重機関銃
「グリフ、ごめん、………怪我どう?」
ルナの自動小銃を叩いた跳弾が、グリフィスの
「大丈夫だ、大したことない。ちょっと切っただけだ」
そうは言うが、押さえていた手を離すと、血液が傷口から玉のように膨らみ、溢れ出て、顔面にハラハラと落ちた。本来ならしっかりと止血するべきだったが、今は無理だった。すぐ、移動しなければならない。しかしその前に、眼に血が入らないように、せめて何かで、きつく傷口を押さえる必要があった。
グリフは、何かで巻いて縛ろうと汗拭き用の
「―――ッ!」
血が眼に入り、グリフが顔をしかめる。
「グリフっ、―――」
ルナは急いでストールを脱ぐと、それを乾いた地面に広げ、サーベルを抜いた。そしてストールの上からサーベルを地に突き立て、手早く裂いて簡易の止血帯を作った。
「グリフ、ごめん。今は、これで我慢して」
そう言ってルナは両膝で立った姿勢で、グリフの頭に布を巻いた。
「………」
グリフは黙ってルナのするのに任せる。弾雨を凌ぐ、ごく限られたスペース、しっかりと力を入れて巻かねばならず、自然と、ルナの顔が近づく。
くちびると、
くちびるが、
触れてしまったのは、
射線から身を隠すスペースが、単に狭かったからだった。不自然な姿勢で、しかし力を込めて、しっかりと巻かねばならなかった。
淡い色彩の子どものようなくちびると、
乾いて硬くひび割れた男のくちびるとが、
少しだけ触れる。
「あっ」
反発する磁石のように、ルナの顔が勢いよく離れる。
褪せた栗色の髪が、軽そうに揺れる。
「危ないぞッ!!」
グリフが素速く両肩を掴んでルナのからだを抱き寄せた。
瞬間、―――
銃弾が、揺れるルナの髪の先を、掠めて焼いた。
「アタマがフッ飛ばされるとこだぞッ!!」
その叱責の声を、グリフの胸の中で、ルナは聴く。
固くて、分厚い、戦士の胸。
低くて、からだの奥まで響く声。
ルナは、顔が熱くなるのを感じた。
そして、
「グリフ、………ごめん」
そう呟くと、下を向いたまま、静かに泣き出した。
「なんで
ガッチリと抱えていた猫っ毛のあたまを離し、グリフは訊き返した。
「だって、………」
「だって何だ?」
「だって、ぼくのせいで、………」
「ルナ」
「ぼくが、ぼくがこんなだから、………」
「ルナッ!」
強い調子に、
はっとして、
ルナはグリフの顔を見上げた。
いつもと変わらない、
若い戦士の
砂漠に落ちている石塊のように、
何も変わらない。
いつもと同じ、眼。
いつもと同じ、肌。
いつもと同じ、くちびる。
そして、
いつもと同じ、
涙でべしょべしょに濡れた、
子どもみたいな泣き顔が、
はずかしい。
そして、
唐突に、
グリフは言った。語り、始めた。
「銃で撃たれると、痛い」
意外な言葉。
グリフらしくない、弱い言葉。
「敵と戦うのは、怖い」
さらに意外な言葉。
思わず、言葉が口を突いて出る。
「グリフでも?」
「そうだ、そして、人を殺すのは、―――」
人を殺すのは、―――
はっと息を飲んで、
ルナは眼をまるく見開き、
「人を殺すのは、苦しい―――」
苦しい―――
人を殺すのは、苦しい―――
瞬きを止めた眼から、
涙があふれて、まるい頬を転がり落ちた。
「だけど」
「だけど、………?」
かすれた小さな声で、懸命に、ルナは訊き返す。
そして、
「神が、俺たちを見ている」
確かに、言った。はっきり、そう言った。
神さまが、ぼくたちを、見ている。
「怖い時も、キツイ時も、もうダメだと思う時も、泣きそうな時も、神が、俺たちを見ている。だから、安心して、何も心配せずに、俺たちは戦えばいいんだ。………」
言い終わると、グリフは少し照れくさそうに顔を
「神さまが、ぼくたちを、いつも、………」
すべてを映す、一対の鏡のような眼差しで、
熱に浮かされたように、
ルナはそう呟いた。そして、―――
見ていてくれてる!
一瞬、
視界のすべてが白く光り、
その
と、その時、―――
激しい銃声が、それを遮った。
それまでとは完全に異質の、圧倒的な破壊力と貫通力とを内包した、重たい射撃音。
「機銃だッ!!———」
トラビスの声が、二人を一気に現実へと引き戻した。軍用車輌が揺れる程の衝撃。発射するときの音も、着弾する時の音も、自動小銃とは全く違っていた。
ブローニングM2重機関銃、———
十二.七ミリ欧州規格弾を一分間に六〇〇発も連続して射撃できるベルト給弾方式の機関銃で、世界中に最も多く出回っている、重機関銃の、正に完成形とでも言うべき火器だった。
射程は一〇〇〇から二〇〇〇メートル、対空射撃にも使用可能なシロモノを、わずか数十メートルの至近距離から使用しているのだ。一分を待たずして軍用車輌など粉々に砕け散るのは明白だった。早く離脱する必要があったが、今はもう、それは難しかった。
空耳、
だったろうか?
そんな頭蓋を叩くほどの激しい射撃音の中、
単発の、
狙撃銃の射撃音が、
微かに、
遠く、
聞こえたような気がした。
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