怪獣女子きの。
釣鐘人参
夕日とはんぺん怪獣 #1
わたしを魅了してやまない幾千万もの怪獣たち。ある時はヒーローの活躍に華を添え、またある時は物語の主役として燦然とした輝きを放ち続ける。しかし、怪獣はいつも最後は倒される宿命を負っている……。
夜の部屋、彼女はしかめ面で机のある一点を凝視していた。正確にいうと机の上に鎮座するある「物体」を。
(ああッ……こんな精神状態の時に無理して作るんじゃなかった……。)
生物感を感じさせながらもどこかアンバランス、自然界の既存のどの動物とも異なる、洗練された彫像のような存在。それは怪獣と呼ばれものだ。
丸板の上の「物体」をそっと目線の高さまで持ち上げて見る。鼻先の角、左右の焦点が合っていない目、逞しい四肢、背中全体を覆う棘状の突起。長く逞しい尾。今回も渾身の一体に仕上がるはずだった。それが現実には…。
(なんだこのはんぺんのお化けぇっ!!)
彼女は怪獣フィギュアを持ったまま心の中で悶絶した。
乙カコ、彼女は怪獣好きの高校生だ。半世紀以上前に製作され、現在も毎年新作が発表され続けている某国民的ヒーロー番組に登場する怪獣。中でもファンの間では初代怪獣、或いは一期怪獣と呼ばれる一群の熱狂的なファンだった…。
***
山の端に沈みかけた夕日が廊下に長い長い影を落とす。日毎に寒さがつのり、冬の訪れを感じさせる11月のとある放課後。
部活動へ向かう自分の「個性」の数少ない理解者、お母さんを教室で見送ったあと、カコは帰り支度を整え、一人寂しく昇降口へつながる廊下を進んでいた。
校庭や音楽室からは青活動に精をだす同級生や先輩方の発する青春の音が波音のように耳をくすぐる。
(わたしは健全で充実した部活動には所属して…いない。部屋で怪獣のフィギュアを造っている方が充実しているからだ。だが、断じて不健康では…ない。先日の学校の健康診断の結果も特に問題はなかった…。)
いつもと変わらない日常の風景。いつまでも続くと錯覚を覚える。そんなありふれた時間の一幕として記憶のすみに追いやられ、いつか忘れる…はずだった。
茜さす長い廊下にさしかかる。カコはその暗がりで「彼女」を目撃した。
***
「この怪獣は一億五千万年の古生物の生き残りで、1970年の大阪万博で展示するための輸送中に発生した事故で目覚めて大阪で暴れ回った。最後には、大阪城の天守閣まで壊したんですよ。…スゴいだろ?」
昼休み、図書室の閲覧スペース。怪獣フィギュア…の生首を手のひらに早口で怪獣の来歴を捲し立てる学生と、全く聞き取れない。もしくは意味がわからないのか「はぁ」と適当に流す学生の二人組が昼食をとっていた。
早口に怪獣を語るのは当然、乙カコ。地味な髪型にノンフレームの眼鏡、制服は着崩さない。まかり間違えば、クラスの学級委員で通る風貌をしている。だが委員長ではない。クラスの学級委員は別にいる。ちなみに学業の成績は「そこそこ」だ。
弁当をつつきながらカコの怪獣トークに「うんうん」と適当な相づちを打つのは「お母さん」こと泉。
栗色のセミロングの髪に切れ長の目がトレードマーク。少しチャラい雰囲気で不良っぽい雰囲気だが、放課後は文化部で真面目で地味な青春を謳歌している。
泉はカコの中学時代からの数少ない友人の一人で、怪獣が好きすぎて日常生活に支障をきたしかけているカコの介護要員、或いはカコと周囲との衝突を回避するため、「通訳」を率先してこなしてきた。
泉にはカコへの歪んだ思いがあった。泉は、カコの「容姿が好み」だった。だからこそカコへ寄り添い、世話を焼き続けてきた。それだけだ。カコに興味はあるけど怪獣には一ミリも興味がない。そんなドライな割りきりが彼女の本質だった。
「……あの番組のクオリティーを支えた黄金コンビ、最高だよね!伝説の怪獣デザイナーと名着ぐるみ職人が作り上げたこの怪獣、今まで以上に生物感が際立って、リアルさが別次元に違う、って感じ! 」
「ほー、なるほど」
そんな泉の本心など露知らず、三日月角が生えた怪獣の頭
(のフィギュア)を愛でながらカコは語り続ける。
「この三日月角はデザイナーの彫刻家さんによると、戦国武将の黒田長政の兜からイメージしたものでその上で見上げる者に圧迫感を与えるように首が…」
「…ふぅ。ごちそうさま」
泉が箸を弁当箱に仕舞いつつわざとらしく宣言する。楽しいランチタイムはおしまい。彼女の態度は暗にそう告げていた。
「カコ、早く食べないと午後の授業遅れるよ」
その時、昼休みの終わりを告げる予鈴が天井付近のスピーカーから流れ始めた。
てきぱきと帰り支度を済ませ席を立つ泉。
カコはおろおろ狼狽え、慌ててアルミ箔を剥いておむすびを頬張ると、水筒のお茶で強引に流し込みと慌てて後を追った。
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