8-5

 視界が白から戻った時――。陽人は、浅草寺の本堂前にいた。

 空は穏やかに晴れ渡っている。ちょうど日の出の時刻なのか、東から射す光がやけに眩しい。


 目の前にそびえる本堂は、かつて見た時のままだった。

 香炉も、五重塔も、まわりの建物も、傷ひとつついてはいない。


「すっごい、元通りになってる……?」


 聞こえた声に振り向けば、そこには玲美とロズ、カーチャがいた。皆、姿を隠していただけあって怪我はなさそうだ。

 シャトは充電が尽きたかダメージをもらったか、玲美に抱えられている。


「最初から壊れてなんてなかったのさ。ずっと……嫌な夢を見てたんだよ、浅草寺ここは」


 そこまで言った時。

 身体から力が抜けた。膝から崩れ落ちるように、その場にへたり込む。


「ちょっ、陽人さん⁉」


「大丈夫ですかっ⁉ 今、回復魔法を……!」


「おいおい、ここまできてくたばる気か⁉」


 三者三様の言葉をかけてくる女性陣に、微笑みを向ける。


「あ~大丈夫だ、ちょっと疲れただけだから」


「疲れた、って……。今までそんなこと、一度もなかったじゃないですか」


「<夜纏業鎧あれ>、使うとめっちゃ疲れんだよ。しかも使うごとにキツくなってる気がするんだわ」


「フン、なるほどな。だから長篠でも使うのを渋った、ってわけか」


「その場は楽なんだけどな。後がこうなっちまって、数日まともに動けねえ」


 なんとか座り直すと、ロズが光の羽の回復魔法をかけてくれる。


 その時。

 玲美の横で横たわっていた美津羽が、もぞもぞと動いた。

 ゆっくりと身を起こし、あたりをきょろきょろと見まわす。


「っ……くっ……ゆう、ご?」


「おう、お目覚めか」


 微笑む陽人と、周囲の景色を見て、何が起きたのか察したらしい。

 途端、鱗甲の縛めの中でじたばたと動き出す。


「ゆうごっ……ゆうごおお……っ!」


「この子、声が出てる……!」


 目を見開く玲美とは対照的に、カーチャが不機嫌そうに立ち上がった。


「チッ、うるさいな」


 言いながら、わめく美津羽の口にハンカチを押し込んだ。


「ちょっと、カーチャさんっ!」


「おとなしくしてもらうだけだ。舌を噛まれてはかなわん。こいつには聞きたいことが山ほどあるからな」


 なおもじたばたと動く美津羽を見ていると、腰のポーチの中でスマホが震えた。

 取り出してみれば、着信表示には『上木さん』と書かれている。


「……お疲れ、生きてるかい?」


『良かった、無事でしたか! 配信が切れたからどうなったかと……』


「玲美とロズ、カーチャは無事だよ。そっちはどうだ?」


『私も瀬尾も、なんとか生きてます。今しがたイギリスとロシアの部隊も、全員生存の確認が取れました』


 ふと見れば、宝蔵門のほうから数人、歩いてくる者がある。

 ロズとカーチャの取り巻き連中だろう。


『それと、雄鷹さんからも連絡がありました。各地に湧いていた魔物モンスターは、浅草寺のリバース迷宮ダンジョンの反応消失と同時に、霞のように消えたそうで』


「……そうか、そいつはよかった」


『すぐに医療班を向かわせます。それまで、そこを動かないでください』


「ああ、頼むよ」


 スマホを切ると、途端に倦怠感が押し寄せてくる。

 寝転がって医療班を待つか、などと考えた矢先。


「陽人さんっ! 配信の枠、取り直しましたっ! こっち向いてくださいっ!」


 声に振り向けば、玲美がスマホを構えていた。

 ライトからはホログラムが照らし出されており、大量のコメントが流れる。


 〈良かったシャドマ生きてたあああああああ〉

 〈配信切れたからどうなったかと思ったぜ〉

 〈お疲れ、そしてありがとう!〉

 〈シャドマ最強おあああああああ〉

 〈無事でよかったです〉

 〈あの野郎、やりやがった! マジでやりやがった!!〉


 〈牛久はだいぶ押し込まれてたが、みんな無事だぜHAHA!(#英語)〉

 〈あ~良かった無事だった! 長崎、みんな生きてますよ!〉

 〈昭島、死者なしです。ありがとう〉

