エピローグ "リバース・デルヴァ―"

9-1

 三ヶ月後、ある土曜の午後。

 陽人は上木とともに、瀬尾が運転する車の後部座席にいた。


 スモークガラスの外に見えるのは、活気が戻り始めた浅草の街並みだ。魔素ヴリルの活性化と懐かしの観光地が戻ってきたことが相まってか、探索者デルヴァーや観光客が入り混じっている。


「……そうか。各地の戦線でも死人、でなかったのか」


「はい。重傷者はいますが皆、生命やその後の生活に支障はありません。宵原さんが、天久優吾を手早く仕留めてくれたおかげです。本当に、感謝しています」


 隣に座る上木が、軽く頭を下げた。

 諸々はっきりした浅草寺攻略と各地の魔物モンスター鎮圧線の、結果報告をしたいと申し出があったのだ。ついでに外出を兼ねて、と言われ車を回してもらっての今である。


 移動にいちいち協会の人手を回してもらうなど、本意ではなかった。

 しかし昨今、街に出ればすぐ人だかりに囲まれ、とても公共の交通機関を利用できる状況ではない。


 車の購入も考えたが、財布と同化しつつある運転免許は、燦然と輝くペーパーゴールド。それでなくとも、車種とナンバーですぐさま特定されるのは目に見えている。


 そんなわけで移動については当面、協会の世話になることにしたのだった。


「とはいえ、肝心の天久は見つからずか。手応えはあったんだけどなあ」


「今後も捜索は続けますよ。とはいえ日本近海まで当たってこれでは、さすがにどうなるか……」


 今日に至るまで、天久優吾の遺体は回収されていない。

 公式発表では死亡としているが、協会と自衛隊が連携して秘密裏に捜索を進めているらしい。


「とはいえ天久が討たれたことが喧伝されたおかげで、EFの活動は大幅に縮小しました。散発的な抵抗は続いていますが、時間の問題でしょう」


「EFといえば、あの娘はまだダンマリかい?」


「ええ。黙秘というよりは、喋る気力がないと言ったほうが正しい気もしますがね」


 無論、ミツハのことだ。今は東京支局に拘留され、尋問が続いている。

 ルームミラー越しに、瀬尾が視線を向けてきた。


殻宮からみや美津羽みつは、戸籍上の享年は四歳。始まりの黒禍ビギニング・ネロの発生当日、両親と浅草寺に初詣に行ったきり行方不明。祖父母や親族も他界していますから、身辺から崩すことは難しいでしょう」


「天久の言ったことは本当だったわけか……」


「いずれにせよ、彼女は様々な意味で重要な証人です。じっくりいくしかないでしょうね」


 話しているうちに、目的の場所が見えてきた。

 始まりの黒禍ビギニング・ネロの被災者を弔う、共同墓地だ。


 十五年も経っているため、縁者が分からない被災者もかなりいた。揃って供養できるようにと、浅草寺で獲得した魔素ヴリルの中から各国が共同で出資し、急ごしらえで作られたのである。


 車から降りて墓地に入っても、人影はなかった。

 周りを探索者デルヴァーたちがうろついていたので、上木が人払いをしたのかもしれない。


 奥まったところにいくと、そこには墓が四つ並んでいる。

 両親と妹と、香純の墓だ。

 墓前にあるたくさんの花は先日、玲美たちが供えたものである。


「しかし、よくあちらのご両親のお許しが出ましたね。並んで墓に入るなんて」


「……浅草寺の攻略の後、あっちから連絡があってな」


 上木とともに花を供えながら、言葉を続ける。


「なんでもあの時、ご両親も香純の声を聞いたんだそうだ。彼を恨まないで、ってな。失踪届も出してなかったらしくて、共同墓地ここの話をしたら快諾してもらえた」


「さすがにもう、集団幻聴で済まされる状況ではありませんね。一体、何が起きたのか……」


「しかも日本だけなく世界中で同じ事象が発生しています。解析を続けていますが、未だに手掛かりすらありません」


「まあいいじゃねえか。感謝された以上、悪い気はしねえよ」


「そうですね。始まりの黒禍ビギニング・ネロの折に宵原さんがなにかの声を聞いたことも、間接的に証明されましたし」


 そこまで話した後、三人でしばし祈りを捧げた。

 春先の風が、静かな墓地を優しく吹き抜ける。


「話は変わりますが……宵原さんの処遇が決まりましたよ」


 腰を上げた上木が、ふと思い出したように言った。


「お、ようやくか」


「はい。声の件もあって、宵原さんは探索者協会・本部デルヴァーズ・コア直轄の保護観察対象となりました。当面の管理は日本協会われわれに委任されていますので、今の暮らしが変わることはありません」


「保護観察、ね」


 苦笑いすると、上木も笑う。


リバース迷宮ダンジョンの調査続行が条件なので、文言としてはかなり無理がありますけどね」


「つってもなあ……。出てこねえもんを調査はできねえからな」


「まあそれならそれで、我々から振れる仕事はたくさんありますから」


 浅草寺の攻略以降、リバース迷宮ダンジョンは一度も出現していなかった。


 延べ三度の攻略を経て、探索者協会デルヴァーズは地域の魔素ヴリル濃度からリバース迷宮ダンジョン発生を検知するすべを確立したらしい。

 だがそれらの技術を以てしても、リバース迷宮ダンジョンの発生は認められていない。


「ま、そのへんは任せるよ。いい加減、引きこもるのも飽きてきたしな」


「今、雄鷹さんとも話して調整しています。追ってご連絡しますよ」


 瀬尾が腕時計を見た後、すっと上木に近づいた。


「上木さん、そろそろ……」


「……ああ。すみません、予定があるので失礼します。宵原さんの車は、別で手配しますので」


「おう。忙しいところ、ありがとな」


 上木が差し出してきた右手を、しっかり握り返す。


「次お会いする時は、お酒の席にしたいものですね。雄鷹さんが、落ち着いたら一席設けると言っていましたよ」


「いつになるやらな。行くなら例の焼鳥屋にしようぜ」 


「はは、いいですね。私もそちらのほうが好みです」


「それでは、また……」


「ああ、またな」


 上木は瀬尾とともに一礼すると、墓地の入口のほうへと歩いていく。

 その背が見えなくなるまで見送った後、陽人は香純の墓の前にしゃがみ込んだ。


「……初詣の時、言ってたよな。何をお願いするの、って」


 それはきっと大した意味のない、他愛もないおしゃべりだったはずだ。

 もう決して戻らない、在りし日の欠片。


「思い出したよ、あの時の祈り……“自分だけじゃなくて、誰かの幸せのためにも生きられますように”」


 結婚を前にして、香純や子供のことも考えなくては、と思い立っての願いだった。

 あの日、妹に言われたことは、図らずも当たっていたのだ。


「ちょっと遅くなっちまったが……少しずつ、叶えてみるよ」


 声はもう聞こえない。それでも、前に進むことはできる。

 陽人は立ち上がると、並び立つ墓を背にして、歩き出した。


*――*――*――*――*――*


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

お気に召しましたらフォロー、☆評価、応援いただけると励みになります。


近況ノートでも書きましたが、更新スケジュールを少し変更します。

本日4/13(日)、18:20に39話を更新して第一部が完結です。


あと少し短くなったので、第一部の幕間を4/15(火)と4/17(木)に更新します。


それと……ご好評頂けているので、第二部も書きます!

4/19(土) 18:20~開始です。こちらもお楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る