第七章 最強おじさんと厄災の地

7-1

 一時間後。陽人たちはかつての都営地下鉄、蔵前駅があった場所にいた。


 面子は陽人と玲美の他は、上木と瀬尾。

 それに暫時投入の遊撃隊として東京支局に詰めていた、AランクからBランク帯の探索者デルヴァーたち。総勢、百名に近い大部隊である。


 閉鎖されて久しい駅の入口に面した江戸前通りでは、すでに探索者デルヴァーたちと大量の魔物モンスターが戦いを繰り広げている。


「やっぱり、"影付き"はいねえな」


「そのようですね。リバース迷宮ダンジョンの外には出られないのかもしれません」


 長巻を抜く陽人に、スーツ姿のまま錫杖を持った上木が応じる。

 どれもAランクからBランクに分類される種だが、リバース迷宮ダンジョンにいる影を纏った魔物モンスターの姿はない。


「参りましょう。各地の戦線が厚くなったとはいえ、長引けばこちらが不利です」


 言いながら前に出たのは瀬尾だった。

 いつものスーツ姿ではなく、忍装束しのびしょうぞくに似た黒い服を纏い、背に短い刀を負っている。唯一変わっていないのは、左手にした黒い手袋だけだ。


「……えっ、瀬尾さんも戦うんですか?」


 瀬尾の出で立ちを見た完全武装の玲美が、驚きの表情を浮かべる。


「瀬尾は元、Aランク寸前まで行った探索者デルヴァーですよ。ケガで引退しましたがね」


 上木が事も無げに言うと、瀬尾が恥ずかしげに微笑んだ。


「皆さんのように、派手な真似はできませんが……。お手伝いくらいならできるはずです」


「OK。ここをまっすぐ進めば浅草だよな?」


とばりがあるのは並木通りの手前からです。そこまで一気に行きましょう」


 上木が言うと玲美と瀬尾の他、周囲の探索者デルヴァーたちも強化魔法をかけはじめる。

 ひと通り済むと、玲美がシャトを浮かべた。出力強化のためか、腹には上木が自作した呪符が貼ってある。


「いいんですよね? 配信やっちゃって」


 少し不安げな玲美に、上木が力強く頷く。


「ええ。各地の戦線を鼓舞するためにも、お願いします」


「分かりました。それじゃあ、始めます……Thank you for Watching! 『Remiちゃんねる☆彡』の、Remiですっ!」


 玲美が言った途端、ホログラムに映されたコメント欄が一瞬で埋まる。


〈わこつぅ!〉

〈うおおおおおおお待ってたああああ〉

〈いよいよだな!〉

〈浅草寺がリバ迷宮ダンってマ?〉

〈EFの連中、出てこないけど立て籠もってんのかな〉

〈動いたな! 広島部隊、頑張ってるぜ!〉

〈昭島、押し返せてる! 負けるなよおおおお〉


「深夜のご視聴、ありがとうございますっ! 今回は日本探索者協会デルヴァーズ・ジャパン、公認! 浅草寺のリバース迷宮ダンジョンを討伐しますっ!」


〈うわマジだったんだ〉

〈いざっ、決戦だあ!〉

〈きゃ~上木さんいる!〉

〈シャドマさ~ん! ドヤ顔してえええええ〉

〈瀬尾さんのあの格好、久々に見たわ〉

〈上木さんの秘書、探索者デルヴァーだったのね〉

〈↑当時は結構有名だったんだぞ、見た目もいいし〉


「今回の鍵となるのはご存知、シャドウマスターこと宵原陽人さんですっ! では宵原さんっ、意気込みと突撃の号令をどうぞっ!」


「えっ、俺……?」


〈待ってたシャドマあああああ〉

〈シャドマさ~ん! ドヤ顔で号令して~~~~~!〉

〈↑強火勢すげえな〉

〈こんなノリだけど、今結構ピンチだよね?〉

〈一応、国滅びるかの瀬戸際だと思うんだけどw〉

〈まあシャドマだからなあ〉

〈かましたれシャドマ〉


 一瞬、上木あたりに振ろうかと思った。が、いつの間にかしっかり距離を取られてしまっている。


(たしかにここで号令をかければ、各地の戦線も鼓舞できるか……)


