淫魔の血を継ぐ少女、魔術師の頂点に立つために奴隷エルフを買う

笹塔五郎

第1話 役目は単純

 美しい長い金髪に白く美しい肌――そして、尖った耳。

 目の前にいるのは長命種としても有名なエルフだ。

 首輪を着けられ、手枷で自由を奪われた彼女は――鋭い視線を目の前の少女に向けている。

 薄い布だけを着ているような状態のエルフとは違い、黒を基調とした厚手のローブに身を包んだ少女は、一枚の紙に目を通していた。


「子供のエルフを誘拐した貴族やその従者を殺害――結果、手配されて捕らえられて奴隷に、ね」

「……私を魔術の実験にでも使うつもりですか?」

「何でそういう発想に――って、確かにこの部屋を見るとそうよね」


 少女は魔術師――として、ここは彼女の工房だ。

 薬草の類や薬品、魔物の素材といった物が並んでいる。

 慣れない人間がこの部屋に入ると、それだけで気分が悪くなる可能性はある。


「まずは改めて――自己紹介をしましょう。私はルミリ・レンヴェル、ご覧の通り魔術師よ」

「……」


 少女――ルミリに対して、エルフは相変わらず睨むような視線を向けたままだ。

 当然、彼女からすれば奴隷として買われ、これから何をされるか分からないという状況だ。

 警戒しない方がおかしいだろう。

 どちらかと言えば、怯える者の方が多いだろう――特に魔術師。

 魔術師が奴隷を買うとなれば、魔術の実験に利用すると考える者も少なくはない。

 実際、そういうことをやっている者もいると聞く。

 ルミリはそんなつもりで買ったわけではないのだが。


「名前くらいは教えてくれてもいいじゃない――って言っても、名前はここに書いてあるけど。シルエッタ、いい名前ね」


 エルフには姓がないようで、記載があるのは名前だけだ。

 年齢は正確には不明らしいが、エルフとしてはまだ若く――五十年も生きていないだろう、とのこと。

 噂によれば、千年近く生きるエルフもいると聞く。

 見た目的には確かに少女であり、ルミリと同じくらいに見えた。


「気安く呼ばないでもらえますか?」


 シルエッタはこの状況においても、強気の態度を崩さない。

 奴隷によってはもちろん、売り出す前に言葉遣いなどを矯正される場合もあるとのことだが――何分、エルフは希少種でもある。

 ルミリも本物を見るのは初めてで、簡単に手に入る代物ではない。

 当然、ルミリとしてもかなりの財産を失うことになったのだが――そこは別に気にしていない。


「やっぱり、あなたを買った理由が気になるわよね。まあ、口で説明するよりも実践した方が早いか」


 ルミリはそう言うと、腰掛けていた椅子から立ち上がり――床に座り込んでいたシルエッタへと近づく。

 彼女はわずかに後退るが、気丈な態度は変わらない。

 そんな彼女の前で膝をついて、頬に触れる。

 奴隷の首輪は主に対して危害が加えられないようになっている――そうでなければ、今にも噛みつかれそうな感じだった。


「あなたを買ったのはね、こうするためよ」


 ルミリはそのまま――シルエッタの顎を少し持ち上げるようにして、口づけをかわした。


「……? ……!?」


 シルエッタは驚きに目を見開き、一瞬固まった。

 だが、すぐに抵抗するような素振りを見せる。

 ルミリを押しのけようとするが、その力は制限されていて弱々しいもので――


「ん、ぅ……!」


 シルエッタの、少し艶のある声が漏れた。

 ルミリは舌を絡ませるようにして、より口づけは濃厚なものになっていく。

 互いの唾液が交わり、無理やり口をこじ開けられて――呼吸も苦しいものになる。

 シルエッタにとっては長い時間だったのかもしれないが、実際には十数秒程度か。

 ルミリが唇を離すと、糸のように引いた唾液が垂れた。


「……はっ、な、何をするんですか……!?」


 頬を朱色に染めて、動揺した様子のシルエッタが声を上げた。


「何って、今やった通りよ」

「だ、だから、どうして、その、キ、キスをする必要が……」


 シルエッタの態度に対して、ルミリはむしろ――嬉しそうな表情を浮かべる。


「なるほど、やっぱり見立て通り――あなたなら問題なさそうね」

「……?」


 状況が理解できていないだろうシルエッタに対し、ルミリは言い放つ。


「あなたの役目は単純――私と口づけをすることよ。そのために、あなたを買ったんだもの」

「……全く、意味が分かりません……!」


 ――シルエッタはもはや、どういう感情でいればいいのか分からないといった様子だ。

 ただ、ぽつりと「は、初めてだったのに」という小さな声が聞こえたので、それは少し申し訳ない気持ちになった。

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