魔王と勇者は異世界転移しても幼馴染――転移してVTuberになったら勇者少女が古参ファンだった
音愛トオル
第1章 ここは異世界日本、妾は「元・魔王」、今はひとりのじょしこーせー
#1 幼馴染のふたり
その教室の扉を開けるたびに、
梅雨の空気も気にならないほどに。
「あ、メメ。今日は早いわね」
「――そっちこそ。おはよう、ラン」
紫紺の髪を軽いツインテールにした、小柄な少女こそ
「ふふん。やっぱり落ち着くね、ここ」
「……はぁ、ほんとに。昔っから変わらないわね、アンタは」
「いいの。
スクールバッグを机の上に置き、メメはある少女の膝の上にちょこん、と腰かけた。
淡い夕暮れ色の長髪をきつく結った、凛々しいポニーテールが印象的な彼女は、
「あ~あ~、今日の数学は完璧だよ。妾、自信しかない」
「お~、さすがメメ。まあ私もだけど」
「ふんだ、食欲ならランは妾に勝てないもんね」
「……と言っても、アンタのはお菓子欲でしょ」
「うっ」
膝の上に座るメメのツインテールをぽんぽんと手で弄びながら、ランはくすくすと笑みを零す。こうして、二人で雑談する時間が、ランにとっても胸がいっぱいになるほど愛おしい。
――そんな二人の様子は、クラスでも「幼馴染コンビ」として有名だった。
「
「クッキー!? いいのっ」
特にメメは、ランが転校してくる前から、クラスメイトや友人からよくお菓子を貰っている。中にはメメが目をキラキラさせて喜ぶ姿見たさにお菓子をあげる者もいた。尻尾をぶんぶん振っている様子を見たという者までいる。
今朝も、「メメっち、これいる~?」「あっ、
「……メメ、人気ね」
「へへ~、いっぱい貰っちゃったっ。って、何か言った?」
「ううん。大丈夫。太りそうって言っただけ」
「ふふん、成長期だしいーの。成長期じゃなくてもいーの」
ツインテールを揉んでいた手を離し、髪型が崩れないように配慮した手つきでメメの頭を撫でるランに、膝の上のメメは目を細める。くすぐったくて、嬉しくて。
「メーたん、蓬山さんも、おっす~」
「あっ、おはよ!」
「おはよう」
「メーたん、さっき廊下で先生と会ったんだけどなんか呼んでたよん」
「え、ほんと? ありがと!」
――ランやクラスメイトたちと談笑して過ごしていると、いつの間にか担任が教卓にやって来ており、簡単に書類の整理を始めているところだった。
「はーいそれじゃあ席に着いてね。えっと……
「あっ」
メメはランの膝の上から戻り損ね、朝のHRが始まってからいそいそと自分の席に座る。その顔が赤かったのは、果たして――
「うん。全員いるかな。さて、今日ははじめに連絡事項が……」
かくして、2年B組のいつもの日常が始まる。
それは
※※※
メメの放課後は部活から始まる。
「メメ。私、なんか掃除当番だったから先に行ってて」
「え、そうなの? 妾、待つよ」
「いいって。部長たち待たせるからさ。それにさっき、金髪の子が蓬山さん探してたよ~、って教えて貰ったし、そっちもあるから」
「むぅ……まあ、分かったけど」
一緒に行きたかったのに、と口を尖らせるメメはランに頭を撫でられ、別の意味で頬を膨らませたのだった。
ランが転校してからはメメの放課後も装いを変えたけれど、1年前からこの部活の時間は変わらない。
「ぶちょー! ふくぶちょー! 来たよっ」
「おっ、メーたん。ちょうどいい所に来たね。今、私の『部長特性・超絶うまうまクッキー』を――」
「……あたしが代わりに作ってるんですがね」
「うっ。だ、だって課題が」
「はぁ……ほんと部長はだらしないですね」
メメが所属しているのは、凹甜学園の料理部。
甘い匂いに誘われて部室棟を歩いていたメメが偶然訪れたのが料理部で、以来正式に味見係として――部員として、活動に参加している。お菓子作りの日もあれば、料理する日もあるが、メメはほとんど試食と片付け専門。
