スライム級の俺がドラゴン級になるまで

燈蒼

エピソード-1

解放された日

 2020年 8月 8日

 地下鉄サリン再来の予兆か?

 愛知県——市の————にて早朝、謎の毒物が撒かれ社員の大半が死に至るという事件が発生しました。亡くなった方の遺体の肺から気管にかけて奇妙な結晶が見つかり、検査の結果いずれの毒とも異なった性質を持っていることが判明しました。

 警察は会社の業務内容を調べるうちに製造販売業許可、ならびに製造業許可をとらず、社員への一切の説明がないまま違法取引に加担させていたことも判明しました。

 社員へは責任が問われず、社長、重役何名かが逮捕されました。

 毒物を撒いた犯人は捜索中です。



 昨日の疲れが取れていない。意識が少し危ういな。気合で体を動かして会社へ向かう。

 タイムカードを押して業務を開始すると今の俺の唯一の癒し、美泉優花先輩が笑顔のままパソコンに向かっているのが見える。すごいな。

 美泉先輩はこの部署のマドンナだ。誰もが見惚れる美貌の持ち主でファンクラブすらある。そんなことしてるくらいなら俺の仕事を手伝ってくれ。

 もしかしたら美泉先輩は仕事量少なかったりするのか。

 俺のような新入社員は入会すらさせてくれないってのはおかしな話だ。まぁ英気を養う術は美泉先輩だけじゃない。



 ……………………唐突に意識が朦朧とする。今限界が訪れるのか?

 …………いや……俺以外も頭を押さえている。美泉先輩も苦しそうにしている。息が荒い。隣にいたNo.2ヒロインが心配して声をかけている。

 どういうことだ? 俺だけなら疲労で片付いたが俺以外もとなると話は別だ。俺の額からは冷や汗が流れる。特に俺にも優しくしてくれる数少ない人、美泉先輩や俺の同期が苦しむのはさすがに見ていられない。

「大丈夫か?」

 とりあえず隣の同期に声をかけてみる。極力苦しさは隠しておく。そちらのほうが安心できるだろう。

「……真白もか?」

「……あぁ」

 顔色の悪い同期の顔を見ていると一つの可能性が頭によぎる。…………いや……さすがにないだろ。

 それは考えることすらも馬鹿らしい可能性だった。

「っ……ヤバイぞ。もう今からでも帰ったほうがいいかもしれん」

 頭痛がひどくなる。視界もゆがんでいるし立っているのすらつらい。周りのやつらも数人倒れてしまっている。まさか……な。

 だが万全を期すに越したことはない。同期や美泉先輩だけでも外に出したほうがいい。

「外に出たほうがいい。ほんとにヤバイ可能性がある」

「そう……だな」

 ふらふらとした足取りで同期が部屋から出ていく。さすがに抜けても怒られないだろう。

「美泉先輩も、早く出たほうがいいです」

 美泉先輩がこちらを向いている。何かを言おうとしているが声が出ていない。

「お……おい! 真白! 扉があかない」

 これは……本当にあり得る可能性になってきた。俺はドアノブに手を掛けるが確かに開かない。向こう側に何か置いてある。

 万全な状態なら人一人通せるくらいの隙間は作れただろうが今は力が入らない。

 いや……これは開くぞ。ほんの数ミリなら開く。外開きタイプでよかった。これなら鞄の金具を差し込めば……。

 よし……これで通れる。なんとか向こう側の物を数センチずらすことに成功した。テコの原理と言うやつだ。多分。

 同期と美泉先輩、No.2ヒロインを部屋から出そうと呼び寄せる。

 とりあえず今気を失っている人を起きている人たちで運び出す。少し隙間が足りない。置かれていたデスクを動かして扉を全開する。



 ——————倒れている者を運ぼうとそばに寄ったとき俺の体力の限界が訪れた。この状態で動くのにはもう限界だった。

 ……ダメだ。せめて先輩や同期を遠くにやらないと。最後の気力を振り絞りメッセージを送信する。短く逃げろ、とだけ送る。通知音が届くがもう体は動かない。過労死は嫌だとか言ったがまさか毒で死ぬとは。

 通知音が聞こえなくなった。



「————ろ」

「——―———きろ」

「おいっ! お前っ起きろよっ!」

「いっったぁぁあああ!」

 みぞおちに強い衝撃が響いた。数メートルふっとばされてから腹をけられたのだと気が付く。

 何だコイツ、短気すぎるだろ。さっきまで死にかけてたやつ……に……え? 今……俺は……ここは……どこ……?

「ふんっようやく起きたか」

「そりゃ起きるだろ」

 しかし、コイツ女神か何かか? 美泉先輩に劣らない美貌をもつ俺より少し身長の低い女性。女王感のあるプライドの高そうな声に売ろうとしたら高ければ億はしそうな美しい羽衣を纏っている。

 見たこともない紫がかった白髪が淡い輝きを放っている。比喩などではなく実際に輝いているのだ。

 着物のような服であまり大きく見えない胸だがそれなりの大きさがある。

 そんなことよりなんで俺はこんなところにいるんだ? 何もない少し暗い雰囲気だが女神風女の顔ははっきりと見える明るさがある。どことなく神聖な雰囲気のある空間は少し不気味だ。

 俺、死にかけたというか多分死んだんだよな。つまりここは天国か何かか? 冷静沈着な俺でも落ち着いていられないぞ。女神っぽいのもいるし。

 俺が戸惑いを隠せずにいると女神らしき謎の女性が口を開く――――

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