 〈広島みんな無事だよおおおおお〉


 もはや目が追いつかないくらいのスピードで流れるコメントに、苦笑した後。


「みんな、ありがとう。こっちも無事だ。ちょっと疲れたけどな」


 すると普通のコメントに混じって、公式アカウントの表記が見えはじめた。


 〈★:探索者協会・本部デルヴァーズ・コア、貴殿の活躍を讃えよう(#英語)〉

 〈★:大英探索者協会デルヴァーズ・ブリテン、貴殿らの活躍に敬意を表する(#英語)〉

 〈★:全米探索者協会デルヴァーズ・アメリカ、すべての英雄たちに感謝する(#英語)〉


 〈★:独逸探索者協会デルヴァーズ・ジャーマニー、確認しました。お疲れ様〉

 〈★:帝露探索者協会デルヴァーズ・ロシア、状況確認した、感謝する(#ロシア語)〉

 〈★:中華探索者協会デルヴァーズ・チャイナ、結果について了承した(#中国語)〉


 つらつらと流れるコメントに、目を細めていると。


『……りがとう』


 不意に、声が聞こえた。


「ん? 今、なんか言ったか?」


「いえ、別に……」


 玲美がきょとんとした瞬間。


『ありがとう』

『これで、ようやく逝ける』

『あんたがた、よくやったね』

『大したもんだ』

『あなたたちのおかげです』

『私たちの分まで、頑張って』


 脳裏に、声が響き始める。

 いくつもの声が重なって聞こえてくる感覚は、鐘楼の鐘の音に似ていた。

 玲美が、ハッとした表情で空を見上げる。


「え、っ……? おじい、ちゃん?」


 ロズやカーチャもまた、周囲を見回していた。


「この声は……? 頭に直接響くような……」


「アキトが言ってたのは、こんな感じなのかもな」


 ふとコメント欄を見れば、にわかに流れが加速しつつあった。


 〈なあ、今オヤジの声聞こえた〉

 〈お母さんの声が聞こえました。他に同じ人います?〉

 〈たしかに両親の声だった、娘も知らない人の声が聞こえたって言ってる〉

 〈同じく彼女の声が聞こえた。良かった、また聞けた〉

 〈息子の声が聞こえました。ありがとう、ありがとう〉

 〈たしかに主人の声でした。本当にありがとうございました〉

 〈おとうさんのこえ、きこえたよ。シャドマ、ありがとう〉

 〈孤児院の樋口です。夫の声が聞こえました。ありがとう〉


 絶え間ない感謝のコメントが、ひっきりなしに流れ始める。


 気づけば周囲からは、魔素ヴリルの透明な光が地から溢れつつあった。

 本堂が、五重塔が、浅草の街並みが。魔素ヴリルと朝日の双方に照らされて、幻想的な煌めきに包まれている。


「すっごい魔素ヴリル……! これ、Sランクの迷宮ダンジョン並みですよ……⁉」


 玲美の声を聞きながら、なおも周囲を見回していると。


『陽人、ありがとう』


 かすかに声が聞こえた。

 懐かしい、父の声だ。


『あなたは、あなたの道を生きなさい』


 母の声が、それに続く。


『ずっと、一緒にいるからね』


 元気な妹の声は、かつてと変わらない。


『陽人、元気でね……大好きだよ』


 最後に、香純の声が聞こえた。

 なにかが頬を伝う。程なくそれが、自身の涙だと気づく。


「……ありがとう」


 空を仰いで放ったひと言が、冬の青空に溶ける。

 そんな、気がした。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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近況ノートでも書きましたが、更新スケジュールを少し変更します。

明日4/13(日)、12:20に38話、18:20に39話を更新して完結です。


あと少し短くなったので、第一部の幕間を4/15(火)と4/17(木)に更新します。


それと……ご好評頂けているので、第二部も書きます!

4/19(土) 18:20~開始です。こちらもお楽しみに。

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