メメを除くとたった二人の部員である部長と副部長はけれど、自分たちの料理を美味しそうに食べてくれるメメのことが大好きだった。
「クッキー! すごいよぶちょー、妾ちょうどクッキーが食べたかったの」
「ほんと? だってよ」
「それはそれはありがとうございます。でも部長は課題で忙しそうなので、出来たのはあたしとメーたんで食べますね」
「えええ!? そんな殺生な!」
メメはこの優しくて騒がしくて美味しい部活の時間が好きだった。以前までは、それだけで。
でも、今はもう。
「――匂いで分かったけれど、もうやってるのね」
「あ、
「ラン! ねえ、今日クッキーだって」
「アンタ、よくそんなに食べれるわね……」
そう、今はランもいるから。
ランはまだ入部していないものの、最近の料理部はメメ達部員3人とランの4人が日常だった。ランはメメと異なり、料理も積極的に手伝っている。初心者のランが上達する過程を見るのは、メメも含めて部員たちの楽しみになっていた。
そんな、甘く穏やかな放課後も、チャイムと共に終わりを告げる。
「二人とも、また会いましょう」
「うん! ふくぶちょーのクッキー美味しかった! ぶちょーも、課題終わって良かったね!」
「うっ……お菓子、食べたかった……」
部長たちと別れたメメとランは、日の暮れた街を二人並んで歩く。
小柄なメメとすらっとした長身のランが一緒に居ると、まるで姉妹のようだった。実際には同い年の幼馴染だし、出会った頃はランの方が小さかったのに、とメメはランを見上げる。
その顔に浮かぶ穏やかな表情が、メメは好きだ。
「何? じっと見て」
「……ううん。なんでも。ただ」
「ただ?」
「なんか、いいなって。思っただけ」
「――ふうん」
風に揺れるその髪が、こんなに近くにあるという事実にメメはたまに泣きそうになる。それに――
「今日は買い物、ないのよね」
「うん。今日は準備も色々あるしね」
「分かったわ。じゃあ、早く帰らないとね」
「うん!」
それに今は、帰る場所がある。
二人の場所が。
「ただいま~!」
「ただいま」
メメとランはひょんなことから、とあるマンションで同棲している。
ランとの学校での時間も、家での時間も、メメは慣れたけれどまだ慣れていないような、そんな不思議な感覚だった。けれど、確かに今ここにランがいる。
「ほら、早く着替えちゃいなさい」
「分かってるって~。じゃあ、楽しみにしててね、ランタン」
「……もう」
メメが脱いだ制服をハンガーにかけるランにとびっきりの笑みを浮かべ、メメはそそくさと自室に入った。寝室兼書斎、パソコンにデスク、ベッドや本棚が詰め込まれた居城だ。
メメはクラスメイトや料理部から貰ったお菓子をほおばりながら、早速パソコンを立ち上げ、熱心に作業を始めた。翼を揺らし、尻尾は踊り、角まで上機嫌なメメの作業は中断されることなく夜まで続いて。
「……え!? もうこんな時間っ?」
ガタガタドタドタと物音を響かせ、大慌ててで準備をするメメ。
深呼吸を何度か挟み、乱雑なデスクの上に並べた手紙を見つめ、最後に会いたかった誰かの顔を浮かべるいつものルーティーン。よし、と呟いたメメはモニターに表示されたあるボタンをクリックし、咳払いを一つ零す。
――第一声は、滑らかに飛び出した。
「夜の深きより舞い降りた、深窓孤独の幼き魔王。今宵、人の子らよ、妾との舞踏を楽しもうぞ。妾は魔王メルノワール! 人の子ら、息災だったか?」
ポーズを決め、表情を作ったメメのその口上。
それは、凹甜学園の高校2年生、
VTuber、「魔王メルノワール」としての時間の始まりを告げる口上だった。
――これは、残酷な運命によって引き裂かれた二人が、新しい世界で共に生きていく日々の物語。
魔王と勇者の、ふたりの幼馴染が紡ぐ物語だ。
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