2 新天地(田舎)へ

『次はオリエス。オリエスでございます。どなた様もお忘れ物がないように……』


 車内に放送が流れる。


 ガタンゴトンと揺れる電車の中で、私は一枚のカードを眺めていた。


 手のひらサイズの小さなカード。そこには私の顔写真、名前、そして、市民IDが記されている。ティアス帝国内で使用できる身分証だ。


 おそらく大抵の人にとっては、何の変哲もないただの身分証でしかないだろうが、私にとっては特別な品であった。


 身分証を旅行カバンに入れて荷物をまとめる。次の駅であるオリエスこそ、目的地であり新しい住処となる場所だ。


 荷物がまとめ終ると、電車が停止し、扉が開く。私は深く息を吸い、覚悟を決めて駅のホームへと足を踏み入れた。


 まず視界に映ったのは、低い柵に囲まれた駅のホーム。


 そして、柵の先で待っていたのは、どこまでも広がる青い空、赤いレンガの街並み、オリエスを囲む透き通った海であった。


 田舎と言うほど小さい街ではないが、だからといって大都市でもない。


 巨大なショッピングモールは存在しないが、小さな商店なら点在している。


 何もかも必要最低限に揃っている。これがオリエスに対する感想だ。


 私はこれからオリエスで、どのような生活を送ることになるだろう。


 全く想像ができない。なにより、全く『やりたいこと』が思い浮かばないのだ。


 胸にポッカリと穴が空いて、何に対しても気力が湧かない。

 不思議な感覚が常に全身を支配していた。


 スマホをタッチして改札をくぐると、インターネット上にある仮想通貨から運賃が引き落とされた。


 そのまま観光客向けの案内板を眺めていると、年配の女性が近づいてきた。


 栗色のロングヘアーを三つ編みに結った上品な佇まいの女性だ。


「お嬢ちゃん、親戚のお家にお出かけかい?」


 片手に野菜が詰まった籠を持っている。買い出し帰りの現地民であろう。


「いえ、今日オリエスへ引っ越してきた者です」


「ご家族は?」


「居ません。私一人です」


「こんなに小さいのに一人暮らしだなんて偉いわねぇ。貴方、何歳なの?」


「十七歳です」


「あら、そうなの。お人形みたいに可愛いものだから小学生かと思ったわ」


 女性が目を丸くする。正直ここまで驚かれるとは思っていなかった。

 なんと返答しようか迷っていると――。


「そこの娘、待ちなさいッ!」


 背後から男性の声。

 振り返ってみれば、軍服をまとった集団が一人の少女を追いかけていた。


 軍政警察だ。指名手配犯でも追いかけているのだろうか?


 見るからに怪しい黒色ヘルメットを被った少女は、同じく黒色のライダースーツをまとっていた。ヘルメットの隙間からウェーブがかった茶髪がはみ出していた。


「ごめーん、ちょっと失礼」


 少女は私の隣を走り抜け、そのまま駅の傍にあった看板に飛び乗り、また隣にある商店のベランダへ飛び乗った。


 途端――ベランダにかざされていた花瓶が次々と倒れていく。


 少女の腕にはなにやら重そうな細長い箱が抱えられている。


 しばらくすると警察も隣を駆け抜けたが、もうすでに少女の姿はなかった。


 私ならもっと上手く撒けるのに。


「なにかしら。物騒ねぇ」


 女性の表情が曇る。


「万引き犯でしょうか?」


「そうかもね、最近なにを買うにしても高いから」


 もしかして、あの子も生活に困窮しているのだろうか?


 それで盗みを?


 私は西陣営のアマス連合国で産まれ、そこにある訓練施設で戦闘人形として育てられた。つまり戦場以外の世界を私は知らない。きっと世の中には私にとって知らないことが沢山あるだろう。


