第6話

*****


 十月のある日。

 小六だった私達は、グラウンドの片隅にタイムカプセルを埋めた。先生の主導で行われたそのイベント自体は何ということもない、普通でありがちなものだったのだけど、小学生時代の終わりが近づいている、と彼女に意識させたという点で一つのターニングポイントだったのだろう。


 卒業。


 情緒が十分成長していなかった、幼児期に経験した卒園とはまた違う。物心ついた頃から六年間、日常の代名詞だった小学校をもうすぐ離れるのだ。それは子供にとって生まれて初めての経験で、嬉しい反面何となく、その時が来てしまうことが不安で寂しい―――間近に迫りつつある卒業は、そんな感傷を六年生みんなの心の中に、多かれ少なかれ呼び起こしていたようだ。

 ミケちゃんも例外ではなく、タイムカプセルを埋めた翌日の放課後。不意に、

「何かやりたいな」

 と言い出した。

「何か?」

「えっと、その、記念?になる何か、みたいな………?」

 イメージが固まらないまま思い付きを口にしたらしく、自分の発言の意味を自分自身考えている様子でミケちゃんは首を傾げながら、ぽつりぽつりと言葉を継いだ。

「そ、卒業の、あの、えっと、お、お祝い的な―――」

 どうも卒業前に何かしら、みんなのために魔法を使いたいということらしい。折々に、手作りのアクセサリーやお菓子を周囲にプレゼントする子はよくいる。ミケちゃんの思い付きも、それに類するものだろう。

 いつも通り空き教室でひっそりやる分には、悪目立ちもしないし誰に迷惑が掛かるわけでもない。

「いいんじゃないかな。卒業記念」

 そう考えて気軽に私は応じた。

「ところで今回は何の魔法を使うの?」

「あっ。うん。え、と……ど、どうしよう。考えてなかった………」

 しばらく俯きつつ首を捻って、捻って、

「あ」

 いいことを思い付いた、という風にミケちゃんはぱっと顔を上げた。

「将来の夢!」

「将来の?」

 ああ、と頷く。

 そういえば、タイムカプセルに詰める『未来の自分への手紙』を書かされた時、先生が書き方の一例として将来の夢について触れるといいと言っていた。ミケちゃんは、それを思い出したのかもしれない。

「みんなの夢が叶いますように―――そういう魔法?」

「うんっ」

 ミケちゃんの行動は、それが意味あるものか、役に立つものかはさておいて、常に利他的で献身的だ。利他と献身は基本、美徳と称される行いである。

 だから私は、素敵だね、と微笑んで、ミケちゃんは擽ったそうにはにかんだ。






 結果があれだ。






「こんなつもりじゃなかった」

 二人きりの時、何度その言葉を聞いたろう。

 ミケちゃんはここへ来た当初、どうにかして元の世界に帰るための魔法を作ろうと苦心していた。だが、できなかった。

 来ることは容易でも、帰ることは難しい。

 そういう類の場所だったらしい。

 問題はどうやら絶望的に難解で、困ったことにそれを解けるかもしれない唯一の人間―――ミケちゃんは冷静じゃなかった。


 これから何が起こるのか。こうなったのは自分のせいだと、もしもみんなにバレたらどうなるか。状況が悪化するほどに胸を焼く、罪悪感と責任感、恐怖、焦り、不安。それに――――――


 あえて言わないでいたのだけれど、何かの拍子にふと気づいてしまったのだろう。たぶん八日目。折を見て空き教室で密会した時、ミケちゃんは青褪めた顔で「お母さんは」消え入りそうな声で呟いて口を噤んだ。

 リビングで遊んでいた幼いミケちゃん。

 行方不明になった両親。

 ミケちゃんが魔法を使うと怒る叔母。

 ミケちゃんの『魔法』が本物であり、時に今回のような事態が起こり得る、という前提に立った場合、断片的な情報は別の意味を内包し、以前私が考えていたのとは、全く違う絵図が脳内に漠然と浮かび上がってくる。


 

 ねぇ、ミケちゃん。

 、何をして遊んでいたの?



 気にはなったが、聞けばミケちゃんはますます狼狽える。問うべきではないと判断し、

「今は余計なこと、考えちゃ駄目だよ」

 柔らかい声でそう言って、私は震えているミケちゃんの背中をさすった。濡れた瞳が私を見詰める。

「落ち着いて。大丈夫。大丈夫。何があっても、どうなっても、私は絶対にミケちゃんの味方だから」

 約束。 

 差し出した私の左小指に、ミケちゃんは縋るように細い左小指を絡ませた。

「大丈夫、大丈夫。大丈夫―――――」

 全然大丈夫じゃない。

 分かっていた。気休めだ。

 追い詰められると本領を発揮する。そういう人もたまにはいるが、ミケちゃんは違う。追い詰められるほど空回る。焦って焦って、普段できることもできなくなる。

 大丈夫。大丈夫。ミケちゃんを慰めるため、繰り返し繰り返し大丈夫と囁きながらも、私は半ば以上諦めてミケちゃんとここで死ぬ覚悟を決めていた。


*****






 私はミケちゃんの味方。

 そう約束した。他でもないミケちゃんと約束した。だから、ミケちゃんの名誉と立場を私は守る。守り続ける。



「死んじゃったみんなのお葬式をしよう」



 大きな動物の死骸を片付けるのは中々の重労働だ。死体の数に対して生きている人間の数が少なすぎたせいもあり、弔いをろくに行えなかった。みんな漠然とそれを気に病んでいたようで、死者の髪や持ち物―――嵩張らない、腐らない遺品を片付け作業中に色々と回収していた。

 みんなが期待している。

 それを察して、私はある提案をした。グラウンドの中央に遺品を集めて燃やす。それを火葬の代わりにしたらどうか。

 反対する子はいなかった。

 校外の物は燃える時も白黒だ。それでは味気ないからと死者のノートや教科書、要らないプリント、ゴミ箱の中の紙くずなどを燃料として、先生のライターで火を点けた。

 モノクロームの空の下、炎が鮮やかに赤く燃え上がり、ミケちゃんが加害者である証拠―――元の世界へ帰るための最たる手掛かりでもある、問題の『魔法』に使った紙や道具の数々―――も遺品と一緒にすっかり焼けた。


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