 観念してため息を吐くと、シャトの目を見据える。


「あ~……宵原だ。深夜までの視聴、ありがとう。あと現地の部隊は協力、感謝する」


〈うおおおおおお〉

〈長崎部隊、援軍到着! 盛り上がってますよ!〉

〈茨城牛久、優勢!〉


「浅草寺にはEFのヤツらが立て籠もってる他、魔物モンスターでいっぱいだ。一般の方々はくれぐれも近づかないでくれ」


〈EFぶっ潰せ!〉

〈なあ、これひょっとして攻略されたら家に戻れるか?〉

〈俺たちの浅草が、帰ってくる……!〉

〈元浅草住みです、故郷を取り戻してください〉


「よし、それじゃ……行くぞおおおおおおっ!」


『おおおおおおおおおおおおっ!』


 陽人の声に合わせて、探索者デルヴァーたちが一斉に吼えた。


〈突撃いいいいいいいいいいい!!〉

〈ばんざああああああああああい!!〉

〈パッパラッパパッパラッパパ~パッパパ~!〉

〈おおおおおおおおおおおおお〉

〈いけいけGOGO!〉


 ホログラムのコメント欄に、大量の文字や絵文字が乱れ飛ぶ。

 それを尻目に見ながら、ひび割れた道路を駆け出した。


「シャドウマスターだっ!」


「よし、本命が来たっ! 前列代われ、後退するぞ!」


「うお、本物だ……! 頑張っててよかった~!」


 陽人たちを見た守備隊と思しき探索者デルヴァーたちが、気勢を上げる。

 そこをひと息に通り抜け、魔物モンスターたちに肉薄した。長巻の切先に、水の流れをイメージする。


水纏すいてん針水はりみず!」


 無数の鋭い水滴が、紫の刃から放たれた。群れていた魔物モンスターのうち、火を纏っている種を片っ端から消し飛ばす。

 残りは樹がそのまま動いたような魔物モンスターと、石を組み上げて作った石人形ゴーレムだ。


 陽人は左の逆手で脇差を抜き放つと、切先に硬い金属をイメージした。すると脇差が、冷たい色をした刃に覆われていく。


金纏ごんてん迅鉄じんてつ!」


 刃が砕け散り、鋭利な破片になって樹の魔物モンスターを薙ぎ砕いた。

 一瞬で周囲の同類が打ち倒されたことに焦ったか、探索者デルヴァーたちと戦っていた石人形ゴーレムたちが逃げを打ち始める。その背を目がけて、陽人は風を纏った長巻を振るう。