 例えば長期戦となった統一戦争で民間人がどのような生活をしてきた――とか。


「あー、そういえば貴方、どの辺に引っ越す予定なの?」


 先ほどの曇った表情はどこへやら。笑顔を浮かべた女性が首を傾げる。


「二丁目のレムシス通りです」


「それなら駅からそこまで遠くないわね。私はミネヴァ、駅前で仕立屋を営んでいるの。もし困ったことがあれば言ってちょうだい」


「ありがとうございます。あの、ひとつ伺ってもよろしいですか?」


「いいわよ、なにかしら?」


「もしかしてミネヴァさんの仕立屋って、あの場所ですか?」


 駅の向かい側にある小さな店。入口にはミシンの絵が描かれた看板が立てられており、二階にあるベランダは、先ほど遭遇した逃走犯によって荒らされていた。


***


 駅から十分ほど歩き、目的地にたどり着く。我が新居は二階建ての一軒家、赤レンガの外装は街の風景に馴染んでいる。


 駐車場には最新の浮遊車が設置されていた。格納庫に収められているのが戦闘機じゃないのって変な感覚。


 家の鍵を開け中に入る。


 ゴーンゴーンと時計塔の鐘が鳴り響いた。



***



 持ってきた荷物を一通り並べ終わる。


 荷物といっても、服や食器といった生活する上で必要最低限の物しかないため、あっという間に片付けが終わってしまった。


 再びオリエスの風景を眺める、


 どこにでもある美しい港町。


 この街が、これほど平和で人々を安心させる場所になるまでどれほどの時間がかかったのであろう?


***


第三次統一戦争と呼ばれる『厄災』が訪れたのは四年前。三年にもわたる戦火は世界を焼き尽くした。


 世界は東西に分断され、人々が土地を、富を、命を、全てを奪い合った。


 我がティアス帝国が所属していた東陣営は、開戦したばかりの頃は劣勢であったが、強い抵抗と敵国の寝返りにより、徐々に勢いを取り戻していった。


 対照的に西陣営側は、長期戦により物資不足が起こり、魔術兵器『ネメシス』の生産が滞ってしまう。ネメシスは量子エネルギーと呼ばれる力を利用した小型無人戦闘機だ。


量子エネルギーは通称、魔法と呼ばれる不可解な現象を起こし、ネメシス本体はプログラムされた通りに魔法の制御を行う。


 では、ネメシスの量産が困難になった西陣営はどうしたか?


 答えは簡単。新兵器を導入した。


 少ないコストで量産できる生物兵器『戦闘人形』を開発したのだ。


 ネメシスは従来の小型戦闘機に、量子エネルギーを生成ユニットである機動コアを取り付けたものである。


 そこで西陣営側の科学者は考えた。小型戦闘機ではなく人間に直接機動コアを取り付ければいいのではないかと。


 まともな頭をしている人間ならば、こんなアイディアは思いつかないであろう。なにせ、量子エネルギーは人間にとって有害であり、生体に流せば少しずつ肉体が動かなくなり、やがて死に至るのだから。


 しかし、時は戦時中。


 誰一人まともな考えは持っていなかった。持つ余裕すらなかった。


 研究の末、完成したのが後天的に量子エネルギー耐性を与える技術である。


 そして、量子エネルギー耐性を与えられた個体は、こう呼ばれるようになった。


――戦闘人形オートマタと。


 初期型の戦闘人形オートマタは三十体生産された。

 各地から身寄りの無い子供を集めて戦闘人形としたのだ。


 そして、戦闘人形オートマタには一体ずつ識別番号が割り当てられた。


 一号ファーストから始まる三十体。その二十五番目こそが私だ。


***


 家具類は、あらかじめ家に備え付けられていたので、わざわざ準備する必要性がなかった。ひとまずソファーに座って休もうとする。


 コンコンコン。


 窓を何度もノックされる。鳥であろうか?

 音がした方を見ると、鳥にしてはデカイ侵入者がベランダで立っていた。


「やっほー、ちょっと中に入ってもいいかな?」


 駅前で出会った少女だ。


「なんの用ですか?」


「実はボク、この家に元々暮らしていた住民でね。うっかり忘れ物しちゃったんだよね。というわけで中に入れてもらえないかな?」


「ここは新居ですが。前の住民は存在しないはずですよね?」


 引越し前に貰った資料によると、ここは別荘として田舎に建てたまではいいものの買い手が見つからず、ずっと空き家だったらしい。


「ごめん嘘ついた。本当のことを言うと、ずっとココが空き家だったから物置として利用させてもらっていたんだよね」


「ただの不法侵入ですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る