未知の世界への旅立ち

「お前にはスリング・ロフトに行ってもらう」

 女神風の女性は聞いたこともない、地名なのかすら分からない名前を告げる。というかこれ異世界転生じゃね?

「いやそもそもお前誰だよ」

 ほんとに誰なんだよ。勝手に女神だと思ってるけど。

「おや? 気づいていると思っていたが……お前の考えているとおりだと思うぞ? 女神だ。私はルフト・ラー。ルフと呼んでくれればいい」

 ほんとに女神だったのかよ。ルフ、か。いい名前だ。女神らしい。

 美貌に見惚れてしまいそうだがそんなことより異世界情報のほうが気になる。

「次に……えーとスリング・ロフトだっけ? なんだそれ」

 俺よく覚えてたな。もう地理は覚えてないが少なくとも地球にはそんな地名はないはずだ。そんなかっこいい名前なら覚えているはずだと思う。

「お前たちの文明で言うところの異世界にあたる世界だ」

 マジかよ、最高じゃねえか。なんだ? 魔王軍かなんかが暴れてんのか? それを俺が止める? 超かっこいいじゃん。魔法とか使えちゃったりするのかな。

「……あれ、そういえば美泉先輩たちは?」

 結局逃げてくれたのか?逃げれているといいんだが……。

 あの毒は思い出すだけで吐き気がしてくる。よくあの状態で動けたものだ。ただ自由がなくなるだけならともかく、酷い吐き気に頭がぐるぐる回るような感覚。あまり経験したくはない。

「お前のおかげであやつらの命は守られた。今回の転生はその功績を称えてのものだ。ほれ、これが今の下界だ」

 葬儀場の情景が床に映し出される。便利だな。まぁ俺はブラック企業づとめの社畜見習いではなく何人かの命を救った美泉先輩たちの英雄で死ぬことができたというのだから良かった。

 涙を流す美泉先輩と同僚、その他生き残った側の人たちがお線香を焚いている。

 同僚は泣くまいとしているが心苦しそうだ。まさか俺の死でこんなに悲しんでくれるとは。

 NO.2が涙をこらえ美泉先輩の背中をさすっている。

 さすがにうれしいな。家族と同じくらい悲しんでくれる人が多くいる。この死に方なら悔いはないな。

「謎の集団、まぁ私たちには分かっているが興味もないだろう。そやつらがお前の会社に毒物を撒いたらしい。お前の迅速な判断、毒への耐性により被害は三分の一程度に抑えられた。お前の部署は業務内容までブラックだったんだ。集団は捕らえられなかったが軽く罰は神によって与えらている」

 そうか、それは良かった。しかし俺って毒耐性持ってたのか。

「ふ、この世界への未練はなくなったな。では転生の準備を始めよう」

「一つだけ! 魔法が使いたい! できないか?」

 ルフの言葉に割り込み唯一の望みを叫んでおく。ルフは何となく優しそうだし叶えてくれると信じよう。

 ルフは何とも答えない。OKということなのだろうか。

 未練がないかと言われれば凶悪犯罪レベルに嘘になるが死んでしまったら仕方がない。残された人間の平穏を祈ることしかできないのだから。

「罪無き者への静かな輪廻。今この者を異界にお送りしよう」

 足元に魔法陣が展開され、俺の体から淡い光が放たれる。その量が少しづつ増えていく。



 目を開くと栄えていそうな街が目に入る。ここがスリング・ロフトと言うやつか?

 何となく感じられる。これは……もしや魔力!?

 力は隠すべきだろう。人目につかない森の中に入り込み魔法を発動してみる。

 やはりここは火の魔法から行こう。火の玉を生成し木にぶつけてみる。

 ——――音を立てて木が折れるとか想像していたんだが、少し焦げ跡をつけて消えてしまった。

 おいおいおい、転生者だぞ? こんな程度かよ。

 いや、まぁ使えるんだから鍛えればいいんだろうが少し期待外れだ。

 とりあえず一通り試して自分のステータスを確認しよう。

 木に向かって正拳突きをしてみる。入社してからはやっていなかったがワンチャンバフとかかかっている可能性がある。

 呼吸を整え、拝み祈り、構えて……突く!!

「っ……てぇぇぇ!」

 右手をプラプラさせ痛みを紛らわせる。木には傷一つついていない。

 ……気長に修行することにしよう。

 と、その時、まさにイメージ通りのスライムが現れる。

 ま、魔物もいるのか! The異世界じゃないか。

 スライムに近寄ると顔をめがけて飛んでくる。簡単に避けると柔らかい体が俺の後ろに着地する音が聞こえる。

 申し訳ないが今の俺は気分が高ぶっている。実力を試させてもらうとしよう。

 まずは火の魔法を使って火の玉を生成し、スライムめがけて投げつける。驚いたように逃げようとするが逃げられない。スライム程度ならもう死んでいるだろう。もうちょっと土煙とか立ててほしいんだがな。音すらない。

 …………俺の魔法はそんなに弱かったのか? ギリギリ弾け飛ばなかったスライムが不思議そうにしていた。こっちも修行だな。

 火の玉を一気に五つ程生成しぶつける。さすがに倒せたようで魔核のような物を落としている。



 数日の間魔法について研究してみた。

 魔力量的に今は十個同時生成が限界のようだ。直径四センチ程の球体。このサイズだとかなり操作の自由度は高い。くるくると回すこともできるし直線的な軌道も描ける。

 最大サイズでは大体俺の身長の二倍程度だが、そのサイズだと少し速度が落ちてしまう。しかし威力は比べ物にならない。スライムを倒すのにはミニで五回必要なのが二回と同じ程度の魔力消費で倒せる。

 そして何よりの特徴として使えば使うほど必要な魔力量は減るし火力も少しずつだが上がっていくということがわかった。

 転生してから二週間ほどした今はミニ一発でスライムを倒せるようになった。

 さらに一週間火の魔法を使い続けた。

 そして今、俺は転生した時に敗北した木にもう一度火の魔法をぶつけてみることにする。

 今出せる全魔力を込めて俺の身長の三倍はあろう火の玉を作り出す。何本か木が連なっている箇所を見つけ、何本まで倒せるか実験する。体から魔力が抜けてふらふらするが半年ほどのブラック企業で養った気合で木にぶつける。

 三本くらいはぶち抜いて欲しい。

 …………なんか読めてたよ。この展開。一本は何とか折ることができたがすぐに消滅してしまった。

 ……なんだよ……俺には主人公補正とかないのか?