木纏もくてん嵐牙らんが!」


 小さな竜巻のようになった白風が石人形ゴーレムを巻き込み、粉々に砕く。

 残るのは、大量の魔素ヴリルの欠片だけだ。

 次の瞬間、周囲から歓声が上がる。


「うおおおおおおおっ!」


「あの数を、一瞬で……?」


「影使わなくても強いのかよ!」


二重ダブル……いや、三重詠唱トリプル・キャスト⁉」


「これが基準になるなら廃業しよう……」


〈TUEEEEEEEE〉

〈シャドマ最強おああああああああ〉

〈魔法剣ならではだな、イメージ切り替えるだけで即座に撃てる〉

〈っていうか黒竜の時もそうだけど、相剋そうこくの使い方うますぎなんよ〉

〈↑ね。魔物モンスターの属性、即座に見分けてる〉

〈多重詠唱ってあんな簡単にできるものなの?〉

〈↑結構ムズイ、できないヤツは一生できない〉


〈牛久戦線の休憩地点、みんな乾いた笑い〉

〈長崎も同じくですねw〉

〈昭島、これ終わったらパン屋になるとか言ってるヤツいるわ〉

〈↑あんたらはそこで戦ってくれてるんだから偉い!〉

〈そうだぞ、自信持てよ!〉


 シャトの他、援軍の探索者デルヴァーたちが連れたドローンが映し出すホログラムに、大量のコメントが流れる。

 それを見ながら、ふたたび浅草を指して走り出す。


「さすが、お見事ですね。魔法でも負けるんじゃないかと思えてきましたよ」


 声をかけてきたのは、隣に並んできた上木だ。


「ヘッ、なんか吹っ切れてな。思いつきでやったら、意外とうまくいった」


「っていうか……なんで魔物モンスターの属性、すぐ分かるんです?」


 同じく横についてきた玲美が、訝しげに問うてくる。


「十五年で日本中、回ったからな。国内に湧く魔物モンスターの属性は全部覚えてる。それでなくても、見ればなんとなく分かるだろ?」


「いやあ、それ陽人さんだけですよ……」


 玲美のげんなりした顔を尻目に見つつ、前に立ちふさがる魔物モンスターたちに魔法を放つ。

 火を纏った長巻で巨大な金属人形を叩き斬り、火を纏うトカゲを脇差から放った水の針で屠る。

 その様に、またしても出番がなかった探索者デルヴァーたちが苦笑いを浮かべた。


「上木さ~ん、あたしたち露払いで来たんですよね~?」


「払う露、どこにあるんすか~?」


「フッ……油断するなっ! 本番は帳に入ってからだ!」


〈現場ゆっる〉

〈修羅場とは思えん笑〉

〈なんかもう、緊張感なさ過ぎて逆に心配になってきた〉

〈ばっさばっさやってるけど、あの魔物モンスターだってAランとかだよね〉

〈↑シャドマ見てると感覚マヒるよなw〉

〈まあまあ、上木さんの言うとおり本番は帳の中でしょ〉


 コメントを見つつ魔物モンスターを蹴散らして進むと、前方に大きな交差点が見えてきた。

 地下鉄浅草駅の端に位置する、駒形橋西詰の交差点だ。


 浅草寺へと続く並木通りには、空まで届かんばかりの帳が、黒に藍にと色を移ろいながら揺らめいている。

 その手前には、これまた大量の魔物モンスターたちがひしめいていた。


「交差点を確保する! そろそろ宵原さんを温存したい! 各員、気を抜くなよ……!」


 上木の声に、探索者デルヴァーたちが身構えた瞬間。


「……力天滅閃弓ヴァーチャーズ・アロー!」


 あさっての方向から飛んできた光の矢が、交差点にいる群れを直撃した。同時に多数の探索者デルヴァーたちが、残った魔物モンスターたちを掃討していく。


「は……?」


「えっ、今度は何……?」


 日本の探索者デルヴァーたちが狼狽える中。

 通りに面したビルの上から、白い全身鎧フルプレートを纏った金髪の美女が飛び降りてくる。


「イギリスの部隊、ですか」


「どうやら着いたようですね」


 笑う上木と瀬尾に応じるように、金髪の美女――ロズが陽人の前にやってきた。


大英探索者協会デルヴァーズ・ブリテンより、ロザリン・バクスター他、六十名。ただ今、まかり越しました」


 陽人は笑いながら、ロズと固い握手を交わす。


「助かるぜ。カーチャは?」


「もう来てるはずです。ほら……」


 ロズが指さすは、かつて駒形橋があったほう。

 魔物モンスターに落とされた橋のほうから、青白い光が放たれた。イギリスの探索者デルヴァーたちと交戦していた魔物モンスターたちが、次々と倒れ伏し魔素ヴリルの欠片に変わる。


 それに合わせて、寒冷地仕様を思わせる装備をした部隊が、続々と交差点へと集まってきた。その中から、マスケット銃を担いだ長身の女性が歩いてくる。


「……帝露探索者協会デルヴァーズ・ロシアよりカテリーナ・スヴェトロワ他、五十名。現着を報告する」


「ありがとな、助かるぜ」


 握手を交わす間に、交差点はほとんど制圧されていた。

 さすがにこの場に呼ばれた者たちだけあって、魔素ヴリルの取り合いをすることもなく、回復や強化魔法のかけ合いに務めている。


「さて、どうやって攻めるかですが……」


「帳の中はどうなっているか分かりません。進路だけでも決めておきましょう」


 上木と瀬尾が口を開くと、玲美がシャトを戦う者たちのほうへと飛ばす。さすがに配信を通じて作戦を聞かれるのは、都合が悪いと思ったのだろう。

 それを見届けたロズが、真っ先に口を開く。


「そも肝心のユウゴ・アマヒサは、どこにいるのでしょう。浅草寺は幼い頃に観光で行きましたが、結構広いですよ?」


「しかも武家屋敷の配信を見る限り、優吾ヤツリバース迷宮ダンジョンから出ることもできるんだろう? 背後を突かれたり、かくれんぼされたら面倒だぞ」


 その言葉に応じたカーチャも、難しい顔をする。

 だが陽人は、ゆっくりと頭を振った。


「場所なら分かってる。本堂前の広場……あいつは必ず、そこにいる」


「因縁ってやつか。いいだろう、信じよう」


「ならば雷門から正面突破が一番早いですね。宵原さんを温存しつつ、全員で魔物モンスターを倒しながら進みましょう」


「状況に応じて、アタシらが殿軍しんがりをやる。アキトとレミを進ませよう」


「いいんですか? ロズさんやカーチャさんのほうが……」


「アキト様には回復や強化の魔法が効きません。レミさんの盾が持つ防御機能が、アシストとしてもっとも効果的ですわ」


 話がまとまったことを悟ったか、周囲の探索者デルヴァーたちが陽人を見た。

 陽人は大きく深呼吸をすると、ゆっくり口を開く。


「みんな、面倒かけてすまねえ……。ここで終わらせる! みんなの命、俺にくれっ!」


 そのひと言に頷く一同を、シャトがしっかり見つめていた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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