3 出立



 太陽が沈む前に、A大村を出た。

 正門を振り返れば、見張り担当の女子学生が複雑そうな顔で僕を見ている。

 見送りは断った。カグヤ先輩をはじめとして、仲の良かった住民たちは残念がったけれど、仕方がない。

 僕に良くしてしまうと、レイジたちが良い顔をしないだろうし。


 敷地外に向き直ると、学校を囲うように、木々で作ったバリケードがいくつも設置されている。

 モンスター対策に作ったものだ。

 作成を手伝ったし、補修作業には何度も参加した。

 もう手伝うことはないのだと思うと、なかなか感慨深い。


「……あの、イコマ先輩」


 そこで、槍を持った見張りの女子が小声で僕を呼んだ。

 きょろきょろと周りを見回して、他人の目がないことを確認している。


「どうしたの?」

「これ、どうぞ」


 手渡してくれたのは、布の包み。

 開いてみると、こんがり焼かれた丸いパンと、竹筒に入った綺麗な水だった。

 僕の数少ない持ち物である、バックパックにしまわせてもらう。


「カグヤ先輩から頼まれて。渡してくれって。

 『鑑定』持ちがBランク判定したパンだそうです。

 複製して食べて、と」

「本当に……優しいなぁ。お礼を伝えてもらってもいい?」

「はい、もちろんです。

 あと、あの……私からも、僭越ながら全女子住民を代表してお礼を。

 イコマ先輩がいなかったら、私たち、こんなに快適に過ごせなかったと思います」

「買いかぶりだよ」

「いえ、買いかぶりじゃないです。

 だから私が今日の見張りなんですよ。

 守護班全員の総意で、先輩に餞別を渡そうって決めて、見張りのシフトを変えたんです」


 見張りの女の子は、僕の手にそっと触れた。


「私、『タフネス強化:B』持ちなんです。

 今は複製していないと、カグヤ先輩に聞きました。

 よかったら複製していってください」

「……ありがとう。

 いま『パワー強化』と『スピード強化』しか持ってないんだった」

「レイジ先輩に見つかるとうるさいので、これくらいしかできませんけど……」


 僕の『複製:B』が発動し、彼女の『タフネス強化』を複製する。

 『複製』スキルは、劣化コピーの能力。

 たとえばパンに使えば、もうひとつパンを生み出せる。

 他人に触れた状態で使えば、その人が持つスキルを複製し、自分のモノにできる能力でもある。


 強力な能力だけれど、いくつか制約がある。

 僕の『複製:B』が複製したものは、オリジナルよりもランクが下がるのだ。

 Bランク判定を受けたパンに使っても、ランクそのままではなく、Cランクのパンしか生み出せない。

 さらに、複製品のランク上限は『複製』スキルのランクの一つ下までと決まっている。

 たとえば、カグヤ先輩の『農耕:A』を複製した場合、僕は『農耕:C』を獲得するといった具合で。

 また、所持できるスキルの上限個数は『複製:B』を含めて合計六個まで。

 六個持っている場合は、所持スキルの複製を解除しないと、新たなスキルを獲得できない。


 このスキルによって、僕はA大村内のほぼすべての班の手伝いができた。

 カグヤ先輩たち農耕班の手伝いをするときは『農耕:C』を。

 バリケードや校舎を修理したり増築したりする大工班を手伝うときは『建築:C』を。

 『達人級』の補正を得られるBランクには及ばないものの、Cランク補正は『その道のプロ』と同等の補正を得られるので、重宝されたものだ。

 各班の班員は所持しているスキルによって振り分けられているけれど、例えば大工班の全員が『建築』スキルを持っているわけではなかった。

 だいたいの班はBランクが一人はいるけれど、ステータス補正系の能力しか持っていない住民も多い。

 Cランクスキルを複製して扱える僕は万能ワーカーと呼ばれて、それなりに頼りにされていた……と思う。


 見張りの女の子の『タフネス強化:B』を複製し、『タフネス強化:C』を獲得する。

 スキル所持数に上限があるから、普段は不要なステータス補正系スキルは消していたのだ。

 旅なのでステータスを補正しておこうと思っていたけれど、急な追放だったから『タフネス強化』を再複製し忘れていた。

 カグヤ先輩が僕の所持スキルの内訳まで把握しているとは思っていなかった。

 本当に、あの人は後輩をよく見ている。


「複製完了。助かるよ」

「いえ。これくらい、今までイコマ先輩がしてくれたことに比べれば些細なことです。

 イコマ先輩が複製してくれた下着やケア用品があったから、快適に過ごせていたんです。

 女子連中は先輩のことこっそり『ブラジャー大明神』と呼んで崇めていたくらいですから。

 今まで本当にありがとうございました!」

「うん、こちらこそスキルをありがとう。

 でも二度とその呼び方で崇めるな」


 とまあ、そんなこんなで。

 なんだか締まらない最後になってしまったけれど、僕はもう一度だけA大村にそびえる校舎の群れを見上げてから、学び舎を後にした。

 お世話になりました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る