そこで治安組織側から俺には、なりすます人物像と簡易的なカバーストーリーつまり、偽の履歴が与えられていた。

 ドギーウルフに所属するあいだのみだが“アル・フセイン”という中東アラブ系の名と、酒場のギャルソンといった今の職業を演じることになる。


 実際に無役のときはギャルソンとしてたまにでも市内の決まった店に仕事に出向くことになるのだった。

 どこの誰かからか分からないが、その人間から見て、俺の顔つきがどこか中東系に見えたらしいのと、マスターの店の手伝いでの給仕の経験を事前に伝えてあったことで決まった役柄だろう。


 ベッドサイドテーブルの上には、ハンドサイズだが古びた黒いカバーの分厚い書物があった。イスラム教の教典「コーラン」である。

 それを日々読んでイスラム教徒になりきれということで用意されたものである。

 が、あいにく俺には宗教心はほとんどない。

 思考や習慣のルーツがあるとしたら、三大宗教の中ではどちらかといえばキリスト教だろうが、聖書を手にしたことはない。

 俺の記憶に誤りがなければ母親が、穏健なクリスチャンだったというだけである。

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