夕日とはんぺん怪獣 #2

 竜ヶ森あおい。整った顔立ちに艶やかな黒髪。

学年でも成績がトップクラスに良くて、クラスメイトからの人望も厚い。学校一の美少女とも言われている一年生だ。


怪獣でトリップをするカコでも、さすがに一般的な醜美の感覚は持ち合わせている。むしろ現代美術とセンスの近い一期怪獣に長く触れているため、怪獣に興味がない一般人より審美眼は磨かれている節があった。


(わたしは竜々森さんに劣等感を感じている…わけではない。

岡本太郎も言っている。マイナス面が大きければ大きいほど、逆にそれと反対の最高に膨れ上がったものを自分に感じる。谷深ければ山は高い、と。)


学期始めの席替えで隣同士になった。以来、カコは隣の美形をチラ見しつつ、意味不明な持論を頭の中でこねくり回しながら退屈な午後の授業をやり過ごすようになった。


はい乙さん、この問題解いてみて。と、教師の声。チッ、いいところで思索を中断させやがって。カコは内心舌打ちした。だが、そんな態度はおくびにも出さず「…はい」素直に応じると席を立つ。


危なげなく出題された問題を解き終え、カコは自分の席に戻る。


(……ん? )

カコは、ふと自分の机に違和感を覚えた。

椅子にひっかけたカーディガン、筆記用具、ノートには授業の数式と怪獣の落書き、席を立つ前と配置は何も変わっていない。

(て、手紙…? )


よく見るとルーズリーフの切れ端を丁寧に折り畳んだ手紙が机の上にちょこんと置かれていた。

生徒が授業中に教師の目を盗んでクラスメイトとやり取りする、アレだ。

授業が始まると3分で自分の世界にトリップするカコとはあまり縁のない、紙切れ。


怪訝な表情で折り畳まれていた手紙を開き、読む。文面はどシンプルに一言。〈おいしそう〉


(……)

カコは、怪訝な表情でチラと、あおいを盗み見た。

(…しーっ)

カコが手紙に目を通す一挙手一投足を見守っていたのだろう。あおいはカコがチラと向けた視線に、口元に指を当てたウインクで答える。


(……一軍の人は…苦手だ。 何を考えているのか…さっぱりわからない……)

困惑したカコは教科書に目を落とし、真面目に授業を聞いているフリをする。


(『おいしそう』ってどういう意味?もしかして、からかわれている…のか? )


クラスメイトである泉の介護で何とか二軍の珍獣枠に収まっているカコに「適切」な対応が思いつくはずもなく…。


時は流れ、放課後になる。この日、乙カコは竜が森あおいの「本当の姿」を垣間見る事になる。


***


(ない! )

「一軍に目をつけられたらおしまいだね、多分」

(わたしの怪獣が、ない! )

「謝るなら、なるべく早い方がいいと思うよ」

(どこで落とした?記憶をたどれ…記憶を…)

「竜ヶ森さん、生徒会にも入ってるから多分いまの時間は生徒会室に――」

(昼休みに図書準備室を出る直前は間違いなくカーディガンのポケットに入れた、ということは…図書室から教室までの廊下のどこかに…)

「そういえば、あの人カレー味のお菓子が好きなんだって、お詫びにカレー味のおせんべいとか――」


放課後、カコは先刻の出来事を「お母さん」に話したら滅茶苦茶心配された。教室での立場について。こういうお節介なところが「お母さん」の「お母さん」なところだ。とカコは憎からず思っている。だが今はそれどころではない。


一週間ほど前から樹脂粘土で製作していた自作の怪獣フィギュア。頭部の造形が、思った以上の出来に仕上がった。テンションの上がったカコは自分の趣味に理解がある(と思っている)お母さんに自慢するため、チャック付きポリ袋に入れて怪獣を学校に持ち込んだ。


プレゼン(自慢)に熱が入り、五時限目の予鈴ギリギリまで粘ってしまった。それがこのトラブルを招いた。カコは自戒し、遠い目をして夕日に染まる教室の窓辺を眺める。放課後の校庭ではもうすぐ本格的な冬だと言うのに運動部が練習しているしている威勢のいいが聞こえる。


「カコ、聞いてる? 」

「はっ」

泉に肩をちょんちょんとつつかれ、カコは現実にたち帰る。

「何かっこつけて黄昏てるの。話聞いてた? 」

「お、お、思い出した…」

ガターン!と、椅子を撥ね飛ばすような勢いで突然立ち上がるカコ。


放課後の教室。グループで談笑する者、イヤホンを耳に何かの専門書を黙々と読み耽る者。机に突っ伏し動かない者、クラスメイト達はお互いを尊重し、好き勝手に過ごしていた。カコの不審な挙動も見慣れ過ぎているのか誰も気にも留めない。


「す…少し調べものがあるから、図書室の…ほ、方角に寄ってから帰るよ…」

「あっそう。じゃあ私は部活あるから先に失礼するね」

「お…おう」

(どうか誰かに見つかって壊されたり捨てられていませんように…)


カコも落とし物を見つけるため、足早に教室を去った。

必要以上に踏み込んでこない「お母さん」の距離感をいつも以上に心地よく感じながら。

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