調査の開始
ヘレンのアパートは、彼女の存在を消し去ろうとするかのように、既に別の入居者の荷物で埋まりつつあった。リーナは管理人から借りた合鍵で部屋に入り、MEU測定器を慎重に操作しながら、残された痕跡を探っていた。
測定器の画面には、通常ではありえない魔力の残留波形が表示される。それは空間の極端な歪みを示す特徴的なパターンで、まるで部屋の一部が異次元に接続されていたかのようだった。
机の引き出しには、マジテック社の全自動魔法杖に関する新聞記事の切り抜きが整然と収められている。その横には、彼女自身のメモ帳。最後のページには、走り書きで「深夜のメンテナンス室」「小さな声」「交代シフト?」という断片的な文字に加え、詳細な魔力測定値が記録されていた。
「やはり、何かを見つけてしまったのね」リーナは小声で呟いた。
突然、背後で床板が軋む音。リーナが振り返ると、そこにはエレノアが立っていた。老魔法使いの表情には、深い疲労の色が刻まれている。そして彼女の周りには、微細な魔力の防護膜が張られていた。
「ここは一時的に安全よ。でも、長くは話せない」エレノアは複雑な封印魔法を部屋に展開しながら言った。「あの子が見たものは、私たちの最大の過ちの結果」
エレノアは古い革のバッグから、黄ばんだ研究ノートを取り出した。表紙には「極小化プロジェクト:第一期実験報告」と記されている。ノートの端には「機密」の文字と、若かりし日のマーカス・ブライトのサインが残されていた。
「15年前、私たちは魔力による空間制御で人体の極小化に成功した」エレノアの声は震えていた。「人間を、わずか数センチメートルまで縮小できる技術。当初は医療目的だったの。微細な手術を可能にするために」
リーナはノートのページを繰った。詳細な実験データ、成功例と失敗例の記録。そこには、被験者の脳波パターンや魔力感応性の変化が緻密に記録されていた。特に注目を引いたのは、「被験者M」に関する特異な記録だった。
「被験者Mは極小化状態で異常な知性の向上を示した」とノートには記されている。「通常の人間の処理能力を超える計算速度、そして何より、他者を極小化する能力の獲得。しかし、元のサイズへの復帰実験は...」
そのページの続きは破り取られていた。
「マーカス・ブライト」エレノアは窓の外を警戒するように見やりながら続けた。「彼は、この技術を別の目的で使おうとした。そして、被験者Mは...」
その時、通りを走る車の音が聞こえた。エレノアは急いでノートを収納し、リーナの手を取った。MEU測定器が突然、激しい警告音を発し始める。
「もう時間がない。このノートを安全な場所に」そう言いかけたエレノアの言葉は、突然の魔力の波動によって遮られた。
部屋の空気が歪み、異様な重圧が二人を包み込む。エレノアは素早く防御の魔法陣を展開したが、その瞬間、窓ガラスが内側から凍結し始めた。
「リーナ、聞きなさい」エレノアは必死の声で言った。「工場の地下、古い非常口から...そこで真実を...マーカスの正体を...」
氷の結晶が部屋中を覆い尽くす。リーナは最後の力を振り絞って、研究ノートを自身の空間魔法で隠匿した。MEU測定器は、人体の極小化に特徴的な魔力波形を記録している。次の瞬間、エレノアの姿が氷の壁の向こうに消えていった。
氷が溶けた時、部屋には誰もいなかった。床に残されたのは、エレノアの杖と、一枚の地図。そこには工場の設計図が描かれ、赤い印が一箇所打たれていた。地図の余白には、微細な文字で魔力測定値と注意書きが記されている。
リーナは震える手で地図を広げた。マジテック社の工場敷地の隅。使われなくなった非常口の位置が、特殊な魔力インクで示されている。そして、その近くには暗号化された書き込み。「M=最初の被験者、真の姿を...」
その夜、リーナは自室で収集した情報を整理していた。極小化技術、全自動魔法杖の不自然な完璧さ、失踪する魔法使いたち、そしてマーカスの異常な性質。それらの断片が、恐るべき真実へと繋がり始めていた。
窓の外では、満月が不吉な光を放っている。明日、彼女は工場に潜入する。そこには、この狂気の真相が隠されているはずだ。そして、マーカス・ブライトの本当の姿も。
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