たちがいると思うと、いきどおりよりもむしろ滑稽こっけいさがこみ上げる。


「さあ、明日が本番でしょうね。今宵はゆっくり休んで体力を温存します。みなさんにもそう伝えてください」

「かしこまりました」


 そう言って副官は敬礼し、リディアは再び天幕へ戻った。布団に身体を横たえ、王都の城壁を思い浮かべる。やがて、ほんの小さな微睡まどろみが訪れる前に、彼女は胸の内で決意を固めた。明日、王都を覆う重い扉が開くかどうか。開かないならば、こちらが破って入る。それだけのことだ。


「王太子殿下……今さらどんな言い訳をしようと、もう遅いのよ」


 思わず漏れた小さなささやきを夜の闇がかき消していく。婚約破棄をされてここに至るまで、長いようでいて実はあっという間だった。ただ、この戦いを終わらせるのは、公爵家の誇りと力を示す最高の機会に違いない。いつの間にかリディアの瞼が閉じ、静かな寝息が聞こえ始める。外には兵士たちの見回りの足音が続き、公爵軍は王都をしっかりと包囲したまま朝を迎えようとしていた。


 こうして、城壁近くまでたどり着いた公爵軍と、王宮の官僚たちが右往左往する王都の様子は、対照的な勢いを物語っている。次に光が差す頃、果たして門が開くのか。それとも攻城兵器の威力によって門そのものが破壊されるのか――すべては、取り巻きに振り回される王太子がどう動くかにかかっている。しかし、もはや多くの者が感じていた。「王家の敗北」という結末が、ほんの手の届くところまで迫っているのだ、と。


 その夜の月は、まるで公爵軍の勝利を予感するように薄雲の合間から光を落とし、城壁を冷ややかな銀色に染めていた。

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