8―4 ディー・ヴァール 選択
「夜月ーっ!」
香輝が叫んだ。力の限りダッシュして奇左衛門を殴り飛ばす。だが、一歩遅い。
夜月は立っていた。真っ直ぐに。愛鐘に抱きしめられて。
「愛鐘。なぜ私を庇う。お前の希望を潰した女だぞ」
愛鐘は血と共に声を吐き出した。
「たった今、君は言ったじゃないか。私は地球人だ、と。地球人が地球人を救うのに理由が必要なのか? 力は争う為じゃなく、守る為に使うべきだ」
「今さらきれいごとを言うつもりか? 愛鐘」夜月の目は穏やかだった。「だが、正しい。私にはそう思える」
「君は本当に賢い。そして、強い。だからこそ、託されたのかもしれないな」
愛鐘は夜月を抱きしめた姿勢のまま、ずるずると床に崩れ落ちていく。
「託す? 何をだ」
「希望を乗せて新天地を目指す方舟は、目的地の側から見れば侵略者だ」愛鐘は口元に小さな笑みを浮かべた。「それが分かっていたから、こうして真実を知らせる仕組みを用意したんじゃないだろうか」
「なんの為に」
「迷ったんだと思うよ、地球に方舟を送り出したネフェラティの人たちは。侵略してでもネフェラティの再興を目指すのか、あるいは滅びを選ぶのか」愛鐘の声にはもう、力がない。途切れそうな呼吸とともに声を絞り出している。「君たち自身が決めろ。そういう問いかけじゃないだろうか」
夜月は、ゆっくりと首を振った。
「選択肢なら、もう一つあるじゃないか」
手のひらを自分の腹にそっと添えた夜月に、愛鐘は最高の笑顔を見せた。
「夜月、会えてよかった」
「お別れみたいな事を言うんだな、愛鐘」
口元に微かな笑みを浮かべた夜月の声はとても静かだった。だが、その瞳は深く潤んで揺れていた。
愛鐘は眠るように瞼を閉じた。夜月は愛鐘をそっと床に横たえてジンを見上げた。
――ニヒト! グリュックリヒ トラウリヒ ヴィーゾ? カイネ・アーヌン……トリスト
ジンの顔は、めまぐるしく表情を変えている。怒り、喜び、悲しみ、疑い、混乱……そして
――
ドーム内壁の照明が、モザイクのようなデジタルノイズ状に乱れ始めた。
夜月はもう一度跳躍してジンの首を切り飛ばした。
「……さすがだな、夜月」
香輝が呟いたのと同時にドームは闇に包まれた。落下したジンの残骸が放つ僅かな光と、CRのメンバーが手にしている銃のライトを除いて。
「あーっ! リミ、リミ!」
突然、叫び声が聞えた。奇左衛門だ。床の上で上体を起こし、手に持っていた銃をいきなり乱射した。
「ちょ、なんだよキザ姉さん。俺に殴られておかしくなったのか?」
奇左衛門は銃を持っていない方の手を前に伸ばした。それは何かを求めるように激しく震えていた。そして、再び床に倒れた。
「打ち所が悪かったんちゃうか」
海王が、そーっと奇左衛門に近づいた。ゾンダーゾルダートの兵士たちは命令待ちなのか、動かない。
あと数メートルに海王が迫ったところで、奇左衛門は唐突にぴょこんと立ち上がり、高笑いを始めた。
「あーっはっはっはあ。行け、我が
愛鐘というリーダーを失った上に、ガルヴァキスと違って闇の中では視界の利かないCRのメンバーたちは、混乱した様子でライトの付いた銃を振り回しているが、その光は次々に消えていった。
「わけ分からんな。オバハン、大丈夫か?」
「何がだね、海王ちゃん」
「何が、やあるかいな。まあええわ。ところで、なんであんたらが暗闇で敵が見えんねん」
「ボクのマルチセンサー暗視ゴーグルの効果だよ、海王」
闇の中で忍夢が親指を立てているのが、夜目の利くガルヴァキスたちにははっきりと見えた。
「おいおい。お前、完全に敵になったんだな」
いつものごとく病み上がりのように頬のこけた顔で、うんざりしたように恋音が言う。
「そうだね。ボクは裏切り者だ」
「ふふふふふ。まあ、そういうわけだ」口の端から流れ出る赤い液体を手で拭いながら、奇左衛門が笑った。「思いがけず照明が落ちたおかげで、国賊CRは片付いた。次はお前たちだ、ガルヴァキス。もはや、闇はお前たちのアドヴァンテージとはならない。コイツらの全力の戦闘を見せてやる。覚悟シロナガスクジラ!」
フル・ブースト! という奇左衛門の声に応えてゾンダーゾルダートの兵士たちがガクガクと身を震わせた。闘気が爆発的に湧き上がる。
「ちょ……ヤバいんちゃうか」
海王は頬をこわばらせながら干しイカを何本も口に入れた。
ゾンダーゾルダートの極限強化廃人兵が一斉に動いた。だが。
「え……」
奇左衛門は、ぽかーんと口を開いて絶句した。兵士たちは激しく同士討ちをしている。
「ボクのマルチセンサー暗視ゴーグルはね、赤外線、熱源及び動体探知、レーザー、超音波など、様々な手段を使って収集した周囲の情報を統合して映像及び音声として使用者に与える。でも、もう一つの使い方があるんだよ」
「ありもしないものを見せて惑わす、よね、忍夢ちゃん」
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