6-4

 シャトのホログラムに映し出されたコメント欄が、ようやく止まった。

 それを境に、会議室に拍手が響いた。配信を手伝っていた東京支局の職員たちだ。


「お疲れさん、良かったよ!」


「私たちも協力しますから!」


「配信でこんなに盛り上がったの、初めてじゃないか⁉」


 陽人は無言で、会釈して応える。

 拍手が終わると、隣にいた雄鷹がすっと前に出た。


「よし、ここからは反撃じゃ。夜を徹することになると思うが……皆、頼むぞっ!」


『はいっ!』


 職員たちは皆、意気軒昂の面持ちで会議室を出ていく。

 入れ替わりで、上木と瀬尾が入ってきた。


「お疲れ様です。配信、お見事でした」


 上木が微笑みながら言うと、雄鷹が申し訳なさそうに頭を下げた。


「ありがとうな、陽人よ。そしてすまんかった。今回くらいは何とかしてやるつもりだったんじゃが」


「構わねえよ、自分で蒔いた種だ。てかじいさん、ひょっとして気づいてたのか?」


 真実を話した時も、雄鷹は妙に優しかった。そのことがずっと脳裏に引っかかっていたのだ。

 雄鷹は少し驚いた顔をした後、ゆっくりと首を振った。


「そういうわけではない。だがお前さんと初めて会った時、思ったんじゃよ。何かとんでもないことをしたのだとな」


「そう、か……」


 会話が途切れたところを見計らって、端末を叩いていた瀬尾が口を開く。


「お話し中、すみませんが……戦線の状況に動きがありました。増援が続々と到着している模様です」


「おお、さっそく動いたか」


「はい。首都圏以外の各支局も、緊急出動依頼スクランブルを発令しました。ヘリを融通し合って、現地に援軍を飛ばしているようです」


「それにしても早い。皆、準備を整えて待っていたのでしょうね」


「そうみたいですよ。ほら……!」


 玲美がシャトのお尻からホログラムを表示させた。

 映し出されたのは、『Remiちゃんねる☆彡』のDM欄。いつの間にやら、未読メールでびっしり埋まっている。


『新潟支局、長岡支所の近藤です。連絡つく探索者デルヴァーは全員集めました。これより救援に向かいます』


『青森の佐伯ってもんだ。局長がうだうだ言ってるからブン殴っといた。これから出られる奴ら、全員で出るぜ!』


『岐阜支局、局長の東家とうやです。総出で事に当たります。皆さんも頑張ってください』


 各地の支局からのメールに、思わず見入る。


「……いいもんだな。誰かが待っててくれたってのは」


 ぽつりと言うと、微笑んだ瀬尾がふたたび口を開く。


「各国の協会も緊急出動依頼スクランブルを発令しました。日本国内に限らず、近郊にいる探索者デルヴァーは直ちに応援へ向かうようにとの指示が出ているようです」


「もう現地について、配信始めてる探索者デルヴァーもいます。映しますね」


 玲美がシャトを操作すると、ホログラムの映像が切り替わった。

 海外探索者デルヴァーのチャンネルらしく、表記が英語だ。


『日本勢は一度下がって回復しろ! 前は引き受けるっ!』


『……っ、感謝するっ! 前列入れ替え、広島支局は下がれえっ!』


『ブラジルの部隊もすぐ来る! 絶対、諦めるなよっ!』


『全員で生きて帰るぞおっ!』


 配信主の男性が、多数の魔物モンスターたちを相手取る日本人の探索者デルヴァーたちに分け入り、大剣を振るった。

 コメント欄では、海外ファンと思しきユーザーたちによる贈答ギフトチャットが乱れ飛んでいる。


 その場の全員が、しばし無言で動画に見入っていた。

 いかにトップが賛同しても、現場はモタつくのが大きな組織の常である。だが動画の中で繰り広げられる迅速な救出劇は、それを微塵も感じさせない。


「いやはや、恐れ入ったわい。五年前にあった日光東照宮の緊急出動依頼スクランブルより早いんじゃないかの」


「各国協会は元より、現場の探索者デルヴァーたちも各々のネットワークを使って連絡を取り合っているようです。数人で連れ立って私用車で移動し、配信が終わる頃には現場付近で待機していた方もいたようで……」


「正直、脱帽ものですね。統率力なら日本われらに一日の長あり、と自負していましたが……。事が終わったら、本部コアに上申して各国の行動履歴を見てみましょう」


「ともあれ、各地の戦線はなんとかなるかもしれません」


 感嘆の声を上げる上層部の面々をよそに、玲美が陽人を見た。


「みんな陽人さんを待ってたんです。信じて、待ってたんですよ」


「ああ、期待に応えねえとな」


 湧き上がるような高揚感を抑えながら、拳を握りしめる。


「……しかしこうなると、問題になってくるのは天久優吾の居場所ですね」


 神妙な顔つきに戻って言ったのは上木だ。

 その言葉に、雄鷹と瀬尾が難しい顔になる。


「うむ、いきり立って出てくるのを期待してたんだがのう。さすがにそこまで馬鹿ではないらしい」


「動画でコメントでも出してくれれば、逆探知や背景解析でいくらでも追えるんですが……」


 しかし陽人は、対照的に微笑みを浮かべた。


「……ま、そろそろ動くだろうさ」


 ぽつりと言うと、玲美が怪訝な顔をした。


「なんで分かるんですか?」


「あいつ言ってたろ。彼の地にて待つ、って。最初からそのつもりだったんだろう」


「ひょっとして……各地の騒動は囮?」


 玲美がハッとした表情を浮かべたところで、瀬尾が自身の端末に見入った。


「……っ! 管制室より報告! リバース迷宮ダンジョン魔素ヴリル波形を検知!」


 そのひと言で、会議室に緊張が走る。

 ただひとり、陽人だけは口の端を歪めた。


「配信の煽りでブチキレやがったな。場所は?」


 端末を見ていた瀬尾が、表情を歪める。


「東京台東区、浅草寺せんそうじ……始まりの黒禍ビギニング・ネロの発生地点ですっ! すでに近辺に魔物モンスターが湧出、守備隊が対応に当たっています!」


 雄鷹と上木も、顔を強張らせた。


「なるほどのう、こちらが狙いか」


「切り札である宵原さんの動きを封じ、各地に目を向けさせた上で、都心に魔物モンスターを放つ……。一連の計画と見てよさそうですね」


「まったく、忌々いまいましいヤツじゃのう。ちゃんとテロリストやりおって」


 雄鷹は苦笑した後、陽人に視線を移した。


「陽人、行ってくれるな?」


「ああ、行くなって言われても行くぜ」


「頼むぞ。……司、お前さん達も行け。露払いが必要じゃろう」


「はい、すでに遊軍用の腕利きを集めてあります。全員を回しましょう」


 そこへ、玲美が割って入ってきた。


「ロズさんとカーチャさん、呼ぶわけにいきませんか? あの二人ならリバース迷宮ダンジョンで戦えます」


「うむ、すぐに手配しよう」


 雄鷹は頷くと、ふたたび陽人を見た。


「陽人よ、責任ケツは全部ワシが持ってやる。思いっきりやれ」


「ああ……行ってくる!」


 力強く言うと、一同も揃って頷いた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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