4 遭遇



 えっちらおっちら。

 アスファルトと樹海が混ざったような道を歩きつつ、最初に目指すのは三十キロほど離れた場所にある湖だ。

 しばらくはサバイバルになるから、水源の確保が最優先。

 湖方面はレイジたちハンターの狩り場とも被らないし、なにかと都合がいい。


 本当は近隣の村に移住して、装備を整えられたらよかったんだけど……。

 このあたりで最大の共同体、A大村を追い出された僕を受け入れるのは、ほかの集落にとってプラスにならない。

 僕が行くことで迷惑になるなら、最初から行かないほうがいいと判断した。


 当分は湖で自給自足しつつ、自前で準備を整えようかと思っている。

 ある程度の装備が出来たら、旅行に出発だ。

 まずは海へ行きたいな。

 近畿地方の内陸にある田舎大学で籠城していたから、もう二年も水平線を見てない。

 これからの予定に思いを馳せつつ、小さな民家を食い破って露出した巨大な木の根を飛び越えて、湖を目指す。


 いやしかし、相変わらずすごい光景だ。デジカメかスマホが欲しい。


 文明崩壊後、モンスター同様に新種の植物も大量発生した。

 それらの大半が、巨大かつ強靭で育成も速い侵略的植物であり、かつてはアスファルトに覆われていた駅前の商店街は、もはや見る影もない。

 樹海に呑まれた文明の光景は、寂しいものではある。

 もう商店街の肉屋でコロッケを買うこともないんだろうな、と悲しくなる。

 ただ、ポストアポカリプス系作品が好きな身としては、こういった景色にロマンを感じる側面もあって、我ながら軽薄だなぁと思う。


 ともあれ、日本全土がおおよそ似たような光景になっているらしい。

 文明崩壊後、有志の人間がやっているラジオの情報によれば、東京や大阪なんかの大都市圏は植物の浸食がマシらしい。

 ただ、人がたくさん住んでいた場所の大半はダンジョン化してドラゴンの縄張りになったため、住むことはおろか近づくことすらできないけれど。


 障害物を飛び越えて、道なき道を行く。

 『タフネス強化:C』を複製させてもらえたのは大きかった。

 Cランクの体力・耐久力補正は、僕にプロアスリート並みのスタミナを与えてくれる。

 現状、所持しているスキルは『複製:B』に加えて『タフネス強化:C』『パワー強化:C』『スピード強化:C』の四つ。

 人間のステータスは体力と耐久力を示す『タフネス』、膂力と筋力を示す『パワー』、瞬発力と反応速度を示す『スピード』の三つで構成されている。

 その三つすべてがCランクとなれば、まるでアクション映画のスタントマンみたいな挙動だってできるのだ。

 大学内では使う機会がなかなかなかったけど、こうして移動するだけでもそれなりに楽しい。

 道という道がすべて崩壊しているから、楽々移動というわけにはいかないけれど、なんとか三時間くらいで到着できそうだ。


 移動がてら、食べられる野草や果実の類を採集するのも忘れてはならない。

 このあたりはカグヤ先輩に習った。先輩には感謝しかない。

 ついでに丈夫なツタや、いい感じの木の棒なんかも拾っておく。

 文明崩壊後の植物は強靭なので、こういったツタはロープ代わりに使えるし、木の棒は持っているだけでテンションが上がる。

 シルエットはまっすぐだけど、ちょっと捻じれているやつがいい。

 武器っぽい木の棒を拾って振り回していても恥ずかしくないのが、自由気ままな一人旅の良いところだ。


「しっ! はっ! シェアアアッ!(上B)」


 無駄に体力を消耗しているような気もするけれど、春先の駅前大樹林は気温がちょうどよくて、意味もなく体を動かしたくなってしまうのも仕方ない。

 ああ、でも、服に汗が染み込むのは嫌だな。替えもないし。

 先に替えを作っておこうかな。


 僕は周囲に人がいないことを確認し――当然ながら誰もいない、集落の外に出るのはハンターくらいだから――木陰で服を脱いだ。

 丈夫な黒のジャージの上下、Tシャツと下着類、それからスニーカー。

 それらを比較的きれいなアスファルトの上に並べて、全裸になる。

 誰もいないとはいえ、外で全裸になるのは恥ずかしい。手早く済ませてしまおう。


「『複製』発動……!」


 衣類に触れて、スキルを呼び起こす。

 淡い光が衣類を包み、一瞬でその光がおさまると、衣類がワンセット増えている。

 もともとあった丈夫なジャージやスニーカーと一見同じだけれど、よく見れば造りや縫製に粗雑な点があるとわかるだろう。

 粗雑な方が複製品、僕の生み出したレプリカだ。

 ランクが下がった影響で、丈夫とは言えない黒のジャージになっている。

 それでも着る分には問題ない。複製した下着やシャツを身に纏い、靴を履く。

 オリジナルの衣類はバックパックにしまって、また木の棒を振り回しながら移動を再開した。


 着心地はやや悪いけれど、衣類はどうせ消耗品だ。

 オリジナルを大切にしておかないと、あとになって後悔しそうだし。

 なぜ服をダメにする前提なのかと言えば、もちろんサバイバルだから。

 汗の汚れ、土の汚れはもちろん、返り血も気を付けないといけないし。


「――お。いたいた」


 アスファルトを食い破って生えた大樹の下に、大きな影がある。

 体長二メートル弱、四足歩行のその生命体は、一見ブタに似ているけれど、ブタではない。

 額に大きく鋭い角が一本生えている。

 名前はホーンピッグ。

 和訳すると角ブタという、見た目通りの名前を持つモンスターだ。


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