第13話

キャンバスの真ん中に虹。スノードームの中では、あの時、海斗さんが描いていたようなユニコーンを描いた。


 まだ色は乗ってないけど、こういうタッチの絵が私は好きだ。


 後ろに立って、全体を眺める。


 本当は、女の子を描きたいんだけど、思うように人物像が描けない。


 今ある技術の限界だ。


 横に、弁天様を描いていた女の子が立っていた。


 “それは、どんなことを表現してるの?”

携帯に文字を打って、話しかけてきた。


 どんなこと…。


 そう言われると、ただ好きな絵を描いているだけになっていた。趣味と言われるとそれまでのような気もする。


 「虹は、複雑な気持ちの色を表現したくて。後は、好きなものを描いちゃってた。本当は、ここに女の子を描きたいけど、思うように描けないでいたとこ」


 “なんか、絵本みたい”


 褒め言葉なのか、幼稚だねって言われてるのか微妙…。


 「えっと…。下手だねってこと?」


“下手とかじゃなくて、まだ当たりの段階だけど、逆パースになってるから、全体的にべったりしてるってこと。みなみさんは絵で何を伝えたいのかがわかれば、これをうまく活かしていけると思うよ”


 この子達よりレベルが違うから、バカにされても、恥ずかしいとか悲しいとか、怒りも湧かないんだけど…。


 もっとわからなくなった…。


 “私の絵はどう?”


 そう言われて、弁天様の絵までついていく。


 まさに圧巻。筆でここまで?と思う程、細部まで緻密に描かれている。ベールはとてもしなやかで、同じ人の手が描いたものとは思えない美しさがあった。


 「煌びやかな中にも、強さがある。この目のあたりとか。手に持ってる剣とか。優しく包み込むようでいて、誰が何と言おうと私がトップっていう傲慢さみたいなのも感じるかな。単純な言葉しか出ないけど、とにかく凄いよ。弁天様」


 彼女は、自分の絵をみながらうんうん頷いていた。


 “私の描きたいことが伝わってるみたいかな。天照大神だけどね。ありがとう”


 そう言って、また彼女は名前も名乗らずに自分の絵に取り掛かった。


 神様の名前は間違っちゃったけど、彼女が絵から伝えたいものを、私は理解できたってことなんだろうか。


 今度はレオが私を手招きしてる。


 “面白い!俺のも見てよ!”


 やんちゃなレオには似つかないほど、可愛らしい幻想的な絵があった。この世界観に一気に引き込まれる。


 雲で色とりどりな花が表現されていて、地上の緑には、地球上にいない生物が描かれていた。


 「私の好きな絵。私は、こういうのが描きたいと思ってるの!優しい絵だね。素敵」


 “何が伝わる?”


 「遊び心かな。楽しく想像しようよ!人生は、思ったことを何でもカタチにできるんだ。みたいな」


 レオは、笑いながらうんうんと頷いてグッドを出した。


 “いいねいいね!いつも同列ばっかしかいないから、新しい感覚が新鮮だよ!面白いや”


