第2話 運命

 ――ルミリ・レンヴェルは魔術師の名門の生まれである。

 元の性はウォルグスであったが、彼女は家を出ると共に姓を変えた。

 レンヴェルは母の旧姓であり、魔術師として活動するならばそちらの方がいいと考えたのだ。

 所属しているアルクレスト魔術協会は『魔術の祖』と呼ばれているオルミス・アルクレストから付けられており、魔術師のほとんどはこの協会に属している。

 この魔術協会において、『頂点』とされる魔術師は七人――『七帝星』と呼ばれ、魔術師となったからにはこの座は誰もが一度は夢に見ることだ。

 その一席が空き、空席となった場所に――新たな『七帝星』を一人、決めることになった。


「――その候補者の一人に私が選ばれたってわけ。そもそも、『七帝星』の空席ができるなんて滅多なことでは起こらない。これは千載一遇の好機――これを逃せば、魔術師の頂点に立つことはできないのよ」

「……それがどうして、先ほどのような行為に繋がるんですか」


 一層、警戒を強めるような様子を見せてシルエッタは言った。

 ルミリが魔術師の頂点を目指している――その点については理解できたのだろうが、口づけをする理由にはならない。


「私とキスをして何か気付いたこと、ある?」

「……は、キ、キスの感想ってことですか!?」

「聞き方が悪かったわね。まあ、感想については後で聞いてもいいけど、身体がだるいとかそういうこと」

「……? 特にそのような感覚は――言われてみると、少し魔力が減ったような……?」

「それよ! まさに私が必要としたもの!」

「……どういうことです?」


 シルエッタはますます、意味が分からないといった様子だ。


「あなたの魔力はね、私が奪い取ったの」

「! 『魔力吸収』ですか。つまり、私の魔力が目当てで?」

「簡単に言えばそういうことね。正確に言えば、『魔力吸収』ではなく『魔力吸引』。魔術師が使うものとは違って天然のものよ」

「天然……?」

「そう。私――『淫魔』の血が流れているのよ」

「! 淫魔――低級魔族と呼ばれている、あの?」


 ――淫魔自体はよく知られた存在だ。

 他人から魔力を奪うことで生きていく者達。

 逆に言えば他人に依存しなければ生きていくことができない。


「淫魔は魔力を他人から奪う能力がある反面、魔力の回復に時間がかかるの。私は隔世遺伝――母方の方から受け継いだものみたいだけど、魔力の回復時間が常人の十倍以上はかかるのよ。これって、魔術師としては致命的でしょう?」

「……確かに、その通りです」


 魔術を行使するためには魔力が必要だ――魔力は時間が経てば自然と回復するものであるが、ルミリにとってはそれが非常に遅い。

 欠陥魔術師と言っても過言ではない。


「それをカバーするために、私は色んな娼館を渡り歩いたわ」

「……!? しょ、娼館って……」

「だって、そうでしょう。お金を払って手っ取り早くキスをさせてくれる場所なんて早々ないもの。でも、魔力を奪う行為は当然、奪われた側が体調を崩す場合もあること。色んなところで出禁になってしまったわけ。そうなると――魔力を分けてもらっても問題ない相手を捜さないといけなくなるわけで」

「――それが私だった、と」

「そういうこと」


 シルエッタはようやく、買われた意味を理解したようだ。

『魔力吸引』――他人から魔力を奪うのは、確かに負担のかかる行為だろう。

 だが、エルフはそもそも魔力の総量に長けた種族であり――それは人と比べても明らかに上だ。

 ルミリが常人の十倍以上、回復に時間がかかるとしても――エルフは常人の十倍どころか、多いものでは五十倍近くの魔力総量を誇る。

 シルエッタもまた――エルフの中では魔力総量が桁違いに多く、ルミリに吸われたと言われてようやく気付くレベルだ。


「さっきの口づけで結構もらったつもりなのに、全然堪えてないから。まさに運命――私にとって、あなたは必要な存在なの」


 ルミリはシルエッタの手を取る。

 だが、シルエッタにとっては――受け入れられるものではなく。


「……結局、魔力を奪うために買った、と。どういう理由をつけたとしても、奴隷を買うような人間はみな同じです」

「もちろん、否定しないわ。でも――あなたに拒否する権利もない。だって、私があなたを買ったんだから」


 ――ルミリとて、シルエッタに無理やり理解してもらおうとは思っていない。


「これからよろしくね」

「……」


 ルミリの言葉に、シルエッタは答えない――こうして、二人の生活は始まった。

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