8―3 イヒ・ビン…… 私は、
「香輝、か」つまらなそうに愛鐘が呟いた。「どうやってここを嗅ぎつけた」
「匿名で情報がもたらされた」
「信じたのか、それを。おめでたい奴だ。また罠だったら、どうするつもりだったんだ」
「信頼できる相手からの通信だと分かるよう、目印が付けてあったのさ」
シュニッターの隊員たちがドームに入った。戦闘態勢に散って、CRと睨み合う。
「お前たちがいくら訓練されていようとも、しょせんはアルテ・メンシェン……違うな、地球人か。我々ガルヴァキスと対等に戦う事はできないぞ」
「香輝、君たちの弱点は分かっている」
強烈な光が灯った。投光器だ。シュニッターの隊員は思わず手で顔を覆った。
「夜目が利く。という事は、それと引き換えに強い光に弱いのではないか、という仮説を立てた。夜月と暮らす中で気づいた事だ。これで対等だと思うが、どうかな」
あきらかな動揺を見せて、香輝たちは防御態勢のまま動けない。
CRのメンバーは強力なライトのついた拳銃を構えた。
「GK17・Mk―Vか」恋音が目を細めて呟いた。「オプション装備取り付け用のピカティニー・レールに、純正よりもはるかに強力な5連装のタクティカル・ライトが装着されているようだな」
「おや、詳しいじゃないか」愛鐘は唇の片端を歪めた。「情報によると武器オタクは忍夢のはずなんだが」
「香輝、これでは銃口の動きを捉えられないぞ。弾道の予測が不可能になった。いつものように避けるのは難しい」
「ああ、分かってるさ恋音」香輝は眉を上げた。「さて、どうしたものかな」
シュニッターの隊員たちは動けない。
「奢ったな、宇宙人。覚悟」
愛鐘が右手を上げた。
「ちょーっとマッタケ!」
視線がドームの入り口に集中した。
「海王! お前には見張りを命じたはずだぞ」
「それどころやないで、香輝。緊急連絡が来たんや。国衛軍が全国の九院の家を一斉に襲撃しよった。強力なライトを持っとうから応戦が難しいらしいわ。それから、なんやよう分からんけど、CRとかいう組織のアジトも攻撃されとうらしい」
「だってさ」香輝は両手を開いて首を傾げた。「助けに行かなくていいのか、
「僕の名は
「俺たちの弱点をバラしておいてよく言えるな」
香輝は愛鐘を睨んだ。
「いや、軍に対しての優位性を保つ為、どこにも情報を漏らしていない。独自に調査したんだろう」
「僕のせいだ」恋音が唇をきつく結んだ。「国衛軍には、かなりの情報が渡ったと考えられる」
「ゾンダーゾルダートの兵士との会話を奇左衛門に盗み聞きされていた件か。もう気にするな、恋音。今、できる事をやろう。いずれにせよ、まずは目の前の敵を叩く」
握りしめた拳を、香輝は愛鐘に向けた。
「奇遇だね、香輝。僕も同じ考えだよ」愛鐘は車椅子に吊していた自動小銃を構えた。「僕らは全員、元、国衛軍特殊部隊だ。銃器の扱いには慣れている」
「市民を守る為に武器を手にする組織か。なるほどな、俺たちは宇宙から来た悪い侵略者というわけだ」
「自覚があって何よりだ」
CRのメンバーがシュニッターの隊員たちに向けて銃を構えた。香輝たちは眩しさに目を逸らす。
だが、先に仕掛けたのはシュニッターだった。
「
腰のスイッチに手を触れたガルヴァキスたちの瞳が、ひときわ強く赤く輝いた。
わざと静止する動作を織り交ぜて狙わせておいて他の隊員が一気に接近する。高度に練られた連係プレイだ。だが、あと一歩、届かない。CRのメンバーの動きも常人を超えていた。
「おいおい。お前らもまさか、ゾンダーゾルダートみたいに無茶な精神改造してるんじゃないだろうな」
「斬新な技術は、得てして同時発生的に起ち上がるものさ。君たちだって強化装置を開発したじゃないか」
「呼ばれて飛び込めジャンバラヤー!」
突然、響き渡った不気味に明るい声と共に、赤と黒の迷彩戦闘服を着た一団が整然と隊列を組んでドームになだれ込んできた。弾幕を張りながら突撃してくる。
もはや元ネタが分からへんでオバハン、と海王が呟いた。
「ジャンヌ・ダルクの子孫だったりしてね、の涼森奇左衛門。お呼びでなくても、即惨状」
