1 人形少女は夢を見ない

 もし貴方が森で巨大ウサギに襲われた場合、どうしますか?


 私は戦闘機で行動不能に陥らせて、食材に変えました。


 いきなり、なんじゃそりゃ、とツッコミを入れられそうですが、これが事実なんです。


 害獣駆除もできて、食費も浮く。


 なんと完璧な作戦なのかと我ながら自画自賛を繰り返しましたね。


 ここまでで察して頂けたかと思いましたが、私は目的のためなら手段を選びません。


 そう、貴方と今日も幸せに食事を取れるならば私は構わない。


 たとえ、世界が弾薬に飲まれても。



***



 無言で銀色に光る階段を上っていた。


 扉を数回ノックしてから口を開く。


「アルヴィア大佐。二十五号トゥエンティ・ファイヴです」


「入っていらっしゃい」


 部屋の中から厳かな女性の声が響く。


 入室の許可が下りたので、電動扉の隣にある認証パネルに手のひらをタッチしようとしたが、身長が足りず届かなかった。


 仕方がないのでジャンプしながら認証パネルに手のひらをタッチすると、静かに扉が開いた。


 失礼します、と呟いてから部屋に入る。


 部屋の奥では銀色の机に座った女性が書類に目を通していた。


 白髪交じりの銀色ショートヘアーに、金色の眼鏡。彼女は私の上官であり、同時に義母でもあるアルヴィアだ。


 アルヴィアは小さく笑いながらこちらを一瞥した。


「よく来てくれたわね、二十五号トゥエンティ・ファイヴ。ここには私たち二人しか居ないから、私のことはいつも通りの呼び方を使ってちょうだい」


「承知いたしました、おば様。本日はどのような御用向きで?」


「貴方に伝えたいことがあるの。とても大切な話よ」


 アルヴィアは書類を机に置いた。


「上からの命令で、貴方を含めた全ての戦闘人形オートマタは軍事作戦への参加を禁止された。ようするにお役御免ね」


「私は今まで帝国のために命をとしてまで戦ってきたではないですか。なのに今更なぜ?」


「あのね、戦争が終わってから人権団体どもがうるさいのよ。戦闘人形オートマタは人権の侵害だとかって騒いでばっかりなの。国連や議会の連中も民の信用を元に動いているわけだから、人権団体どもの意見を無視するわけにもいかなくてね。条約で全ての戦闘人形を軍役から解放しなければならないと決められたのよ」


「では私たちは殺処分されるんですか?」


「そんな酷いことしないわよ。ましてや可愛い娘に処分だなんて。貴方たちには国から戸籍と生活費が支給されるわ。これからは何にも縛られず自由に生きなさい」


「無理ですよ!」


 胸の奥から溢れ出た言葉を返す。


 気づけば腹の底から怒りに似た熱がこみ上げていた。


「私は産まれたときから敵軍を殲滅しろと言われて育ってきました。戦い方だけを教わって生きてきました。それだけが生きがいでした。いまさら他の生き方ができるわけがないですよ」


 アルヴィア大佐に向かって歩み寄る。


戦闘人形オートマタとしての役目を放棄しろというのなら喜んでそうします。しかし、私から戦う理由を、意義を、生きがいを奪わないで下さい。今まで帝国の勝利だけを願って戦火に身を投じてきたのに、いざ勝利した後はお役御免だなんて。これじゃあ、まるで捨てられたみたい……」


「静かになさい」


 身がすくむほど鋭く冷たい言葉。

 いつの間にか足も動かなくなってしまった。アルヴィアは細くて白い指を立て、唇に当てる。


「知らないなら探せばいいでしょ。生きがいがなければ探しなさい。生き方が分からないなら模索しなさい。それだけでしょ」


 何か言い返そうと唇をもごもごと動かしてみたが、結局口から声が漏れることはなかった。


 言いたいことが上手く言語化できないのだ。怒りと悲しみが入り交じったこの感情が上手く表現できない。


「人々が命を奪い合う時代はもう終わったの。つまり貴方はもう要らないわ」


 要らない――身がすくむような、おそろしい言葉だ。


 少なくとも私のような誰かの駒として生きる人間にとって、自身の価値を否定されることは死を意味する。


「貴方の戸籍を作るにあたって、名前を決めようと思うのだけれども。何か希望はあるかしら?」


 名前。私の名前か。


 考えたこともなかった。だって戦場において私という個体を表す識記号は二十五号トゥエンティ・ファイヴという数字でこと足りたのだから。


 名前は人間が持つものだ。


 戦闘人形オートマタのような兵器には必要ない。


「……分かりません」


 これが答えだった。


「そう、だったら私が貴方に名前をあげるわ」


「おば様が考えて下さった名前でしたら喜んで使います」


 ふふっ、とアルヴィアが笑う。


「シャニア、今日から貴方はシャニアと名乗りなさい。苗字は私のソラリスをあげる」


「はい、分かりました。シャニアですね」


「そう、貴方は今日からティアス帝国の市民シャニア・ソラリスよ」


 アルヴィアは笑みを浮かべたまま、二十五号に書類を差し出した。


 A4サイズの書類には、いくつかの地域と、そこにある住居に関するデータが記されていた。全て我がティアス帝国の支配下にある地域だ。


「まさか、この中から新居を選べとか言いませんよね?」


 アルヴィアは何も答えない。


 彼女がこうやって無言を貫いている場合、言いたいことは、こうだ。


――当たり前でしょ?



