拉致


 ぼくは、とても恥ずかしい気持ちだった。


 だって! ぼくのはだかを、みんなに見られちゃう。………


 オトコのクセにからだを隠すなんておかしいって、そうフランが言って、じゃあ言うとおり、って思って、服をぜんぶ脱いではだかで川に入ったけど、やっぱり恥ずかしい。ほんとは胸だって隠したいんだけど、そうすると逆にオンナの子だと思われてすごく目立っちゃうかも、って思って我慢した。あそこが見られちゃうのが、やっぱりすごく、すごく恥ずかしくて、でもオトコの人ってあんまり隠さないけど、実際のところどうなの? だって大事なところって言うよね? オトコの人だって、見られてやっぱり、恥ずかしいんじゃないの???


 ぼくは、やっぱりできるだけ、見られたくなくて、腰がうしろに思わず引けちゃってて、そしたらフランが、


「おまえ、その体勢だけど、………尻めっちゃエロいからやめろ」


 って言われて、じゃあいったいどうすればいいの? でもまあ、言われたとおりにしようと思って、からだを起こして、背すじを伸ばして、胸を反らせて、でも瞬間、


 ———あっ。


 って思って、うちの四輪駆動車クルマの方を見たら、ぼくが見るよりも一瞬だけ早く、グリフが、顔面ごとすごいスピードで視線を、九十度・直角・真横にらせて、もう、もうぜったいにぼくの、胸とか、おなかとか、おしりとか、他にも、絶っ対に見てたと思うっ!!! それにヴォルフさんなんて、なんかびっくりした眼になってぼくのことまじまじ見てて、ああオンナの子みたい、でも○ん○んあるって、ぜったいに思われたっ!!! 恥ずかしすぎるっ、もうやだ………


 ———と、その時。


 夫婦かな? 男の人と女の人が、二人、河原にやって来た。


 二人とも、このあたりだとあまり見ない、丈が長い、白い色の伝統的な感じの衣装を着ていて、だんなさんの方は、つばの無い帽子をかぶり、おくさんの方は、白い布をアフガンストールみたく頭に巻いていた。たぶん、アラビアのほうの服装、だと思う。旅をしているのだ、きっと。


 二人は、灌木の陰に荷物を置いた。大きめのキャンバス生地のカバン。うちの四輪駆動車ヨンクの近くだったから、ちょっと不安になったけど、ライフルとか持ってなさそうで、少しだけ安心した。


 だんなさんは座り込んでカバン、というか長い布袋の口を開けると、そこから大きめのストールを出して、おくさんの方を見ないまま、ぞんざいな感じで渡した。ほらよ、っていう感じ。そして、おくさんは、それを受け取ると、その場ですぐに衣服を脱ぎ出し、ほんの短い間だったけど、全裸になった。


 はだかだよ? おどろいた! って、ぼくも人のこと言えないけど。………


 女のひとは、すぐにストールを巻いてからだを隠したんだけど、川辺にいた人たちの視線が、その女のひとに集まった。おとなの女性が肌を見せること自体、このあたりではまず無いことなのだ。ぼくや、フランや、隊長たちも含めて、川辺にいたみんなが、びっくりしてしまっていた、と思う。


 だんなさんは、そんなこと、ぜんぜん気付いていない感じで、荷物からタバコを取り出してそれを口にくわえて、ライターでも探してるのか、そのままカバンの中をしばらく覗き込んでいた。


 いったい何歳くらいなのか、ぼくには分からなかったけど、その女のひとは、ひとことで言うと「おとなの女性」だった。腰のところも横にしっかりと張り出してて、それがウェストのくびれを際立たせてる。胸も、やっぱり「おとな」で、大きくて、豊かで、………ぼくは、おかあさんのことを思い出して、何だか、少しだけ、苦しい気持ちになってしまった。ぼくは、ううん「わたし」は、


 もう、あんなふうには、なれないのだ。おかあさん、みたいには。


 女のひとは、大振りのストールをからだに巻いて川に入って行く。集まっていた周囲の視線が、自然に離れていく。いつまでも、見ている訳にもいかない。ぼくも、早くからだを洗ってしまおうと眼を離した、ちょうどそのタイミングで———


 またも、その女のひとが、今度は急に歌い出した。そして川岸の方に向きなおると、ストールを取って、その生命力に溢れる産まれたまんまのからだを、もういちど、周囲の人々の面前に晒した。


 さっきのは、われ知らず、そして今度のは、わざと、だと思う。


 周囲の視線がもう一度、その女のひとに集まる。今度は、川辺にいる人たちの怖らくは全員が、そのかがやく肌を、直視した。どういうつもりなのか? 意味が分からない。もちろん、ぼくも、その女のひとを見る。見てしまう。一瞬、静寂が、辺りを支配する。


 ———刹那。


 大きな水の音が、ぼくの背後でして、びっくりして振りかえる暇もなく、後ろから、ガッチリと羽交い締めにされた。


「動くな、………暴れたら殺す」


 低い、だけどはっきりした声で、背後の男は、ゆっくりとそう言った。ぼくは、何が起こったのか分からないまま、はだかの女のひとをもう一度見る。彼女はすでにきびすを返し、岸の方へと走っていた。


 同時に、カバンの中にライターを捜していた男のひとは、そのカバンの中から、自動装填式の突撃銃を「ずろり」と引き抜くと、うちの四輪駆動車クルマの、グリフと、ヴォルフさんに向けた。ぼくたち四人が仲間だと、分かっているみたいだった。二人とも、固まったまま動けない。完全に、虚を突かれた形———


 背後の男は、左腕一本でぼくを抱え上げていた。大人の男の、その節くれだち、骨張った腕が、脇ばらに食い込んで、その痛みからぼくはからだを捩じり、脚をバタつかせて何とか逃げようとする。でも———


 くびすじの一点が、もの凄く冷たくなって、痛いくらい、と思った瞬間、その一点が、今度は逆にもの凄く熱くなって、火傷やけどしそうなくらいの、その熱のかたまりが、肌を伝って下にこぼれて、


「ルナーッ!!」


 フランの、叫ぶ声。眼を見開いて驚くフランの表情から、ぼくは、頚に、刃物を突き付けられていることを悟る。


「動くなッ! 一歩でも近付いたら、この子の喉笛を掻き切る………」


 視界の下に白く映り込む大振りのナイフの、鋭利な刃先の、その硬さを感じる。柔らかい喉を抉って、やすやすと肉に潜り込む、凍るほどの冷たさの、非・人間的な硬さ。


 なんで? ぼくは思う。なんで、ぼくが?


 グリフは、凍り付いた表情でぼくを見たまま、瞬きできない。ヴォルフさんは、静かに突撃銃の男を見ている。


「歩け、一緒に来いッ!」


 男は、頚すじからナイフを外し、ぼくの右の二の腕を強くつかんだ。頚が自由になって下を向くと、胸とお腹の上に血が、細く、ひとすじだけ、流れるのが見えた。



 









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る