「キザ姉さんか。タイミング最悪だな」香輝は、ふ、と笑った。「まさかとは思うが、援軍か? 愛鐘くん」
愛鐘は首を振った。
「ゾンダーゾルダートとは利害も目指すところも噛み合わない。CRのアジトも国衛軍に責められてるって、そこのピンクの髪をした凄く可愛いお嬢ちゃんが言ってたじゃないか」
そう言って自動小銃で奇左衛門に連射を浴びせた。
「おっとっと。L&PのFZ―527か。5.56mmNATO弾を30発装填したマガジンを使える。全弾撃ち尽くすとは豪勢だね。でも、ボクのキザお姉ちゃんは、やらせないよ」
奇左衛門の前に出た忍夢が、破氣で愛鐘の弾丸をすべて止めていた。
「なあ、ウチの事、可愛いって言うた? 男前のお兄さん」
腰をくねらせながら、海王は愛鐘に向かってウィンクをした。
「黙ってればね。煉獄のセイウチ=海王ちゃん」
愛鐘は海王にウィンクを返した。
「アウ、アウ……って、誰が横綱やねん。張り手でビーチボールぶっ飛ばして、飼育員のバケツからアマエビ盗み喰いしたろか」
君も意味不明だよ、と奇左衛門が呟いた。
香輝は油断なく奇左衛門を見つめた。
「どうやってここを。さっきは俺が愛鐘に訊かれたが」
「楽夢ぽんが、食人欲を感じている時のガルヴァキスの位置を探知する装置を開発したんだ。君たちは戦っている時、欲望が倍増する。それはある種の特徴的な波動となって放散される、らしい。初めての戦闘の時に君たちの波動パターンを収録させてもらった」
「なるほどね。それで俺たちの
香輝は手の甲で口を拭う仕草をした。それはサインだった。シュニッターの隊員たちは一斉に愛鐘を狙った。だが、CRたちはそんな作戦はとっくに想定ずみだったようだ。逆に愛鐘を囮にしておびきよせ、弾幕を張った。シュニッターの足が止まったところへ、ゾンター・ゾルダートが側面から猛烈な白兵戦を仕掛ける。
恋音の
各個人の戦闘力の高さを存分に活かしつつ、阿吽のチームワークで戦場を駆け巡るガルヴァキス。愛鐘の指揮の下、統率の取れた動きで組織的に攻めてくるCR。恐怖を感じる事なく破壊衝動で強引に押しまくってくるゾンダーゾルダート。
戦い方は三者三様だが戦闘力は拮抗している。三つ巴の乱戦は混迷を極めた。
夜月はジンを見上げている。母星、ネフェラティの英知がそこにある。
両足に破氣を込めて、夜月は高く跳躍した。そしてジンの左胸に、両手で握ったゲシュペンスト・デス・モンデスの鋭い
「夜月?」
下から愛鐘の声が聞こえた。
――何をする気だ、ガルヴァキスの子よ
精神波によるジンの緊迫した発話は、その場のすべての者の魂を直接、震わせた。シュニッター、CR、ゾンダーゾルダート。三つの勢力すべての戦闘の手が止まった。
「私は地球人だ」しん、と静まったドーム内に、澄み切った夜月の声が響いた。「遺伝子が異星人であろうと、策略による恋で生まれた子であったとしても。私が生まれたのは地球だ。私を産んだのは地球人の父と母だ。私が育ったのは地球だ! 地球は……私のふるさとだ」
どの陣営も、夜月を見つめたまま動かない。
重力に従い、夜月は徐々にずり落ちていった。それに伴って、手にしたゲシュペンスト・デス・モンデスの研ぎ澄まされた刃がジンを切り裂いていく。傷口から激しく吹き出す透明な液体が、雨のように周辺の草原に降り注いだ。
――
低く冷たい夜月の声が、それに答えた。
「黙れ、侵略者め」
――ヘア……
ジンを切り裂き終わった夜月が自由落下を始めた、その時。
「くそ、せっかくの力を! それさえあれば、我らはさらに強くなって老人や障害者などを愚弄する外道どもを排除できるのに」
奇左衛門は腰のホルスターから白桜・海を引き抜いた。素早くスライドを引いて夜月に狙いを定める。たとえ銃弾のコースを予測できたとしても、空中で落下の軌道を変えるのは不可能だ。銃の名手である奇左衛門なら、防御型の破氣を使えない夜月の急所を一発で打ち抜くのは容易い。
夜月の足が床に接触する寸前に引き金が引かれた。乾いた破裂音が、ドーム内に金属的な残響を広げた。
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