***



 第三次統一戦争と呼ばれる『厄災』が訪れたのは四年前。三年にもわたる戦火は世界を焼き尽くした。


 世界は東西に分断され、人々が土地を、富を、命を、全てを奪い合った。


 我がティアス帝国が所属していた東陣営は、開戦したばかりの頃は劣勢であったが、強い抵抗と敵国の寝返りにより、徐々に勢いを取り戻していった。


 対照的に西陣営側は、長期戦により物資不足が起こり、魔術兵器『ネメシス』の生産が滞ってしまう。ネメシスは量子エネルギーと呼ばれる力を利用した小型無人戦闘機だ。

量子エネルギーは通称、魔法と呼ばれる不可解な現象を起こし、ネメシス本体はプログラムされた通りに魔法の制御を行う。


 ではネメシスの量産が困難になった西陣営はどうしたか?


 答えは簡単。新兵器を導入した。


 少ないコストで量産できる生物兵器『戦闘人形』を開発したのだ。


 ネメシスは従来の小型戦闘機に、量子エネルギーを生成ユニットである機動コアを取り付けたものである。


 そこで西陣営側の科学者は考えた。小型戦闘機ではなく人間に直接機動コアを取り付ければいいのではないかと。


 まともな頭をしている人間ならば、こんなアイディアは思いつかないであろう。なにせ、量子エネルギーは人間にとって有害であり、生体に流せば少しずつ肉体が動かなくなり、やがて死に至るのだから。


 しかし、時は戦時中。


 誰一人まともな考えは持っていなかった。持つ余裕すらなかった。


 研究の末、完成したのが後天的に量子エネルギー耐性を与える技術である。


 そして、量子エネルギー耐性を与えられた個体は、こう呼ばれるようになった。


――戦闘人形オートマタと。


 初期型の戦闘人形オートマタは三十体生産された。



***



 アルヴィアから退出の許可が降り、廊下に出る。


 トボトボと廊下を歩く度、壁に映る黒色のツインテールはユラユラと揺れた。首元で結われたツインテールに結びつけてある赤いリボンはお気に入りだ。


 今では着慣れてしまった漆黒の軍服には、中尉であることを表す階級章が縫われている。一見、何の変哲もない右足だが、実は義足である。


 虚無感に襲われながら廊下を歩いているとメガネをかけた女の子が駆け寄ってきた。


「姉様、お顔が暗いですよぉ?」


 おっとりとした雰囲気の彼女は、フワフワとした銀髪を揺らしながら近寄ってきた。


 桜色の唇から溢れる甘くて優しい声が、ゆっくりと近づいてくる。


「なにか気に病むようなことがありましたかぁ?」


「心配してくれてありがとう、リズ。私なら大丈夫よ」


「そうですか、でしたら良いのですが」


 彼女はリズ。


 私と同じアルヴィアの義娘だ。


 もともとはスラム街の戦争孤児であったそうだが、私と同じくアルヴィアに拾われて帝国軍に入隊した。


 私がアルヴィア直属部隊の指揮官なのに、対してリズは護衛を兼ねた副官だ。


 というか、常にほのぼのとしているリズに指揮官は向いてない気がする。


「大佐となにやら、お話していたようですが」


「それについてですが……」


 アルヴィアの口から聞かされた言葉を要約して話す。


 すると、リズは頬をぷぅっと膨らませて口を尖らせた。


「ダメですよ、姉様みたいな激カワ美少女が一人で歩いていたらロリコンに狙われちゃいますぅ」


「貴方、今私のことをロリだって言いましたね?」


「姉様が戦場から身を引くと言うのなら、リズもお供します」


 イノシシのような勢いで飛びかかるリズをサイドステップで避ける。


 私の捕獲に失敗したリズは、そのまま廊下にあった植木鉢に正面衝突した。


「それはダメよ」


「なぜですかぁ?」


「だって、貴方まで居なくなったらおば様が一人になっちゃうもの」


 今度は泣き顔でゆっくりと歩み寄るリズ。


 彼女の体を抱きしめて、耳元に囁く。


「私はもう、おば様の役には立てませんが、貴方ならできます。私の代わりにティアスを守って下さい」


「分かりました。約束します」


 か細い声で、すすり泣くリズ。戦闘人形という血にまみれた存在である私を姉と呼んで慕ってくれる彼女と離れることは、とても辛いがいた仕方が無い。


「姉様との思い出は絶対忘れません。例えば、一緒に食料庫に忍び込んだ時の思い出とか」


「それは忘れなさい、黒歴史だから」

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