第2話

酒場を出たのは、六時頃だ。

家に戻ると、着替えて走った。今日のコースは、メリンクスの第二コースだ。急な山道が含まれている、なかなか骨のあるコースだ。

一汗かいたら、もう一度シャワーを浴びた。その後は、放送を聞きながら、食事を取り、ゆったりと過ごした。

十一時頃アンドロサムが訪ねて来た。

アンドロサムは、不思議な奴だ。働いている様子がないのだ。

今の世の中、大半の人間は、半日は必ず観察をしているはずなのだが、彼が現れる時間帯は、バラバラだった。

とすれば、ソウゾウを生業とした人間であるらしいが、何をソウゾウしているのかは分からない。

ソウゾウを生業とする人間に関しては、謎が多く、誰に聞いても判然としない。地球でいうところの芸名を使用しているのかもしれない。

ソウゾウする者の姿が公になることはなかった。皆が不思議に思っていたが、特に気にしていなかった。


アンドロサムは、家に入ると、食事のメニューを開き、ビールのボタンを押した。

合成されたビールを飲みながら、世間話をした。

「仕事はどうだい?」

私は思いきって聞いてみた。

「ぼちぼちやってるよ。つまらないがね。」

アンドロサムは答えた。

「しかし、人間を見ているだけよりは良いだろう。ソウゾウは限られた人にしかできないし。」

私は羨望の気持ちを込めて、そう言った。

すると、アンドロサムはこう答えた。

「観察とソウゾウとは本来表裏一体なのだよ。どちらが欠けても成り立たないのだ。ただ観察しているだけだと思っていても、観察するためにはソウゾウが必要なのさ。それを形にするのが、我々の仕事だよ。本質的には、我々も君たちも変わらないのだ。 」

やはりアンドロサムは不思議な奴だ。

観察する者とソウゾウする者とに違いがないと言う。

彼はその信念を持って、観察する者とも接点を持つのかもしれない。

彼の作品を見てみたいものだ。きっと素晴らしいものだろう。


時間が来たので、仕事に向かった。

登は、こちらに気付くとこう言った。

「気持ち良さそうに眠ってるよ。人間は、何時間も寝なきゃいけないから不便だけど、あの顔を見てると、悪くはないのかもな。」

どれどれ。本当だ。観察していると時々思うのだ。人間は何も持たないが、私たちと比べて不幸であるとは思えない。死を乗り越えた私たちは同時に生を失ったのかもしれない。


一週間後、サムランが家を訪ねてきた。

サムランの年齢は七十を越している。サムランは言う。

「儂はこの先長くないけどの。後悔はしとりゃせんよ。最近では息子も同じでの。孫が二十歳になったから、薬を譲ったんじゃ。二人して歳を取りよるとの、不思議と幸せな気持ちじゃよ。ところで、こんな話を聞いたことがあるかの。儂らと同じ偏屈な人間がおるらしい。管理されざる者と呼ばれとる。儂らは永遠の命を捨て、子孫に未来を託すことを選んだ。この二つはご存じの通り、両立できん。資源は未だに有限じゃからの。それでも儂らはスタックル社の管理下にはある。管理されざる者たちは、スタックル社の管理すら受けぬ生活をしておるらしい。しかし、そんなことが可能だと思うかね。食料、エネルギー、医薬品、住居等を独占的に提供しているスタックル社に反抗して、生きていられるとは思えないがの。」

私は答えた。

「それは無理だ。スタックル社に管理されている人間と接触した時点で、そいつはスタックル社の網の中さ。ということは、仮にいたとしても、私たちが知ってしまえば、そいつらは管理されざる者ではなくなる。厄介な噂話さ。サムラン、どうでもいいことを話に来る暇があったら、もっと有意義に時間を使いなよ。限られてるんだからさ。」

サムランは優しく微笑みながら答えた。

「十分有意義じゃよ。」

サムランには、あのように言ったが、管理されざる者とはなかなか面白い。私には時間が余るほどあるので、つい考えてしまう。

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