 レオは感情を隠すことは苦手なんだろう。小躍りして、体全体で面白さを表現していた。


 レオの絵を見に、他の子たちが囲んで見ていた。

 小躍りしているレオに突っ込みも入れずに、何も言わずに散っていく。


 …そういうことか。


 なんとなくだけど、ちょっとわかった気がした。


 絵は、自分の心をオープンにしないと描けないだ。なんでも、心の底をベールで包んでいた私には描けなくて当然だったのかもしれない。


 みんなだって、数分で構図ができてるとは限らない。焦ってすぐに描こうとしていたけれど、もしかしたら、数日ずっと悩んでやっと今の絵まで持っていったのかも。


 自分の席に戻ったところで、ナツキちゃんと海斗さんが戻ってきた。


 ナツキちゃんは、なんだかしおらしくなってる。やっぱり海斗さんが好きなんだ。


 …可愛い。


 こんなことを本人に言ったら「子供扱いしないで!」って怒られそう。子供を見守る親のような気持ちになってしまうところに、自分の年齢を感じていた。


 海斗さんが入ってきて、みんなが絵を棚に立てかけて、丸くなる。


 これから総評が始まるらしい。レオが、ここにおいでよと言わんばかりに、体育座りしている右手で床を叩く。


 私は、その輪に交ざれることが嬉しくて、レオのように小躍りしたい体を押さえて駆け足でレオの隣に腰を下ろした。


 みんなで絵を囲んでディスカッションが始まる。あっちからもこっちからも声が飛んできて、アプリが変な変換をしている。顔や手振りを見ているだけでも、十分熱が伝わってきた。


 絵が好きな人の集まり。


 売れてる画家が正しいわけじゃない。技術と熱意が、絵の質を高めていける。自分が、ここまでだと思ったらその絵は完成してしまうから。


 技術はつけられても、熱意はその人だけのもの。

 あくなき完璧主義を貫き通せるかどうかが、この世界の面白さだ。


 若い力を借りて、ようやく自分の絵に対しての指針が定まったように感じる。

 無難で誰にでも受け入れられる絵でないといけないと思っていた。

 上手下手を意識しすぎていた。


 そんな絵を描きたい訳じゃない。

 

 私の絵を描きたい!


 私が私に問いかける。

 急に無音の世界に、1人で放り出された私はどう思った?


 「寂しくて寂しくて、死にたかった。もう、私の居た世界はないと絶望してた」


 でも、今は?

 

 「これまでいた世界がなくなって良かったって思ってる。うずくまって、他人の目を気にしてばかりいた自分から飛び出せて、楽しい…」


 そう。今私は楽しい!


 これまで闇の中にいたからこそ、今の景色が眩しく感じる。


 やっぱり、虹。

 虹の上を歩く女の子。

 周りは漆黒の闇。


 闇から女の子に向かって、漆黒の手が伸びている。

 でも、女の子は何食わぬ顔で気が付かない。ニコニコと楽しそう。


 そのコントラストが表現できたなら…。


 この絵が完成した時は、どんな世界になっているんだろう。

 

 今日みんなに混ぜてもらえて良かった。

 

 総評が終わって、みんな、色々な感情を抱いて片付けをしていた。

 元気のない子や乱雑に道具を投げて怒りを表す子。嬉々として、自信に満ち溢れている子や、淡々と道具を片付ける子。そして、何食わぬレオ。


 ナツキちゃんも、結局は海斗さんの側に居れたんだから、許してくれるかな。


 大人になると、しがらみや経験で無難な感情で収めてしまうけど、この子たちの感情はストレートだ。それが愛おしい。


 最後に海斗さんへお礼を言いたかったけれど、ナツキちゃんが離れない。ナツキちゃんは、怒るかもしれないけど…。

 

 やっぱり可愛いや。


 私も海斗さんが好き。でも、嫉妬よりも同志のような感覚がある。


 私には、何故かレオが懐いてる。

 LINEを交換させてってうるさく纏わりついてきた。


「あの絵が完成したら、私にくれるなら良いよ」


 ちょっと強気に出てみたけど、


 “そんなんでいいの?もちもち!これから“みなみ”って呼んでいい?良いよね”


 大笑いして、別に好きに呼んだら?と返す。


 裏表のない無邪気なレオに、私は本当に助けられた。

 (そんなことを言ったら、「俺すげー!」とか調子に乗りそうだから絶対に言わないけど)


 ここに最後まで居させてくれたこと。

 私の障害を“良い機能”だって言ってくれたこと。


 そして、レオは私の人生のコンパスになっていく。


 『楽しく想像しようよ!人生は、思ったことを何でもカタチにできるんだ』


 自分で決めてしまう“思い込み”という、当たり前で生きてきた価値観の壁。

 そんなのは大した壁じゃないと、教えてくれる存在になっていく。


 レオが描いたこの時の絵が、私“たち”の指針となっていった。

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