輪転動作


「包囲を破って、脱出する」


 隊長のトラビスはそう宣言した。


「はい」


 フランチェスカ、そしてルナが、緊張した表情で声を揃える。これは、すでに訓練などでは無い。戦争、だった。しかも、かなり不利な状況での、それ。


 グリフは、右手に自動小銃、左手に予備のマガジンを二つ掴むと、窓際に身を寄せ、縁から外を睨んだ。指示など無くても、今何をすべきか、知っているのだ。


「外に一人ずつ飛び出し、車輌に身を隠しながら疾走はしり、俺たちの四駆クルマの停めてある場所まで移動する。まず、俺が行く、合図をしたらいて来い、分かったな?」


「でも盾が、………」


 フランが、不安そうな声で言った。


 無理もなかった。ダインスレイヴのサーベル部隊の装備には、弾避けのための小盾が含まれており、敵の弾雨を掻い潜って移動するために必要不可欠だった。そしてその盾は、四駆クルマに積みっ放しの背嚢に、括り付けてあった。


「ぐすぐずしてるヒマは無い、機銃を持って来られたらこんなバラック、すぐに蜂の巣にされちまう、それに火でも掛けられたら一発でアウトだ、すぐに脱出する必要がある、状況は、一秒経つごとに、どんどん悪くなって行く、分かるか?」


 トラビスの言うとおりだった。安全を担保する、そんな時間のゆとりは無い。生存率は、今こうしている間にも、ゼロに向かって急激に下がり続けているのだ。


「所どころに停めてある軍用車輌伝いに移動する、輪転りんてんを繰り返して銃撃をかわしながら行くんだ、高く跳び上がるなよ、撃たれるぞ、低く、速く転がるんだ」


 輪転、―――ダインスレイヴに特徴的な移動方法だった。先のウェールズ侵攻の時に野戦に用いられるようになったもので、彼等が敵の機銃掃射を掻い潜って塹壕に殺到できたのは、これが利したことによる。


「行くぞ!………グリフ、頼む」


 しかし、最初に発砲したのはフランチェスカだった。続け様に三発撃つ。素速く流れるようなリロード、十三歳の少女とは思えない。眼つきと、ライフルを構えるその佇まいは、完全にベテランの狙撃兵のそれだった。


 武装解除したはずの相手からの予期せぬ銃撃に、包囲した側の注意が一瞬、銃声のした方向に集まる、———その間隙を突いて、トラビスがバラックから猛然と走り出た。


 肉食獣じみた、動きとスピード。


 バラックの出口から直近の駐車車輌まで約二十メートル、大きなピッチで、地を噛むような力強さで走り出て、すぐに二回転、ショットガンを手にしたまま前方に転がった。転がり切って二本の脚で地を踏み締めた時には、すでに駐めてあった車輌の陰だった。


 この間、約一秒半、———ちょっと見えないくらいの速さだった。


「輪転」———それは、全力で走って行って、その速度のままに前方に飛び込み、もしサーベルを持っているなら、そのサーベルの切っ尖から着地し、そのまま順に、刃、拳、肘、肩、背、腰、そして足を、車輪のトレッドのように使って、円を描くように、車輪が転がるように、回るのだ。


 一回目は回転するその「輪」を大きめに保持して回り、二回目は、身体を縮めてその輪を小さくして回る。三回目は、身体をさらに固く縮め、団子虫のように小さく回るのだ。この時はサーベルでは接地せず、肘、から入る。


 こうする事で、速度を殺さずに素速く回転することができるのだ。


「来いッ!!」


 ショットガンを派手にブッ放しながら、トラビスが指示を出す。


「ルナッ!!」


 フランチェスカが銃を手にルナの肩先を引いた。一緒に行こう、という合図だ。


 グリフィスが自動小銃で援護射撃する中、そのけたたましい破裂音に背中を叩かれて、弾かれたように二人は走り出した。


 トラビスはすでに次の車輌に向かって走り出しており、グリフの自動小銃での援護射撃と相まって、ルナとフランは無事、最初の車輌まで転がり着くことができた。隊長のトラビスよりも身軽で、素速い身のこなしだった。


「ルナは援護! グリフと一緒に来い! フランッ、お前はこっちだ、来いッ!!」


 間髪を入れずに、次の指示が飛ぶ。落ち着いている場合では無かった。弾幕を防いでくれる車輌の陰も、安全なのはほんの数秒、ほっとしてその場に居着いてしまえば、立ちどころに機銃掃射に晒され、蜂の巣にされてしまう。


 だけじゃない。


 榴弾を、投げ込まれてしまう。或いは、後ろに、回り込まれてしまう。


「フランッ、早く来いッ!」


 トラビスが怒鳴る。グリフが、バラックから脱出する番だった。一台の車輌の陰に三人は多い。それに


「ルナは援護ッ!」


 自動小銃が沈黙するのは援護上不利、援護射撃はルナがするべきだった。


「じゃあな、ルナ、派手に撃ちまくれ!」


 命知らずな思い切りの良さで、痩躯の少女は、弾幕の中に走り出た。


 同時に、


 グリフィスが小屋からスタート、ルナは自動小銃の安全装置を外すと、顔を上げ、正面に向かって銃を構え、その銃床を小さな肩に押し付け、歯を喰いしばって引き鉄を引いた。習ったとおりの動作、夢中だった。


 しかし、相手方の弾丸が、その連続する弾痕が、数メートル先の砂地から、ルナのいる車輌のボンネットへと、蛇のように、うねりながら流れて来て、その上に銃を構えていたルナは、立ちどころにその自動小銃を、弾き飛ばされてしまう。


 鼓膜をくような、硬質な金属音が、捩れながら、虚空に向かって、高く伸びてゆく。


「あっ! くっ、………」


 片眼をきつく瞑って耐えるルナ。手こそ銃から離さなかったものの、身体ごと後ろに持って行かれ、倒れそうになってしまう。


 そこに、グリフィスが文字どおり転がり込んで来た。


「グリフ、………」


 ほっとしたように、ルナはグリフを振り返る、が、次の瞬間、


「あっ、———」


 輪転動作から着地し、低くしゃがんだ姿勢のまま、グリフは下を向き、額を押さえている。


 そして、その押さえた指の間から、赤黒く、血液が流れ出てきた。


 ルナは、顔が冷たくなるのを感じた。自動小銃を弾き飛ばした、その跳弾が、グリフの顔面に当たったのに違い無かった。


「ごめんっ! グリフ、ごめん、………大丈夫?」


 な、訳が無かった。もっと、しっかり銃を把持していれば、………


「額をカスっただけだ、大丈夫」


 しかしグリフはそう言って、少しだけ、笑って見せた。


(ぼくのせいだ。………)


 しかし、ルナは黙ったまま、その笑みに応えることは、できなかった。

















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