 見たことのない天井。

 それが俺の目に飛び込んできた。

「目が覚めましたか。大丈夫ですか?」

 俺の感覚が正しければ身体がボロボロで眠っている。

 すでに目は冴えた。だが現状がうまくつかめない。

「……ここは……」

「私の家です」

 若い穏やかな男の声。

 寝かせられているベッドの横の机にコップが置かれる。

「えっと……何故……?」

「あなたが森で倒れていたもので。ココアですのでよかったら」

 俺は体を起こす。

 首元に鈍い痛みが走り、思わず押さえてしまう。

「大丈夫ですか?」

「えぇ……ココアはありがたく頂きます」

 なんだ? 首筋の痛み。気絶させられた?

 思い出せない。なんかしたのか……されたのか……なにもわからない。記憶はある。魔法も使える。

 だが……体中が筋肉痛とも違う痛みを訴えている。

「すみません、このお礼はどうしたらいいものか……」

「いえいえ、いいんですよ」

 温かいココアに口を付ける。

「あなたがそれを飲んでくれたから」

 男の顔が不敵なものに変わる。マズイ、毒か!?

「あなたの神経は今に麻痺し始め、動けなくなり、やがて昏睡状態に陥る。そうなればあなたは私に勝てない。魔法を持っていてもね」

 コイツが俺を気絶させたのか? しかし……ならなんでそのまま俺を殺さなかった?

「……不思議そうですね。確かに、ただ殺すだけなら先ほど気絶させたときでよかった。ですが、私は特殊な趣味をしていましてね。あなたの恐怖に満ちたその顔を見たかった」

「…………」

 確かに、恐ろしかった。だが……

「俺、動けるんですが」

「??????」

 不気味な笑顔がハテナに歪む。

「…………そうですか。では、さようなら。の、前に、私は魔王軍幹部の者です。いつか、またお会いしましょう」

 ずっと閉じていた瞳は、水色をしていた。

 ……………………結局どこなんだよここ!?



 アイツに仕返せなかったことに俺は気を落としながらスリングで取っている宿に足を向ける。今は適当なバイトをしながら適当に暮らしている。魔法研究以外全部適当に過ごしていた。どんなバイトでもあのブラックよりはマシだ。

 あの女神に愚痴でも言ってやろうか。どうやって言うんだという話だが教会とかならあり得ないだろうか。



 朝、優雅に日がかなり出ているような時間に起きる。ブラック時代では考えられない時間だ。

 よし、教会に行こう。



 教会につき誰もいないことを確認してから片膝をついて手を組む。

「おい、ルフ、話せるのか?」

「……なんじゃ? 私はあまり暇じゃないんだ」

 頭に声が響く。あまり機嫌が良くなさそうだ。

 ……愚痴はやめておこう。

「俺はもっと強い魔法が使えると思っていたんだが。俺は転生者なんだよな? もっと優遇してくれてもいいんじゃないか?」

「何を言っている。前の毒殺だけでも数人死んでいるんだぞ、そんなにぽんぽん与えられるか」

 あまりにももっともすぎる。

「お前が死んでからすでに数千人は死んでいる。そんな人数に与える程のものはない。だがお前には多少の……いや、かなりの才能を与えたし能力値も多少伸ばしている。そもそも転生できるのすらお前だけなんだぞ? それにお前が使っている魔法、それはその世界では限られたものしか使えないし存在も知らない。お前は運のいいことに隠していたが人に見せていたらまずいことになっていたぞ」

 それは確かに優遇されていると言ってもいいのではないか。じゃあもう愚痴なんか言えない。

「お前のステータスを調べるといい」

「一か月くらいかけてある程度調べた」

 この作業は実に疲れた。体力測定とかだけならともかく知能もある程度調べた。まぁ座学が苦手な俺ではまともな問題は思い浮かばなかったが。

「……お前は……阿呆じゃな」

 ため息をついて直球の悪口を言ってくるルフに少しムカつく。殴りかかってやろうか。

「あぁやめておけ。いまの私は精神体だ。攻撃は届かん。そもそもお前が体勢を変えるとつながりも途切れてしまう」

「ナチュラルに俺の心読むなよ」

 普通に怖いから。

「私は今お前の精神に入り込んでいる。心を読むなど容易い」

 …………怖。

「そんな事はいい。ステータスは冒険者ギルドで数秒で測ることができる。そういう魔道具が置いてあるんじゃ。お前の努力は数秒でできることだったんじゃよ」

 ……それ転生前に言ってくれないかな。まぁ鍛えれたしいいんだけどさ。言ってくれたらうれしかったんだけどな。

「そんなこと一番最初に思いつくだろう。単純にお前が阿呆なだけじゃ。じゃが—————」

 手を組むのを辞める。ルフと話していても馬鹿にされるだけだ。何か言おうとしていたがどうせ悪口だ。

 よし、冒険者ギルドに行こう。

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